標的は中国人パキスタンテロ
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2019 #20」
2019年5月13日-5月19日
【まとめ】
・グワーダルで中国人を狙ったテロ発生。
・グワーダル港は中国海軍の拠点の一つになる予定。
・中国がインフラ整備の利益を現地住民へ供与しなかったから。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=45736でお読みください。】
先週は米中閣僚級貿易交渉の物別れ、というか事実上の決裂、で大騒ぎだった。何度も同一テーマのコラムを書くのは本意ではないが、今週のJapan Timesと産経新聞のコラムでは再び米中貿易交渉を取り上げた。言いたいことは沢山あるが、詳細はそちらをお読み頂くとして、ここでは米中以外のテーマについて書こう。
先週筆者が一番注目したのはパキスタンで起きたテロ事件だ。テロといっても今回の対象はキリスト教徒でもユダヤ教徒でもない、どうやら標的は中国人らしいのだ。場所は同国南西部バローチスタン州グワーダルの高級ホテル、武装集団による襲撃事件で5人が死亡したという。グワーダルと聞いてピンとくる人は相当の国際通だ。
▲写真 テロ事件が起きたPearl Continental Hotel Gwadr 出典:Pearl Continental Hotel Gwadr
グワーダルといえば、2013年1月30日、パキスタン政府が同港運営権の中国企業への移譲を認可、爾来中国による港湾と関連インフラの整備が進んでいる所だ。いずれはインド洋における中国海軍の拠点の一つになると、インドは勿論、日米豪などの関係国も懸念を深めているいわく付きの港なのである。
問題はそのグワーダルがバローチスタン州にあることだ。同州は17世紀以降カラート藩王国という独立国家だった。その後イギリスの保護領となり、インド独立の際には独立の道も模索されたようだが、最終的にはパキスタンに併合され現在に至っている。要するに、この地には中央政府の言いなりにならない歴史と気質があるのだ。
このバローチスタンの分離独立をめざす武装組織が「バローチ解放軍(BLA)」だ。BLAは今回のテロについて「中国人や、他の外国投資家を標的にした」という犯行声明を出している。BLAは2018年11月にもカラチにある中国総領事館を襲撃し、犯行声明を出していた。この組織、なぜそんなに中国人を毛嫌いするのだろうか。
▲写真 カラチの街並み 出典:Wikimedia Commons; Son of ATM
理由は簡単。中国はグアダルを起点に新彊ウィグル自治区のカシェガルまで鉄道、高速道路、光ファイバー網、石油・ガスパイプラインなどを敷設した。ところが中国はそのための建材、建設機械から労働者まで全てを中国から持ち込む。これが中国の典型的なやり方なのだが、現地バローチスタンの住民はほとんど裨益しなかったのだ。
似たような話はアフリカにも、アジアにも山ほどある。パキスタンぐらい中国と親密な国はないと思うだろうが、おっとどっこい、中国はバローチスタンやイスラム教を甘く見たのかもしれない。こんなことを繰り返しても、「一帯一路」政策は各国国民の支持や理解を得られない。どうして中国はこんな簡単なことが分からないのだろうか。
〇アジア
先週末、中国の劉鶴副首相は先の米中貿易交渉について北京で中国メディアのインタビューに応じ、米国の姿勢に強い不快感を表明したようだ。本邦有力紙は政治局員という高位の要人がこの種のインタビューに応じるのは極めて稀だと報じていた。まあ、それはそうなのだろうが、筆者はこの報道にちょっと違和感を感じた。
これが9人しかいない政治局常務委員によるインタビューなら確かに異例だろう。だが、劉鶴は副首相ながら、所詮は25人いる政治局員の一人に過ぎない。ここは「インタビューの異例さ」に注目するよりも、「中国が合意を破り、再交渉を求めた」という米国の宣伝に対抗すべく中国なりの「対米情報戦」を仕掛けていると見るべきだろう。
▲写真 劉鶴副首相(左) 出典:米財務上院委員会
もう一つ気になるのは18日のオーストラリアの総選挙だ。報道によれば、与党保守連合(自由党・国民党)と最大野党労働党の一進一退の攻防戦が続いているという。最新世論調査によれば保守連合が49%、労働党は51%となり、労働党が僅差で勝利するとの見方も出ている。対中政策に変化があるかどうかが気になるところだ。
〇欧州・ロシア
先週末、英紙がある世論調査の結果を発表した。それによれば、各政党の支持率は、BREXIT党(ファラージ元UKIP党首の新党)が34%、労働党が21%、自由党が12%で、何とメイ首相率いる保守党はわずか11%だったという。これではメイ首相主導のEU離脱は難しいだろう。23日に予定される欧州議会選挙の結果が気になる。
▲写真 メイ首相 出典:Flickr; EU2017EE Estonian Presidency
〇中東
先々週、米国家安全保障担当大統領補佐官が「イランによる数々の挑発的言動」に対応するため、空母打撃群と爆撃部隊を中東に派遣すると発表、空母派遣によって「米国や同盟国の権益を攻撃すれば容赦なく実力を行使するという、明確なメッセージをイランに送る」と述べたことは先週簡単に触れた。
これと関係があるか現時点では不明だが、サウジアラビアの産業鉱物資源相はアラブ首長国連邦(UAE)のフジャイラ沖合で先週末、何者かによる「破壊行為」があり、原油タンカー2隻が大きな損傷を受けたと発表。UAE当局も同じ海域で商船4隻が攻撃を受けたと述べたが、これって本当にイランの仕業なのか。事実関係を知りたい。
〇南北アメリカ
米議会下院では相変わらずイランゲート、モラー特別検察官の報告書、トランプ氏の税金関係資料、トランプ・ジュニアの宣誓証言などについて召喚状(英語でサピーナという)を連発しようとし、ホワイトハウスとの対決姿勢を強めている。この種のニュースを「これでもか、これでもか」と垂れ流すCNNはちょっと食傷気味だ。
〇インド亜大陸
インドは5月23日まで下院総選挙が続く。今週はこのくらいにしておこう。
いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:グワーダル港 出典:Wikimedia Commons; Saadsuddozai
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。