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.国際  投稿日:2019/3/22

イギリスにおける日本人学生 ~ロンドンで迎えた平成~その3


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・バブル景気はビジネスだけでなく、留学生の数も増やした。

・日本の留学生は自国の歴史について他国の留学生よりも知識が不足。

・学んだ英語で何を話しますか?「留学ブーム」は終わるべくして終わった。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイト(https://japan-indepth.jp/?p=44827)でお読みください。】

 

 駅前留学という宣伝文句で、CFもさかんに流していた英語学校(厳密には、株式会社であって学校法人格は持たない)が経営破綻したのは2007年のことである。

 現在は別会社が経営を引き継いで、英語教室そのものは継続しているので、営業妨害と受け取られかねない表現は避けるが、そもそもどうして「駅前留学」などというキャッチコピーが受け容れられたのか、少し考えてみたい。

 まず、前回紹介させていただいた、バブル期のロンドンにおける日本人社会の話題の続きから。

 今さら言うまでもないことではあるが、バブル景気の恩恵を受けたのはビジネスマンばかりではなかった。

 留学生の数もまた、あの時期は大いに増えたのである。

 富裕層ばかりでなく、ごく一般的なサラリーマン家庭にも子供をロンドンに留学させる余裕がでてきたことが主たる理由で、おかげで大いに見聞を広めた日本人が増えたのだとすれば、たしかにバブル景気はよいこともしたのだと、私は思う。

 しかし、当時の日本人留学生の実態を間近で見た立場から言うと、あのような「留学ブーム」が果たして若い日本人の知見を向上させることに寄与したと言い切れるか、いささか疑問を呈さざるを得ない。

 いろいろなところで述べてきたことだが、ロンドンで英語を学ぶ過程でもっともショックだったのは(もちろん個人的な感想だが)、大学生を含む日本の若者が自国の歴史について他国の留学生にもおとる知識しか持ち合わせていない、ということであった。特に、日本と英国が過去になぜ戦争をしたのか、理解できている者がほとんどいない。

写真 英オックスフォード大学の学生の様子

出典)英オックスフォード大学ホームページ

 

 私がロンドンに渡ったのは1983年のことなので、シリーズ第1回で紹介させていただいた、昭和天皇が重篤な病状であることが伝えられる中、英国の新聞が戦争責任問題をあらためて書きたてたのは、もう少し後の話ということになるが、あの留学生たちが、たとえ英字新聞をすらすら読める程度の英語を身につけたとしても、結局なにが問題なのか理解できないのではないだろうか。

 これでは本当に「英語が身についた」と言えるのかどうかさえ疑問に思えてしまう。留学の効用についてよく言われるのは、外国語を学びたいと思ったなら、その言葉の世界に飛び込んでしまうのが一番の早道だ、ということである。

 英語に限った話ではなく、TVでも買い物でも、とにかく四六時中その国の言葉が耳に飛び込んでくる、という環境に身を置いたならば、まずは耳が慣れる。言葉というのは基本的に耳から得る情報なので、現地ならではの発音や言い回しを日常的に聞くことは、たしかに外国語上達の早道だ。これは私の経験から言っても間違いない。

 ここで冒頭の話題に戻るが、英語を身につけるのに「駅前留学」がどの程度まで有効なのか、私はかねてから疑問に思っていた。講師は全員外国人、というのが売りであったが、生徒は全員日本人、しかも教室を一歩出れば日本語があふれている、という環境で身につくことなど限られよう。

 しかし反面、英語漬けの環境に身を置きさえすれば、一生英語のことで困らなくなるだろうか。世の中それほど甘くはない。これまた実際に私の身近なところであった話だが、父親のロンドン赴任にともなって、現地の小学校に入学した子がいた。

▲写真 イギリスの小学校の授業の様子

出典)イギリス教育省(Department for Education)facebook

 

 子供というのはさすがなもので、英国人の子供(実際には肌の色も国籍も様々だったが)に囲まれて暮らすうち、どんどん流暢な英語を話すようになったのである。ところが、家族ぐるみで帰国して半年ほどですっかり英語を忘れてしまったという。

 これまた私自身も経験上よく理解できることで、ロンドンで10年暮らして身についた英語でも、しばらく使わないと「錆びつく」ものなのだ。

 まして子供の場合、覚えるのも早ければ忘れるのも早い。が、それだけの問題ではなく、会話は慣れだけだが、やはり読み書きからきちんと勉強しないと本格的な外国語は身につかない。習うより慣れよ、と昔から言われるが、程度問題なのである。

 それよりなにより、英語習得を志している人たちにちょっと考えていただきたいことがある。「貴方は、学んだ英語で一体なにを話すつもりなのですか?」これである。先ほど引き合いに出させていただいた、ロンドンの小学校に通ってたちまち英語を身につけたが、帰国してたちまち忘れてしまった子供というのは、実は私の従弟の同級生であった。

 当時5〜6歳だったが、今や30代で父親になっている。光陰矢のごとし……という話ではなくて、その頃まだ英語を学びはじめて日の浅かった私は、5歳児ほどにも英語を操れないことを情けなく思ったものだ。

 特に従弟(ちなみにハーフである)の方は、やはり血筋か、憎まれ口をきかせたら天下一品という奴で、自分のカタコトの日本語を棚に上げて、

「シンゴの英語はひどいねえ」などと言ってくれる。

 たしかに、発音や言い回しの巧拙だけを問題にされたら、ロンドンで生まれ育っている彼の英語には逆立ちしてもかなわない。しかし、だからと言って、当時の私が5歳の従弟に対して知的な分野でなにか劣っていることになったのであろうか。

 逆に考えると分かりやすい。アニメやアイドルの話しかできない者が、流れるような英語でなにかを語ったとして、もともと英語が母国語である人たちが感心するであろうか。まあ最近では英語圏でもオタクが増殖中だと聞くので、誰も感心しない、と決めつけるのもはばかられるが。

 こうして考えてくると、駅前留学を含めた「留学ブーム」は、終わるべくして終わったようにも思えてくる。もちろん、昨今よく言われる、若い人があまり外国へ行きたがらなくなった、という傾向にも別の問題がはらまれている。

 次回、この問題を見てみよう。

トップ写真:英オックスフォード大学の学生たち 出典:英オックスフォード大学ホームページ


この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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