米、日中はタンカー自分で守れ
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2019 #26」
2019年6月24-30日
【まとめ】
・米ーイランの対立激化。
・トランプ大統領はホルムズ海峡警備放棄に言及。
・トランプ氏の狙いはイランとの新たな核合意。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=46426でお読みください。】
先週は遂に恐れていたことが起きた、というか、起き始めた週となるだろう。イラン革命防衛隊による米海軍無人偵察機の撃墜、これに対するトランプ政権の報復行動検討に関する米国内の協議、トランプ氏による軍事攻撃開始直前の攻撃中止決定、米サイバー軍による革命防衛隊施設に対するサイバー攻撃など・・・。
どれ一つとっても、恐ろしい事件ばかり。何しろ、イランによる対米軍攻撃と米国による対イラン軍事攻撃が実際に起き始めているのだから。だが、これだけ立て続けに起こると、かえって感覚が麻痺してくるから不思議だ。そして6月24日、最も恐れていたトランプ氏の極め付けのツイートが遂に炸裂した。ツイート全文をここに再録しよう。
Donald J. Trump@realDonaldTrump
(ホルムズ)海峡から中国は(全輸入量の?)91%、日本は62%もの原油を、他の諸国も同様だが、得ている。されば、何故我々は長年にわたり、代償もなしに、他国のために輸送路を守っているのか。これら全ての諸国は常に危険な航海を行う自国の船舶を自ら守るべきである。
米国が世界最大のエネルギー生産者となった以上、我々はそこ(湾岸水域)にいる必要すらない。米国がイランに求めるものは単純だ。核兵器を持たないことと、今後テロ行為のスポンサーにはならないことである。
China gets 91% of its Oil from the Straight, Japan 62%, & many other countries likewise. So why are we protecting the shipping lanes for other countries (many years) for zero compensation. All of these countries should be protecting their own ships on what has always been….
….a dangerous journey. We don’t even need to be there in that the U.S. has just become (by far) the largest producer of Energy anywhere in the world! The U.S. request for Iran is very simple – No Nuclear Weapons and No Further Sponsoring of Terror!
トランプ氏の単語綴りミスも相変わらずのようで、海峡(strait)と書くべきところをストレート(straight)と書いている。まあまあ、いいじゃないの!こんなことは日常茶飯事!余り頻繁に起きるので、逆に感覚が麻痺しているのかもしれない。しかし、このツイートばかりは、極めて危険な内容であり、到底看過できないものだ。
何故か?考えるまでもないだろう。このトランプ氏の発言は、米国が東アジアの同盟国のシーレーンを守る気がないこと、中国が東アジアから湾岸地域までのシーレーン防衛を自前で行う口実を事実上与えることを意味しかねないからだ。申し訳ないが、トランプ氏は安全保障について完全な「音痴」である。
もう一つ、今週筆者が注目するのはイスタンブール市長選の結果だ。23日実施の市長選挙では、エルドアン大統領率いるイスラム系与党、公正発展党のユルドゥルム候補(元首相)が敗北を認めたという。これはエルドアン政権の「終わりの始まり」を意味するのか。これについては来週にでも詳しく書くことにしよう。
▲写真 イスタンブール市長選のポスター 出典:VOA
〇アジア
今週のアジアも香港が気になる。6月24日、中国本土への刑事事件の容疑者引き渡しを可能にする逃亡犯条例改正案の撤回を求め100人以上が政府庁舎を封鎖したと報じられた。学生を中心とする抗議デモはまだ勢いを失っていないようだ。
デモ隊は今週大阪で開かれるG20サミットで各国首脳にこの問題を認識してもらうよう抗議活動を続けるらしい。香港の若者たちの今の危機感は1989年6月の北京の若者たちの危機感とどこが同じで、どこが違うのだろう。研究に値するテーマである。
〇欧州・ロシア
英与党・保守党の党首選で最有力候補とされるジョンソン前外相は、EUとの離脱条件合意の有無にかかわらず、10月31日に離脱することを目指すそうだ。同氏はそうした離脱は「大いに実行可能」と発言したらしいが、一体何の根拠で「実行可能」などと言うのか、筆者には全く理解できない。英国の混乱はまだまだ続くようだ。
〇中東
米イラン関係については今週のJapanTimesと産経新聞に英文と和文のコラムを書いたので詳細はそちらを御一読頂きたいが、ここでは、スペースの関係で両紙の紙面で書けなかったことを補足しておこう。
1、トランプ氏の目的はイランに核合意から事実上離脱させ、新たな核合意を結ぶことであり、イラン政権転覆や対イラン戦争は意図していないと思う。問題はトランプ氏以外の政権安全保障政策チームの「ネオコン」人士たちだ。
2、今後、米イラン間で対立は激化する。外交面で米国は国連安保理での更なる制裁決議の採択などを画策するだろうが、実現は難しい。軍事面で米国は、不測の事態に備え、当面は対イラン軍事作戦よりも、抑止力・防衛力の強化を図るだろう。
3、しかし、仮に革命防衛隊などイランの最強硬派が更なる対米軍軍事作戦を行えば、それこそボルトンの思う壺。今のイランの最高指導者と革命防衛隊の動きを見ていると、1930年代の日本が対米外交に如何に苦労したか良く分かるような気がする。
▲写真 ジョン・ボルトン大統領補佐官 出典:Flickr; Gage Skidmore
〇南北アメリカ
シャナハン国防長官代行に家庭内暴力問題が浮上し、同長官代行は国防長官の議会承認を辞退して長官代行も辞任したため、トランプ政権は現陸軍長官を次期国防長官に指名するらしい。こうなると指名された次期長官候補は長官代行の仕事ができなくなるという記事があったが、本当なのか。それにしても国防総省は一体何をやっているのか。これからイランと戦争するかもしれないというのに・・・。これだけでもマティス前長官が如何に偉大だったか良く分かるだろう。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:トランプ大統領とポンペオ国務長官 出典:アメリカ大使館
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。