安倍首相の対露外交に懸念
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視 」
【まとめ】
・安倍首相の対露外交に米国当惑。日米同盟結束侵しかねないと懸念も。
・日ロ平和条約締結は露のクリミア占領を認める結果になる危険あり。
・国際社会が露を糾弾する中、日本が欧米の反発受ける可能性あり。
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安倍晋三首相の外交活動はアメリカの首都ワシントンでもこれまで評判がよかった。だが同首相のいまの対ロシア外交へのアメリカ側の反応は当惑だといえるだろう。安倍首相がロシアのプーチン大統領の勧めに応じて日露平和条約の締結へと進む場合、ロシアのクリミア占領を事実上認め、アメリカや欧州諸国の反発を受ける危険があるからだ。
プーチン大統領が2018年9月に安倍首相に対して、突然「年末までにロシアと日本の平和条約の締結を」と述べたことは米側でも大きく報道された。その後の安倍首相のロシアへのさらなる接近もトランプ政権内外では細心の注意を向けている。ただし公式のコメントはしない。あくまで日本とロシアが決める問題だから、という外交上の建前の配慮からだろう。
しかしアメリカ側は全般として日本のこの時期のロシア接近はいくつもの理由により懸念をもって眺めている。安倍首相のあまりに熱心なロシア接近は理解できず、当惑するという反応だともいえよう。なにしろ日本によるロシアへの現状での接近はアメリカの対ロシア政策に反し、日米同盟の結束をも侵しかねないという観測からだといえる。
トランプ政権に近い保守系の政治・外交雑誌『ナショナル・インタレスト』は最近号に「ロシアと日本の平和条約?」という論文を載せ、「もし日本がアメリカに対しての協調を減らせば、その条約は実現するかもしれない」という微妙な副題をつけていた。
▲写真 ジョシュア・ウォーカー氏 出典:ジョシュア・ウォーカー氏twitter
同論文の筆者はジョシュア・ウォーカーという保守派の中堅の外交専門家だった。その論文はアメリカ側は本音として現状では日本のロシアへの急速な接近は望まないという趣旨だった。その最大の理由はいまアメリカがロシアのクリミア占領を強く非難して、経済制裁までも実施中という事実にあるようだ。
▲写真 日米首脳会談(2018年11月30日アルゼンチン・ブエノスアイレス)出典:外務省ホームページ
トランプ大統領も「ロシア疑惑」に追われる観もあるが、大統領選挙でのロシア側との「共謀」の事実はまったくなかったと断言し、ロシアのクリミア軍事占拠を一貫して非難してきた。この事実だけでも日本がいまロシアの国際的な無法行動に目を閉ざす形で二国間の平和条約を結ぶという動きは、アメリカの政策の軽視、無視につながるという認識が明白になる。
現実に日本がいまロシアとの平和条約を結べば、ロシアのクリミア占領をも認めてしまうという結果になりうるという危険がある。この種の平和条約は相互の国境画定の受け入れが核心となる。たとえ北方領土がこの条約でどんな扱いをされても、条約全体としてはロシアがいま主張する国境全体を日本側が認め、受け入れるという形となる。二国間の平和条約というのはそれが本質だとさえいえよう。
▲図 クリミア半島(赤色部分)出典:TUBS(Wikimedia Commons)
日本国内ではいまこの点への懸念はほとんど表明されていない。ロシアとの平和条約を結べば日本はロシアのクリミア占領をも認めてしまうことになりかねないのだ。周知のようにロシアのクリミア占領は重大な侵略行動だとしてアメリカだけでなく、ヨーロッパの諸国も激しく糾弾している。そんな国際環境の中で日本だけがロシアのその侵略行動を認めるような動きをとった場合、どうなるか。悪影響が及ぶのは決して日米同盟だけではない。ヨーロッパの大多数の国とも衝突することになる。
この点ではいまの日本のロシアへの接近は決して北方領土の扱いだけを意味しないのだ。ロシアとの平和条約にはクリミア問題が必ずからんでくるのである。この点の議論が日本国内で起きていないこと自体にも深刻な懸念を感じさせられる。
トップ写真:日ロ首脳会談(2019年1月22日モスクワ)出典:首相官邸ホームページ
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。