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.社会  投稿日:2019/4/19

福島の発展に必要な教育投資


上昌広(医療ガバナンス研究所 理事長)

【まとめ】

・福島大学に農学系が新設。戊辰敗北の福島に国立医学部はない。

・地域力ある京都、徳島は大学の水準高く、知的人材の層が厚い。

・地域力は人材力。福島の発展には長期的視点の教育投資も必要。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=45282でお読みください。】

 

福島大学に農学群食農学類が開設された。福島第一原発事故で被害を蒙った福島県の農業の復興だけでなく、日本の新しい農業の形を福島から発信することを目的としている。喜ばしいニュースだ。福島の発展を考える上で教育投資は大切だ。地域力は人材力であり、人材を育むのは教育だからだ。

東日本大震災以降、私たちのグループは福島で活動を継続しているが、現地で働いて感じるのは教育の遅れだ。例えば、東大合格者の数だ。2019年入試における各都道府県の18歳人口当たりの都道府県別の進学者を1に示す。

▲図1

東京、奈良、神奈川、富山、兵庫が多い。東京、奈良、兵庫には私立の有名進学校が存在し、富山は教育熱心で有名だ。一方、少ないのは沖縄、島根、青森、大阪、滋賀、福島、佐賀、山形となる。福島からの進学者はわずかに14名だ。

地元志向が強い関西、東京との距離が遠い九州や中国地方は兎も角、東北新幹線を使えば1時間40分程度で東京につく福島の合格者がこんなに少ないのは異様だ。合格者が少ないのは東大だけではない。福島は東北大学への進学者も少ない。18歳人口1万人あたりの東北大学合格者数は東北地方で最低だ。多い順に宮城152人、岩手88人、青森71人、秋田62人、山形45人、福島18人となる。

▲写真 戊辰戦争で損傷した鶴ヶ城(福島県会津若松市)。福島県に国立の医学部がないこと、東北地方に水産学部がないのは戊辰戦争の影響か。 出典:パブリック・ドメイン

福島は教育後進県といっていい。これはわが国の近代史を反映している。明治維新以来、教育を含め多くの点で差別を受けてきた。例えば、福島には国立大学の医学部がない。福島と同じく、国立の医学部がない県は和歌山、奈良、神奈川、埼玉、栃木、岩手である。いずれも江戸時代、徳川家と縁がある地域で戊辰戦争では佐幕派だったところが多い。

国立大学で医学部の存在は別格だ。予算が多い。現在、国立の単科医科大学は東京医科歯科大、旭川医大、浜松医大、滋賀医大の4つが存在するが、運営費交付金はそれぞれ132億円、52億円、57億円、55億円だ(いずれも2016年度)。医学部がない総合大学を上回ることもある。前出の7県のうち奈良を除く6県には、医学部のない総合大学が存在するが、それぞれが受け取った運営費交付金は和歌山大38億円、横浜国大79億円、埼玉大60億円、宇都宮大56億円、福島大35億円、岩手大68億円。

▲図2

2は都道府県別の15-19才人口一人あたりに換算した地元の国立大学が受け取る運営費交付金だ。トップは京都で49万9491円で、徳島46万6773円、宮城42万7621円、鳥取39万9682円、石川36万1402円と続く。

一方、もっとも少ないのは埼玉で1万7231円。ついで神奈川2万2412円、福島3万7812円だ。下位の3県には国立大学の医学部が存在しない。トップの京都と埼玉では29倍、福島では13倍の差がある。国立大学が国税によって運用されていることを考慮すれば、実に不公平だ。

詳述はしないが、私立大学などへの助成金を加味しても、東京が9位から2位に順位をあげる以外は状況は変わらない(3)。私学助成金の総額は国立大学の運営費交付金の3割程度に過ぎず、大勢に影響しない。都道府県が受け取る大学予算は国立大学医学部の有無に左右される。

▲図3

余談だが、カネは力を生む。2016年度、医学部を有する38の国立総合大学(東京医科歯科大学など4つの医科系単科大学は除く)のうち、24の大学で医学部出身者が学長を務めていた。医学部の存在が如何に大きいかご理解頂けるだろう。

話を戻そう。国立大学医学部には巨額の税金が投入されるため、その有無は地域の人材育成力に影響する。それは、運営費交付金の多くは、大学の教職員の人件費に充てられるからだ。地元のエリート層を国の税金で養っていることになる。彼らはイノベーションの担い手だ。

▲写真 京都大学 出典:京都大学facebook

県民ひとりあたりの大学予算がもっとも多いのは京都だ。京都がグローバル化時代に急成長しているのは、観光資源が豊富という理由だけではない。知的人材の層が厚いからだ。

関西企業の時価総額ランキングでは上位陣を京都発の企業が占める。2位日本電産4兆1,814億円、3位任天堂4兆1,554億円、5位村田製作所3兆7,250億円、6位京セラ2兆4,545億円だ(日本経済新聞3月30日、「専門性高い企業が上位に 関西企業の時価総額ランキング、30年で変化」)。

かつて関西財界をリードしたパナソニックの時価総額は2兆3,407億円。このような新興企業の後塵を拝している。京都の企業を支えた人材は地元の大学教育が生み出した。この意義を実感しているからこそ、永守重信・日本電産社長・会長は18年3月に京都先端科学大学の理事長を引き受けたのだろう。2019年4月には学校法人名を永守学園、大学名を京都先端科学大に変更している。京都人は高等教育の有用性を知り抜いている。

▲写真 永守重信・日本電産社長・会長 出典:日本電産株式会社ホームページ

京都についで15-19才人口一人あたりの税金投入額が多いのは徳島だ。16年度に受け取った運営費交付金は125億円。上位陣には旧帝大、戦前からの大学、ナンバースクールの後継校が並ぶ。戦後生まれの大学の中では、信州大、東京医科歯科大、富山大についで4位だ。

徳島からも多くの人材や企業が産まれている。その筆頭が大塚ホールディングスだ。時価総額は約2.3兆円。かつて、「オロナミンCは小さな巨人です」というテレビCMで知られた徳島県鳴門市の飲料メーカーが、2006年に精神病治療薬エビリファイの開発をきっかけに世界的製薬メーカーに成長した。

携帯電話に用いる白色LEDの生産で有名な日亜化学は、1956年に小川信雄氏が徳島県阿南市で創業した。元社員の中村修二氏は青色ダイオードの発明が評価され、2014年にノーベル物理学賞を受賞した。

▲写真 高輝度青色発光ダイオードの発明でノーベル物理学賞を受賞した中村修二氏は徳島大学卒。 出典:Ladislav Markuš(Wikimedia Commons)

小川氏、中村氏ともに地元の徳島大学卒(小川氏は前身の徳島高等工業学校)。2000年代、中村氏と日亜化学は訴訟合戦となるが、ノーベル賞受賞のインタビューで小川氏に対しては、「日亜化学の先代社長の小川信雄氏には感謝している。彼の研究支援がなかったらこのノーベル賞はなかった」とコメントしている。

徳島は大物政治家も多い。三木武夫氏、後藤田正晴氏、仙谷由人氏らだ。幸福の科学の創始者である大川隆法氏も、徳島城南高校から東京大学に進学したエリートだ。さらに、高校野球界に革命をもたらした池田高校もある。わずか人口1万5,000人の町の公立高校が日本一を目指したというのだから、常軌を逸している。徳島は人材の宝庫だ。

グローバル化、情報化が進み、世界は急速に変わりつつある。生き残るには高度な知的人材を育成しなければならない。彼らが新たな産業を作り上げる。京都や徳島が生き残ったのは、知的人材の層が厚かったからだ。それを支えたのは、京都や徳島の大学のレベルが高かったからだ。地元の名門大学を目指し、高校や中学のレベルも上がった。この中からは故郷以外の大学に進学する若者も出てくる。その中には成功し、故郷に還元する人たちもいる。

地域力は人材力だ。人材育成には教育が重要だ。戊辰戦争に敗れた福島県には、国立大学医学部が存在しない。また、東北地方は三陸から常磐沖の好漁場を有するのに、岩手大学に農学部食料生産環境学科があるだけで、「水産学部」は存在しない。九州では鹿児島大学と長崎大学に存在するのと対照的だ。これは戊辰戦争の戦後処理が影響しているのだろう。

教育レベルの向上は一朝一夕ではならない。福島第一原発事故で、福島は甚大な被害を蒙った。この地を復興させるには、公共事業だけでなく、長期的な視点に立った教育が必要だ。今回の福島大の試み、是非、応援したい。

トップ写真:2019年4月、福島大学に農学群食農学類が開設される 出典:国立大学法人 福島大学ホームページ


この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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