.国際  投稿日:2018/9/20

またもや米新聞の偏向報道?

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古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視 」

【まとめ】

・ワシントン・ポスト紙が「トランプ・安倍首相衝突」説を報道。

・根拠はトランプ氏の「私は真珠湾を覚えている」発言や日朝接触の情報。

・専門家は同記事を「トランプ外交を悪く描く意図の信憑性に欠けるフェイクニュース」と断定。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイト  https://japan-indepth.jp/?p=42059  でお読みください。】

 

 アメリカの首都ワシントンではなおトランプ大統領主要ニュースメディアの激突が続く。ワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムズ、CNNテレビという3メディアがまず反トランプの急先鋒である。これらメディアはトランプ氏に対してとにかくこの人物はアメリカ合衆国大統領としては不適格なのだという断定から、連日のネガティブ・キャンペーンを展開する。その主張は民主党と一致している。

 

一方、トランプ大統領の側もこれらメディアを「アメリカ国民の敵」と断じ、その報道をフェイクニュース」と一蹴する。共和党勢力はトランプ大統領の側につき、程度の差こそあれ、民主党傾斜のメディアには批判的である。この激しい対立は緩和の兆しがない。

 

△トランプ大統領のツイッター

日本語訳:フェイクニュースメディア(落ち目のNew York Times、NBC News、ABC、CBS、CNN)は私の敵ではない。アメリカ国民の敵だ!

 

そんななかでワシントン・ポスト紙が8月末に「トランプ・安倍両首脳衝突」説報道した。緊密な日米両首脳が不仲になったという趣旨の記事だった。トランプ大統領にとって外交上の誇るべき実績と呼べる一つは日本の安倍晋三首相との連帯の強さだろう。同大統領は同じ同盟諸国のトップでもドイツのメルケル首相やカナダのトルドー首相らとは摩擦を起こしてきた。

 

トランプ大統領にとってその一番の盟友の安倍首相との関係も悪くなったとなれば、好ましい現象であるはずがない。ワシントン・ポストのこの記事はまさにトランプ氏のその急所を突くかのように、「トランプ・安倍不仲」説を報じたのだ。トランプ大統領にとっては限られた貴重な外交資産を奪われるような報道だろう。

 

安倍首相にとってもこれまでみごとに築いてきたとされるトランプ大統領との緊密な信頼関係がもうダメになったとなれば、うれしいはずがない。だからこの記事は日米両首脳にとって鋭い矢のような襲来だった。

 

しかし肝心の安倍首相はこの記事の核心部分を否定した。公式の発言として、そんな事実はないと述べた。総理大臣の言葉なのだから日本政府としての公式な否定と呼んでもよいだろう。

 

 だがその報道自体はなお屈折した波紋を広げる。アメリカ発の日本がらみのこの種の報道はこれからもあるだろう。だから私は自分なりにこの記事の解析を試みた。その解析の結果、浮かんだのはまず反トランプ、反安倍ありき、という政治的な偏向だった。

 

ワシントン・ポストで国務省などを担当するジョン・ハドソン記者が中心になって書いたというこの記事は8月28日の同紙ネット版で流された。9月3日には少し短縮され、同紙の一般紙上に掲載された。

長文の同記事の第一の特異点は冒頭のトランプ大統領が口にしたという私は真珠湾を覚えているという言葉である。記事によると、同大統領は6月の首脳会談で安倍首相にこの言葉をぶつけたという。だからトランプ・安倍関係はもう悪くなった、という示唆である。

 

写真)日米首脳会談(6月7日)

出典)photo by Dan Scavino Jr.

 

「真珠湾を覚えていろ」というのは、本来はいうまでもなく、日米戦争の冒頭での日本軍によるハワイのパールハーバー奇襲を忘れるな、という反日の敵意に満ちた戦意高揚の戦争標語だった。アメリカ一般のこの文脈での真珠湾への言及は文章としては命令形で真珠湾(への日本軍攻撃)を覚えていろ(忘れるな)が普通である。

 

トランプ大統領がそんな意味での「真珠湾」を口にしたとすれば、その背後にある日本側への敵意、つまり安倍首相への敵意も明白となる。この記事の最大のポイントはまさにそこにあるわけだ。トランプ大統領は安倍首相に敵意を抱くようになった、という暗示である。

 

だがこの記事をよく読むと、トランプ大統領は単に「自分が真珠湾を覚えていると述べただけだとわかる。命令形の敵意の表現とは意味が異なってくるのだ。

事実、同記事も同首脳会談にかかわった「外交官」が「大統領の真珠湾への言及の意味は説明できない」と述べたと記していた。大統領がどんな意図で真珠湾という言葉を口にしたかはわからない、というのだ。ところが記事全体では大統領が日米戦争での反日標語まで使うほどの敵意を安倍首相に示したという印象だけが残るのである。この点に記事を書いた側の読者に対する誘導、あるいは引っかけとも呼べる操作が感じられる。

 

そしてなによりも一方の当事者である安倍首相自身が記事の伝える6月の会談でトランプ大統領が「真珠湾」の発言などしていないと言明したのだ。安倍首相はさらにトランプ大統領との「対立」とか「衝突」ということもないと明言している。要するにこの報道の主要部分を否定したのだ。

 

この記事の第二の特異点は日本政府代表が今年7月に北朝鮮高官と拉致事件に関して会談したことをアメリカ側に隠したため、トランプ政権がいらだった、という記述である。日本政府のこの態度からさらにトランプ・安倍関係が悪くなったという因果関係のような理屈が示されていた。

 

しかし北朝鮮による日本人拉致事件の解決努力をめぐっては日米両国政府間にはきわめて多層で広範な交流がある。協力がある。その一方、日本もアメリカもそれぞれ独自に公式、非公式の両方で北朝鮮との接触を図ろうとする。この実態はこれまで長い年月、変わらなかった。

 

アメリカ側はトランプ政権になって、日本人拉致事件の解決への協力姿勢をきわめて顕著にしてきたかつてないほどの緊密な協力関係となった。だが日米両国が北朝鮮にかかわる案件に関して相互に連絡をとりながらも、それぞれ独自の外交努力をするという実態は変わらないままだといえる。

そんななかで、ワシントン・ポストの記事によると、日本政府の北村滋内閣情報官北朝鮮の金聖恵(キム・ソンヘ)統一戦線策略室長とが今年7月にベトナムでひそかに会談をした。この会談の事実を日本政府がアメリカ政府に対して隠したため、後でその会談について知ったアメリカ側が日本に対していらだち、怒った、というのだ。

写真)北村滋内閣情報官

出典)内閣官房ウェブサイト

写真)金聖恵(キム・ソンヘ)統一戦線策略室長

出典)Photo by Shealah Craighead

 

同記事はここから一気に日本政府がアメリカ政府にこの会談を事前に知らせなかったことがトランプ大統領と安倍首相の仲を悪くしてしまった、というところまで持っていく。だがこの帰結には無理がある。北朝鮮とのその種の接触は日本、アメリカの両政府はともに、独自の方法や思考によって実行しているからだ。その種の細かい会談をすべて相手の政府に知らせなくても、それほど不自然ではないだろう。

 

いすれにせよ、拉致問題での日米間のやりとりは幅広く、多層であり、この一件で両首脳が不仲になるという構図はまったく浮かんでこない。「日朝接触の情報留保→→日米首脳が不仲に」という因果関係の図式はまるで説得力がないのである。

 

それよりも懸念されるのはこの日朝高官接触の情報は明らかに日本側のどこからかの意図的なリーク(機密漏洩)である可能性だろう。日本政府内の秘密情報がアメリカの新聞で流される。日本国内でさえ、秘密にしておくべき一件がワシントン・ポストに載る。

 

この情報自体は日米両政府間でも、またトランプ政権にとってもたいしたことはないだろう。だが日本政府にとっては秘密の情報の不当な漏れなのだ。日本政府の誰がワシントン・ポスト記者にこの情報を流したのだろうか。その情報が日米両首脳の不仲説の補強材料に使われるというのは、これまた異様な話である。

 

同記事の偏向を印象づける第三の特徴はトランプ・安倍関係の悪化を示唆する情報源はすべて匿名なのに、実名を出す情報源としては日米交渉とは遠い距離にある特定の日本人研究者単独の見解に大幅に依存している点だった。

 

同記事はワシントンの半官の研究機関ウッドロー・ウィルソン・センターの上級研究員、後藤志保子氏の言葉を再三、引用していた。次のようなコメントだった。

「安倍首相はトランプ大統領との関係が日米二国間の強力な関係をもたらすことを希望した。だが首相は安全保障と経済の両面で大きく挫折してしまった」

「トランプ大統領の日本経済観は1980年代、90年代の認識に依存しており、今日の現実をみていない。同様に同大統領の世界観、とくにアジア観も現在ではなく、第二次大戦時のそれと同じだ」

 

きわめて断定的な論評である。記事の筆者は以上のような安倍、トランプ両首脳への糾弾的な言葉を再三、引用して「両首脳の衝突」の論拠としていた。

 

ここで当然、後藤氏の言葉がどれほどトランプ・安倍関係の真実を指摘しているのか、という疑問が起きる。後藤氏は日米首脳のやりとりの事実を知りうる立場にあるのか、という疑問でもある。

 

後藤氏はワシントン在の長い有能な研究者である。だが日米交渉や日本政治にかかわった経歴は知られていない。その言葉は日米首脳会談の内幕や安倍政権、トランプ政権の現状を詳しく知る立場にはない学者の感想に近い評論なのである。ただそのコメントの趣旨は反トランプ、反安倍の記事の基調にはまさに沿っていた。

 

 ワシントン・ポストは一貫してトランプ政権攻撃の評論や報道を続けてきた。この記事もトランプ外交の成果とみなされる対日関係の強化にも水をかけるという姿勢が露骨なのだ。

 

 日米関係に長年、かかわってきたバンダビルト大学ジム・アワー名誉教授はこの記事に対する感想を次のように述べた。

 

写真)ジェームズ・E・アワー教授(ヴァンダービルト大学日米研究協力センター所長)

出典)ヴァンダービルト大学ウェブサイト

 

「記事の内容は推測ばかりに基づいている。『トランプ・安倍両首脳がこれまで仲がよかったのに、もう悪くなった』と断じる記事の主体は実体不明の匿名人物の言葉だけに依存しており、信憑性を感じさせない。トランプ政権の外交を悪く描くことをまず意図したフェイクニュースだといえる」

トップ画像:日米首脳会談(4月19日)出典:  photo by Share America

 

 

 

 

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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「危うし!日本の命運」「中・韓『反日ロビー』の実像」「トランプは中国の膨張を許さない!」など多数。

古森義久

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