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.社会  投稿日:2023/4/28

福島県、大学合格者数から考える


上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)

「上昌広と福島県浜通り便り」

【まとめ】

・東京大学、京都大学の合格者数で福島県は東大、京大とも、最下位。

・福島県に必要なのは、高校生が進学したいと憧れる大学だ。

福島大学福島県立医科大学、「福島国際研究教育機構(エフレイ)」を合併させ、さらに水産学部などを新設すればいい。

 

人口減少が進む我が国で、地域の衰退が叫ばれて久しい。「地域力の創造・地方の再生」(総務省)など、政府は「地域力」の向上を目標に掲げる。では、地域力とは何か。私は人材育成力と考えている。

人材育成は教育だ。我が国の問題は、初等教育と比べ、高等教育を受ける機会に著しい国内格差が存在することだ。今春の主要大学の合格者数が出揃った。本稿では、福島県の教育力を論じたい。

図1は、東京大学、京都大学の合格者数の都道府県別の比較だ。合格者の居住地ではなく、出身高校の所在地で代用し、18才人口1万人あたりの数字を示している。

▲図1 18歳人口1万人あたりの東大・京大合格者数 作成:医療ガバナンス研究所 山下えりか

残念ながら、福島県は東大、京大とも、最下位だ。東大は0.04人、京大は0.01人である。福島県の高校生の約2,500人に1人が東大、約1万人に1人が京大に進学していることになる。

福島県と同様、両大学への進学者が少ない県としては、沖縄県、山形県、岩手県、宮崎県などが挙げられる。東北地方と九州が多い

一方、東大、京大の何れに対しても、合格者数が多いのは、奈良県、兵庫県、石川県、福井県、岡山県、愛知県などの西日本勢だ。公立、私立を問わず、有名進学校が存在し、福井県を除き、戦前からの名門大学が存在する地域だ。

東大への合格者が多く、相対的に京大が少ないのは、東京都、富山県、神奈川県、鹿児島県、千葉県が挙げられる。首都圏の3都県以外に、富山県、鹿児島県が名を連ねるのは興味深い。歴史的な経緯から、東京志向が強いのだろう。

ちなみに、富山県は、富山高校、富山中部高校、高岡高校などの有名公立校があるし、鹿児島県にはラサール高校、鶴丸高校、甲南高校などが存在する。さらに、鹿児島県には戦前からの名門旧制第七高等学校造士館が存在する。いずれも古くからの教育県として知られている。

一方、京大への合格者が多く、相対的に東大への合格者が少ないのは、京都府、大阪府、滋賀県、和歌山県だ。いずれも関西圏で、地元指向が強いのであろう。京大については、鹿児島県、富山県のような遠隔地であるにも関わらず、合格者が多い地域は存在しない。

図1で興味深いのは、首都圏、関西圏、さらに富山、鹿児島を除き、都道府県の東大・京大の合格者数は、基本的に相関することだ。つまり、東大に合格者が多い都道府県は、京大にも合格者が多い。東大、京大の合格者数は、都道府県の教育レベルを反映しているのだろう。

ただ、福島県は地元の東北大学に多くが進学しているため、東大・京大の合格者が少ない可能性がある。東北大学の合格者数はどうなっているだろうか。

東北6県の東北大学の合格者数は、高い順に宮城県1.78人、山形県1.38人、青森県1.20人、秋田県0.81人、岩手県0.74人、福島県0.66人と、福島県は最下位である。つまり、大学受験に関し、福島県は東北地方で最もレベルが低いと言われても仕方ない。これは由々しき事態だ。

なぜ、こんなことになるのだろうか。私は、高等教育に対する公的投資に格差があるからと考えている。

国立大学には、国から運営費交付金という形で税金が投入される。2022年度に受け取った運営費交付金は多い順に東京大学719億円、京都大学487億円、東北大学401億円、大阪大学389億円、東海国立大学機構370億円、九州大学347億円と続く。

上位18大学のうち、17大学は戦前からの大学、残る一つは旧制第七高校造士館に由来する鹿児島大学だ。戦前からある大学のうち、下位に位置するのは理系学部が存在しない一橋大学だけだ。

一方、19位以下は、信州大学、東京医科歯科大学、富山大学、愛媛大学などの戦後生まれの大学が続く。

この序列は示唆に富む。国立大学の「格」が戦前から変わらないことを意味するからだ。明治から戦前にかけての、中央政府での権力争いが、そのまま反映されている可能性が高い。福島県は戊辰戦争の敗者だ。割を食っていてもおかしくない。

福島県に存在する国立大学は福島大学だけだ。その運営費交付金は32億円。82大学中、70だ。同レベルの大学としては、長岡技術科学大学、鳴門教育大学が存在する。新潟県、徳島県には、新潟大学、徳島大学のような別の総合大学が存在し、長岡技術科学大学、鳴門教育大学に期待される役割は限定的だ。県内の唯一の国立大学が受け取る運営費交付金が、このような大学と同レベルという事実は、福島県が冷遇されていることを意味する。

おまけに福島県は人口が多い。東日本大震災以降、急速に減少したが、それでも178万人(2023年3月1日現在)だ。国立大学の運営費交付金額を、県民一人当たりに換算すると、さらに格差は拡大する。京都府は福島県の12.7倍、富山県は6.4倍だ。

東北6県でも、この状況は変わらない。18才人口1万人あたりが受け取った2022年度の運営費交付金は、多い順に宮城県230億円、秋田県121億円、山形県110億円、青森県90億円、岩手県61億円、福島県21億円と、福島県は断トツの最下位だ。

繰り返すが、この状況は、明治以来、続いてきた。今春の大学入試で、福島県が東大・京大の合格者数で最下位になるのも、宜なるかなだ。憂うべきは、このような理不尽に福島県の人たちが慣れてしまい、問題と思わなくなっていることだ。

理不尽な事例は枚挙にいとまがない。例えば、水産学部の設置だ。三陸沖は世界的に有名な好漁場だ。ところが、福島県はもちろん、東北地方には、「水産学部」の名を冠した学部を有する国立大学はない。鹿児島大学、長崎大学には水産学部、山口県には水産大学校が存在するのと対照的だ。なぜ、東北地方で、もっと水産の研究を進めないのだろう。さらに、どうして、東日本大震災の復興策の一環として、福島大学に水産学部の増設を求めなかったのだろう。

今年4月、福島県浪江町に開設された「福島国際研究教育機構(エフレイ)」も不思議な存在だ。政府は、世界最先端の研究・開発や人材育成に取り組むというが、果たして、地元のためになるのだろうか。

おそらく、この組織は2011年に開設された沖縄科学技術大学院大学と似た存在になるだろう。大学院での研究を中心に、世界中から優秀な研究者が集うはずだ。私は、寡聞にして、沖縄科学技術大学院大学が、沖縄県の高校生の教育レベルを向上させたという話はきかない。地元の高校生にとっての進学先とはならないからだ。

福島県に必要なのは、世界トップランクの研究機関ではない。高校生が進学したいと憧れる大学だ。悲しいかな、福島大学は、そのような存在となっていない。

政府が、本気で福島の地域力向上を考えるなら、福島大学、福島県立医科大学、「福島国際研究教育機構(エフレイ)」を合併させ、さらに水産学部などを新設すればいい。

この枠組みなら、地元の高校生が入学することができる。国内外から集う優秀な研究者たちも、地元密着を希望しているはずだ。折角、巨額の税金を投入するなら、もう少し、人材育成を考慮したらいい。長年にわたる福島の宿痾を克服する一助になるはずである。

トップ写真:会津若松市鶴ヶ城 出典:MIXA/GettyImages




この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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