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.国際  投稿日:2019/2/11

ベゾス プライベート写真脅迫事件の根っこ


大原ケイ(米国在住リテラリー・エージェント)

「アメリカ本音通信」

【まとめ】

アマゾン・ベゾスCEOが「不倫暴露する」との大衆紙の脅迫メールを全文公開。

・大衆紙オーナーはトランプ大統領と旧知。大統領選中の醜聞もみ消しも。

・トランプ醜聞を追及するWP紙弱体化が狙い?ベゾス氏「WP手放さない」。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=44077でお読み下さい。】

 

アマゾンCEOジェフ・ベゾス氏が不倫相手の女性に送ったプライベート写真などを暴露すると大衆紙に脅迫されたメールを、自らブログで全文公開したというニュースが伝えられているが、実はこれはベゾスがオーナーである有力紙ワシントン・ポストが、ドナルド・トランプ大統領のロシア癒着選挙法違反を追及している対立構図に根ざした代理戦争である。

 

■ 事件の発端はベゾスの女性問題

遡ること1993年、「インターネットで本を売る」という若き野心家ベゾスの夢を叶えるため、ともにシアトルへ車で大陸横断中にビジネス企画を立て、アマゾン黎明期には経理を担当したマッケンジー夫人と結婚してから25年、今年初頭にツイッターで2人は突然離婚を発表した。

だがこれに数時間遅れて「ナショナル・エンクワイヤラー」という大衆紙がベゾスの女性問題を報じており、相手女性と交わしたメッセージの一部を掲載していた。既に昨年から、ベゾスが他の女性を同行して華々しいセレブイベントに参加する様子が何度か目撃されており、どうやら意中の人はローレン・サンチェズらしいと言われていた。

▲写真 ローレン・サンチェス 出典:Lauren 2 Go

サンチェズは映画にチョイ役で出たり、フォックス局のバラエティー番組の司会をしたり、という経歴を持つが、夫はハリウッド業界随一のタレント・エージェンシー、ウィリアム・モリス・エンデバーの共同経営者であるパトリック・ホワイトセルで、昨秋から別居していると報じられており、つまりはダブル不倫だ。

 

■ 選挙法違反に問われていたゴシップ新聞とD・トランプの関係

その2人が交わしたメールや写真を手に入れたナショナル・エンクワイヤラーは、俗に「スーパーマーケット・タブロイド」と呼ばれている。定期購読もできるが、多くはスーパーのレジに並んだ時に目に入るように陳列されている、カラー刷りの小さめのスポーツ紙のようなもの、と説明するとわかりやすいだろうか。そして内容はどんな文春砲も、女性自身もかなわないほどえげつない。

ナショナル・エンクワイヤラーはアメリカン・メディア社(以下AMI)の主要紙で、オーナー社長であるデイビッド・ペッカードナルド・トランプと旧知の仲という人物。同紙は金を使ってありとあらゆるセレブのスキャンダルを集めるメディアだが、なぜか大統領選挙以前からドナルド・トランプに関するネガティブなスキャンダルは掲載したことがなかった。それどころか、トランプを当選させるためにスキャンダルをもみ消してきた。

▲写真 デイビッド・ペッカーAMI社長 出典:AMI Homepage About Us

それは「キャッチ&キル」と呼ばれる手法で、トランプの大統領選に不利な情報、例えば3番目の夫人で現ファーストレディーであるメラニア・トランプ妊娠中に彼がストーミー・ダニエルズというポルノ女優と関係を持ったとか、そのうち妻とは離婚するからと嘘をついて元プレイボーイ・モデルだったカレン・マクドゥーガルという女性と不倫の関係にあった、という話だ。

女性側にはその話を特ダネ扱いするから他のメディアには絶対に喋らないという契約を取り付けた上で大金を握らせ、その後で「やはりあの話は使えない」ともみ消す。もし逆らって「約束が違う」とどこか他のマスコミに持ち込もうとすれば反対に契約違反で訴える、というやり方だ。

折りしも、そのキャッチ&キルの窓口としてトランプの指示で金を振り込んだり、相手の女性を脅したと法廷の場で認めた元用心棒(自称弁護士)であるマイケル・コーエンが、ニューヨーク南部地方裁判所で3年の刑期を言い渡されたばかりだ。この裁判の判決文に出てくる、コーエンに命令や指示を与えた「individual 1」というのはドナルド・トランプを指している。

▲写真 マイケル・コーエン(左)出典:IowaPolitics.com

トランプが大統領選挙活動中だったため、AMIによるキャッチ&キルのような活動は重大な選挙法違反なのだが、AMIは地方裁判所と交渉し、コーエン被告の行動に関する情報をすべて裁判所に伝え、今後3年間はキャッチ&キルを含めた違法行為は一切行わないという条件でお咎めなしとなっていた。

にもかかわらず、AMI側はベゾスに「今回の自分の不倫離婚スキャンダルの報道に政治的な利害関係はない(要するにトランプがらみではない)と公言しろ。さもなくばさらに10枚の卑猥な自撮り写真を掲載する」という交換条件をつきつけたのだ。ベゾスに対するこのメールが脅迫行為と認定されたり、違法に自撮り写真を入手したとわかったりすれば、AMIは非常にまずい立場に置かれる。

 

■ トランプを追い詰める特別検察官と地方裁判所のタッグ

ちなみにニューヨークの南部地区の検察局といえば、綿密な調査でウォール街のホワイトカラー犯罪からイタリアン・マフィアまで、最近は国際組織規模のクレカ・ATM詐欺からイスラム原理主義者によるテロ計画まで、世界規模で大物のホシを挙げてくることで知られている。そして現在、米大統領選挙へのロシア政府の関与を調べているロバート・マラー特別検察官のスタッフと連携して、トランプ政権周りの人間を次々に追い詰めている。

▲写真 ロバート・マラー特別検察官 出典:Wikimedia(Publick domain)

なぜ連携するのかといえば、もし、マラー特別検察官の捜査委員会によって起訴・有罪が確定されても、連邦政府の罪状であればトランプ大統領が勝手に恩赦することができるが、南部地区地方裁判所で起訴されたらその罪状に対しては恩赦は効かないし、いったん連邦政府の恩赦を受けた者はその後、地方裁判所や上院議会の公聴会で黙秘権を行使して証言を拒否することはできないからだ。おそらく、ロシアと直接関係ないトランプ一家の悪事はこちらの南部地方裁判所で裁かれることになるだろう。

 

■ 大統領のロシア癒着、選挙妨害を追及するワシントン・ポスト

さて、次はワシントン・ポスト紙とそのオーナーであるベゾスに対するトランプの敵対心を語らねばなるまい。アメリカ政治の中心である首都ワシントンに本拠地を置き、ニューヨーク・タイムズをライバルとして、ニクソン大統領を辞任に追いやったウォーターゲート事件や、ベトナム戦争時代の米軍の悪事を暴いたペンタゴン・ペーパーズ報道のように、政権の闇に鋭く切り込んできたワシントン・ポストは、現在もトランプ政権とロシア政府の関係を調査し、いくつもの特ダネをものにしている。

トランプは、ニューヨーク・タイムズに対しては同じように批判的な記事や社説を載せても、自分が生まれ育った地元の新聞に良く書かれたいという気持ちがあるようで、ニューヨーク・タイムズを「フェイクニュース」「赤字新聞」と根も葉もない批判をする一方で、独占インタビューに応じたりもしているが、ワシントン・ポストに対しては常に否定的な態度で一貫している。

そこにはオーナーであるベゾスに対する嫉妬も含まれていると考えていい。TVでの知名度や自分のハッタリ行為によってフォーチュン誌の「世界の富豪リスト」に含まれているだけのトランプと違い、ビジネスで成功して今や世界一の資産家となったベゾスを大統領就任後一貫して目の敵にしているからだ。ツイートを読むとどうやらベゾスがワシントン・ポストを手放し、パトロンの失ったワシントン・ポストの弱体化を望んでいるようなのだ。

▲写真 一般教書演説に臨むトランプ大統領(2019年2月5日)出典:White House facebook

昨年夏にトランプは米郵便公社に直接「アマゾンが支払う郵送費を倍額にしろ」という無理難題を突きつけたことが報道されているし、しばしば「アマゾンはちゃんと法人税を払っていない」と文句をつけている。今回の離婚発表の後でもベゾスに対し「これは愉快な離婚騒動になるだろう」とツイートをしている。とても対中国の共闘相手と考えている態度とは思えない。

 

■ トランプの癒着はサウジアラビアとも

ワシントン・ポストはこれまでトランプとロシアのプーチン大統領の関係について、何度も特ダネをものにしているだけでなく、義理の息子であるジャレッド・クシュナーとサウジアラビアとの癒着に関しても追跡している。さらに、AMIがサウジアラビアに進出したがっていることや、ペッカーがトランプの仲介でサウジの王族と会う機会を持ったことなどを記事にしている。

アメリカ国内のメディアは、昨年10月にトルコのサウジ総領事館内で、同紙のコラムニスト、ジャマル・カショギ氏が殺され、その遺体が切り刻まれて持ち去られた事件を非難し、トランプ政権に何らかの外交的制裁をするよう、NATO諸国と協力を呼びかけてきたが、トランプはこれに対し何の対応もしていない。

 

■ 今後のベゾスの対応はいかに?

一方で、ベゾスはAMIから送られてきた脅迫文をそのまま自分のブログに掲載し、「私は屈しない、この先どんなにワシントン・ポストが重荷となろうとも手放したりしないし、彼らの取材ぶりを誇りに思っている」などと発言したものだから、単なる恥ずかしい浮気者から一気に「正義と『報道の自由』の味方」などとまで持ち上げられている。

同時に、天才的経営者の名を欲しいままにしてきた大富豪が元2流のエンタメレポーターのために、エリート教育を受けた新進作家でもある妻を捨て、裁判所の判断によっては7兆円を超える慰謝料を払うつもりなのか(ベゾス夫妻が住むワシントン州の離婚法では、結婚期間に蓄積された財産は、それがすべて夫が稼いだものだったとしても、夫婦で折半となるため)と、揶揄されてもいる。

AMI側が「ベゾスとサンチェズの仲を暴くために、プライベートジェットから5つ星ホテルまで、記者たちにのべ4万マイルも追跡させた」といえば、ベゾスも政府高官や大企業の幹部をクライアントに持つセキュリティー専門家のギャビン・デベッカーを雇い、どうやってメールや写真が漏れたのかを調査させ、サンチェズの兄マイケルが熱心なトランプ支持者で、先日マラー特別検察官の調査委員会によって起訴されたロジャー・ストーンと昵懇だったことを突き止めている。

▲写真 ギャビン・デベッカー 出典:Gavin de Becker & Associations.

ペッカーを理事長とするAMIの理事会は独自調査で違法行為がなかったかどうか調査をすると発表したが、どうやらトランプが目の敵にしている米司法省もアマゾンのロビイスト団体に促されて調査を始めるようだ。

トップ写真:ジェフ・ベゾス氏 出典:flickr; Steve Jurvetson


この記事を書いた人
大原ケイ英語版権エージェント

日本の著書を欧米に売り込むべく孤軍奮闘する英語版権エージェント。ニューヨーク大学の学生だった時はタブロイド新聞の見出しを書くコピーライターを目指していた。

大原ケイ

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