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.政治  投稿日:2018/12/15

装輪155mmりゅう弾砲は必要か 下


清谷信一(軍事ジャーナリスト)

【まとめ】

装輪155mmりゅう弾砲」100輌導入で年40億円経費削減。

同りゅう弾砲よりUAVや精密誘導砲弾の導入等優先すべき。

陸幕は装備調達のグランドデザインや優先順位決める能力なし。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て掲載されないことがあります。その場合は、Japan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=43233でお読みください。】

 

防衛省は来年度予算の概算要求で、現用の牽引式155mm榴弾砲、FH70の後継として「装輪155mmりゅう弾砲」を7輛48億円(単価6.9億円)、初度費17億円を要求している。(上)に続きこれの必要性を精査してみよう。

牽引式のFH-70を「装輪155mmりゅう弾砲」に更新するメリットの一つは人員削減が可能になることだ。FH-70のクルーが9名に対して「装輪155mmりゅう弾砲」は5名で4名の差がある。仮に100輌を導入するのであれば400名の隊員が削減できる。陸自は隊員の数が不足しており、浮いた隊員を他の部署に振り向けることも可能だ。またその分の人件費を減らすならば、退職金や手当、住居、教育費用、被服、食費などを間接費用も含めてざっくりひとり、1千万とするならば年間40億円の経費の削減となる

戦術的には走行時から射撃体勢、撤収時間が少なく、敵からの応射による生存性は高くなる。だが「装輪155mmりゅう弾砲」が現在の陸自の環境に合うものかどうかも大変疑問である。

現大綱が示しているように現在そして近い将来、我が国本土に師団単位の敵が上陸してくるようなシナリオは考えにくい。故に陸自が対処すべき脅威はゲリラ・コマンドウ事態であり、島嶼防衛である。つまりは大規模な機甲戦を行う必要は無い。そうであれば火砲は数量を減らしてもいいだろう。まして機甲部隊に随伴するための99式は150輌近くも必要ないだろう。ソ連崩壊後もこのような機甲戦向けの自走榴弾砲を開発、装備する必要はそもそも低かった。

90年代にはベース・ブリード弾の採用が世界的に普及し155ミリ榴弾砲の射程は40キロ内外に延伸している。その嚆矢(こうし)となったのが南アフリカが開発したG5牽引砲で、それまで20キロ程度の射程だった155mm砲の射程をベースブリードとボートティルという技術を採用することによって39キロまでロケットアシストなしの通常弾で実現した。

▲写真 南アフリカ、デネル社のT-5。射撃時の安定を確保するために車体横に駐鋤(ちゅうじょ)を装備している。出典:著者撮影

機甲部隊に近接して火力支援する必要は必ずしもなくなっていた。であれば途中から99式の調達をやめて、簡易型自走砲に切り替えても良かったはずだ。99式の代わりに「装輪155mmりゅう弾砲」のような簡易型自走砲を採用すべきだった。更に申せばゲリラやコマンドウ対処であれば迅速な展開や撤収は必要無く、FH-70でも何の問題もない。

例えばFH-70を転用して6×6のトラックに搭載して、フランスのカエサル同様に17トン以下に抑えればC-130でも空輸ができた。その場合開発費も製造費も安く抑えられたはずだ。C-2輸送機はせいぜい30機ほどが調達される予定だが、それも財務省が高い調達単価と、F-35A以上に高い維持費と批判しており、調達数が削減される可能性は小さくない。機動戦闘車もC-130では空輸できず、少ないC-2で機動戦闘車や榴弾砲ばかりを輸送するわけにはいかない。

▲写真 カエサル 出典:著者撮影

「装輪155mmりゅう弾砲」の空輸による戦略機動は画餅でしかない。開発関係者によればフランスのカエサルは18t弱であるが、軽量化のために射撃時の安定が弱い。だから「装輪155mmりゅう弾砲」では安定度を上げて射撃精度を高めるために重量が増加した、と説明する。これは一理あるが、戦略機動を重視するならばカエサル同様に軽量化すべきだった。精度は精密誘導弾で補える。だが、すでに人民解放軍でも導入しているが陸上自衛隊では未だに導入されていない。単に既存装備の買い替えではなく、何のために新たな榴弾砲を導入するのか、また特科全体のあるべき姿を陸自が描いているとは到底思えない。

▲写真 カエサルは約17トン。c-130で空輸が可能だ。出典:著者撮影

更に申せばゲリラ・コマンドウ対処に155mm榴弾砲である必要があるのか。ゲリコマ対処であれば既存の120mm迫撃砲あるいは、105mm榴弾砲でもよかったのではないのか。

島嶼防衛であれば米軍も採用したBAEシステムズの39口径超軽量155ミリ榴弾砲、M777を1個大隊程度導入すれば宜しい。M777の俯仰角は-3~+71度で左右の旋回角度は22.5度、クルーは5名で展開から射撃までは3分、射撃から撤収までに要する時間は2分である。

発射速度は最大毎分4発、通常毎分2発である。射程は通常弾で24.7キロ、ロケット・アシスト弾、ベース・ブリード弾で共に30キロとなっている。M777は総重量が4.2トンと軽量であり、C-130戦術輸送機は勿論、UH-60など中型ヘリで懸吊空輸が可能だ。BAEシステムズ社のポーティ・システムはM777をベースにしたシステムだ。

ポーティ・システムは厳密には自走榴弾砲ではない。M777をスパキャット社とロッキード・マーチンUK社が開発した6×6軍用トラック、HMT(High Mobility Truck)を改良した8×6の車体と組み合わせたもので、砲は車体に搭載された状態で移動するが、射撃時は車体からクランク式のアームで砲を下ろして行う。言わば簡易型自走砲と牽引砲の中間的なシステムだ。要員6名が収容できるキャブは装甲化され、NBC防御機能も付加されている。弾薬は3発分の砲弾が砲本体に搭載され、車体には20発分の砲弾及び装薬が収納される。戦闘重量は12.3tでC-130による空輸が可能だ。英軍には採用されなかったが我が国の運用要求には合っているのでは無いか。

そもそも論でいえば、「装輪155mmりゅう弾砲」を導入、運用する予算的な余裕と観測手段があるのかという疑問がある。陸自には特科の観測手段が現在偵察ヘリOH-1はエンジントラブルで全機が飛行停止であり、2機でエンジン改修のテスト飛行を行っている。全機の改修が終わるのは早くても後10年は掛かる。しかもOH-1は旧式化したOH-6を更新するはずだったが、約250機の調達が34機で終わり、OH-6更新の計画もない。

▲写真 OH-1 出典:著者撮影

このためOH-6は減勢し、稼働率も落ちている。また鳴り物入りで導入されたヘリ型無人機FFOSや、その改良型であるFFRSは信頼性が低く、かつて筆者がスクープした通り東日本大震災やその後の熊本の震災でも一度も使用されることがなく、調達も打ち切られた。今後ボーイング傘下のインシス社の固定翼UAV、スキャンイーグルの採用が決定したが特科の観測用としては通信機能などが十分とは言えないだろう。そもそも観測手段が決定定期に不足している。

▲写真 PH-6 出典:著者撮影

対して仮想敵である人民解放軍始め諸外国の軍隊ではUAVを意欲的に導入している。また榴弾砲のみらならず、迫撃砲までGPS/ISNやレーザー終末誘導による精密誘導砲弾が採用されるようになっている。だが先述のように陸自の特科では未だに精密誘導砲弾の導入は無い。かつてコマツが研究していたが止めてしまった。またレーザーよる終末誘導はレーザーデジネーターによるレーザーの照射が必要であるが、陸自ではこのような部隊がこれまでなく、今年発足した水陸両用機動団内に初めて編成された。

つまり現時点では陸自は終末誘導手段を殆ど有していない。更に前方観測のデジタル化は遅れ、野戦特科情報処理システム(Field Artillery Data-processing System)もコストが高いために普及していない。このため特科の射撃指示は未だに紙の地図と音声無線に頼っている。また普通科の基幹連隊指揮統制システム(Regiment Command Control system, ReCs)も同様であり、通信速度も遅い。更に近年導入された広帯域多目的無線機(略称: 広多無(コータム)が性能不良で、改良を重ねても通じないということは部隊現場では公然の秘密である。

このため、仮に最新の榴弾砲を導入しても目標を探知し、正確な位置を把握して、適切かつ効果的な射撃を精密に行うことができない。我が国は都市部に人口の7割が集中しているが、であれば尚更砲兵のネットワーク化、精密射撃化は諸外国より必要なのだが、致命的に遅れている。

「装輪155mmりゅう弾砲」の導入よりも、観測用のヘリやUAV、先方観測誘導部隊の更新導入及び充実、指揮通信およびネットワークの充実、更に精密誘導砲弾の導入などの方が優先順位は高い。島嶼防衛用に必要ならばむしろM777を1個大隊20~30門程度も導入すればいいだろう。FH-70の人件費を抑えるならば155ミリ榴弾砲の定数を削減するという手段もある。「装輪155mmりゅう弾砲」の導入の是非はその上で検討されるべきだ。しかも来年度からは次期防衛大綱が新たに採用される。なにも駆け込みみたいに調達を焦る理由もあるまい。

そもそもまだ十分に使えるFH70を寿命がないと虚偽までついて廃棄するのは納税者に対する背信行為である。モスボール保存するか、あるいは第三国に転売してその利益を国庫に納めるべきである。

いずれにしても陸幕には装備調達のグランドデザインも、優先順位も決められる能力がない。せめて他国の軍隊並の合理性を持って欲しいものだ。

の続き。全2回)

トップ画像:装輪155mmりゅう弾砲(試作品)【走行姿勢】出典:防衛装備庁より


この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


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清谷信一

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