候補者討論会・翁長県政の実績巡る発言は正確だった? その1
楊井人文(FIJ事務局長・日本報道検証機構代表・弁護士)
【まとめ】
・9月11日に佐喜真氏と玉城氏は県政記者クラブ主催の討論会に参加。
・玉城氏、翁長県政時代の経済面の実績を強調→おおむね正確
・佐喜真氏、翁長県政の経済実績が仲井真県政時代から継続している観光政策によると発言→正確
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沖縄県の翁長雄志前知事の死去に伴う知事選が9月13日に告示され、30日に投開票が行われる。自民・公明・維新などが支援する佐喜真淳・前宜野湾市長と翁長県政を引き継ぐ立場を表明した玉城デニー・前衆議院議員を含む4人が立候補したが、事実上この2人の一騎打ちとみられている。
写真)佐喜真淳・前宜野湾市長
出典)佐喜真淳氏Twitter
写真)玉城デニー・前衆議院議員
周知のとおり、沖縄をめぐっては基地問題を中心に対立が激しい。選挙になると誤情報が飛び交う可能性も高まる。今回の選挙は全国的にも関心が高く、すでにネット上でも様々な未確認情報が流れている。こうした時こそファクトチェック(真偽検証)を行う必要がある。
だが、選挙である以上、まずは、候補者の発言が事実に基づいているかどうかを検証することも必要だろう。告示直前の9月11日に、佐喜真氏と玉城氏は県政記者クラブ主催の討論会に参加し、沖縄経済や基地問題をめぐって論戦を交わした。そこで、この討論会のうち争点に関わる重要な発言をピックアップして検証することにした。
1回目は、沖縄経済に関する現状認識について。討論会で、玉城氏は翁長県政時代の経済面の実績を強調したが、佐喜真氏は部分的に反論していた。それぞれの発言が事実に基づいていたかどうか検証を行った(JIDのファクトチェック方針は後掲)。
写真)那覇市久茂地交差点で毎年開催される大綱引きというお祭り
本州や外国からも多数の観光客が訪れる
出典)那覇市役所Facebook 2017年10月8日
【検証対象①】
言説内容
(玉城氏)翁長県政は仲井真県政時代と比べて入域観光客数は592万人から958万人、1.6倍、観光収入も3997億円から6603億円へと1.7倍、クルーズ船の実績も125回から515回へと4.1倍、大きく発展させています。
好調な沖縄経済のもとで完全失業率も6.8%から3.8%へと3%改善。有効求人倍率も0.4倍から1.11倍へと0.71%の伸び、復帰初の1%台を達成しています。そして農業所得の伸び率も実は全国1位になっているんですね。子どもの貧困対策でも全国に先駆けて実態調査を行い県単独事業で30億円の基金を創設して取り組み、全国からも高く評価されています。(9月11日・沖縄県知事選立候補予定者討論会、以下同)
事実・証拠
(1) 観光客数・観光収入・クルーズ船・完全失業率・有効求人倍率
玉城氏が翁長県政の実績として挙げた数字は、いずれも沖縄県の最新データ(2017年度もしくは2016年度)と符合していた。他方、仲井真県政の実績数値は、いずれも2012年度のデータであることがわかった。まとめると、以下の表のとおりとなる。
(玉城氏が述べたデータと出典)
(出典)
観光客数:『沖縄県入域観光客統計概況』(沖縄県)
観光収入:『観光要覧』(沖縄県)
クルーズ船:『沖縄県内に寄港したクルーズ船の2017年の実績及び2018年の見込みについて』(内閣府)
完全失業率:『労働力調査 平成29年平均』(沖縄県)
有効求人倍率:『労働市場の動き(平成29年分)』(厚生労働省)
ただ、仲井真弘多知事の在任期間は2006年12月10日から2014年12月9日までの8年間である。玉城氏が「仲井真県政」の実績として、任期6年目の2012年のデータを取り上げた理由は必ずしも定かでない。
沖縄県の入域観光者数・観光収入は、2009年から数年間は低迷していたが(景気・新型インフルエンザ・東日本大震災などの影響とみられる)、2012年から再び上昇し、2013、2014年はいずれも当時の過去最高を記録していた。翁長県政の最新データと仲井真県政の任期最後の年のデータを比較すると、次の表のようになった(出典は同じ)。
なお、有効求人倍率に関する「復帰初の1%台」は「復帰初の1倍台」の言い間違えとみられる。
(2) 「農業所得の伸び率は全国1位」という発言
沖縄県の生産農業所得(最新データの2016年)は、前年比43.3%増で、全国で最も高かった(農林水産省『生産農業所得統計』)。
(3) 「子どもの貧困対策の実態調査」「県単独事業で30億円の基金を創設」という発言
翁長県政になった2015年、子どもの貧困対策の実態調査として「沖縄子ども調査」をスタートした(沖縄県HP)。2016年には、30億円の「沖縄県子どもの貧困対策推進基金」が設立されている(沖縄県HP)。
判定:おおむね正確
翁長県政と仲井真県政の経済実績を比較した玉城氏の発言内容は、いずれも公表されたデータや資料で事実だと確認できた。ただ、仲井真県政8年目(2014年)のピークだった数字ではなく、6年目(2012年)と比較している点は注意が必要だ。2012年のデータと比較した理由について玉城候補の事務所に質問した。回答があり次第、追記する予定。
【検証対象②】
言説内容
(佐喜真氏)今言った経済政策は、何も翁長県政で全て種を撒いて成果が出たものではないですね。例えば、仲井真県政時代に行われたビザの緩和措置、あるいは那覇空港の国際ターミナルの拡張、中国や台湾などから海外便の誘致などを含めて、今の沖縄ブームをある意味、継続的に仲井真県政から翁長県政において結果的に今の沖縄の一千万人観光と言われるようなものが実現していると。
写真)那覇空港 国際線ターミナル (2014年)
出典)663highland
事実・証拠
(1) ビザの緩和措置
沖縄県の要請を受け、外務省は2011年7月に、沖縄を訪問する中国人個人観光客に対する数次ビザ発給を全国で初めて導入した(外務省HP)。同年9月にも中国人個人観光ビザの発給要件を緩和している(外務省HP)。
(2) 那覇空港の拡張
那覇空港の新国際線ターミナルは、2012年より起工、2014年より供用開始されている(那覇空港 HP)。
(3) 海外便の誘致
仲井真県政1年目の2007年、沖縄入域観光客数1000万人を目標とする「ビジットおきなわ計画」が策定され、航空路線の拡充などを掲げ、アジア(中国・香港・台湾・韓国)を重点的なプロモーション地域にして誘致を行っていた(沖縄県HP)。
判定:正確
佐喜真氏は、翁長県政における経済実績が仲井真県政時代からの継続的な政策によって実現したとの見解を示したが、その前提として指摘された観光政策について調べたところ、いずれも事実であった。
(JIDファクトチェック方針)
Japan In-depth(JID)は、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)と協力して、沖縄県知事選(2018年9月30日投開票)に関する言説・情報のファクトチェックに取り組みます。候補者などの政治家、有識者の発言、メディアの報道・ニュース記事など、知事選に関連する社会的に影響の大きな言説を取り上げます。本プロジェクトにおけるファクトチェック記事は、FIJのファクトチェックプロジェクト参加メンバーの調査等によるものですが、編集責任者はJID・安倍宏行編集長となります。
このプロジェクトで使用する判定基準は、次のとおりとします。
「正確」
「おおむね正確」 (重要な部分は事実に基づいているが、一部に不正確、ミスリードな点もある)
「ミスリード」 (言われていること自体は事実だが、誤解を与える内容である)
「根拠不明」 (誤りと断じられないが、事実と認めるだけの根拠が不足している)
「誤り」
トップ画像:©FIJ
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この記事を書いた人
楊井人文弁護士
慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。弁護士法人ベリーベスト法律事務所所属。2012~2019年、マスコミ誤報検証・報道被害救済サイト「GoHoo」を運営。2018年よりNPO法人ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)理事兼事務局長として、ファクトチェックの普及活動に取り組む。2021年よりコロナ禍検証プロジェクトに取り組み、Yahoo!ニュース個人などで検証記事を発表。著書に『ファクトチェックとは何か』(共著、岩波ブックレット)。