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.経済  投稿日:2019/8/3

経済のデジタル化と金融仲介


神津多可思(リコー経済社会研究所所長)

「神津多可思の金融経済を読む」

【まとめ】

・一国の経済において平均所得水準が上がるとサービス化が進む。

・経済のデジタル化が、現在の金融仲介に影響与える。

・新デジタル・サービスの供給に資する金融仲介の実現が急務。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=47175でお読みください。】

 

第四次産業革命という言葉が聞かれるようになって久しい。シェアリング・エコノミー、モノのインターネット(IoT)、ビッグ・データ、人工知能(AI)といった言葉で語られる第四次産業革命の底流にあるのがデジタル化だ。

元々、一国の経済において、平均所得水準が上昇していくに連れてサービス化が進むことは指摘されてきた。ペティ=クラークの法則というのを社会の教科書で目にした記憶のある方も多いのではないか。人間が生存する上で、まず重要なのは食。次に衣が足りて、住も備わると、次第にサービスを欲するようになっていく。そのトレンドの上に、21世紀ではデジタル化の動きが重なる

私達の身の回りにある様々な情報が、機械に理解できるかたちでデータ・ベース化され、それに基づき機械が定型的な判断を示し、人間がそれを了とすれば機械が必要な動作をしてくれる。そういう社会が来ようとしている。

企業のビジネスがその方向に進むと、利益の源泉は次第に目にはっきりとはみえないものに変化していく。第一次産業革命以前、富を生んでいたのは主に人と土地だった。それが次第に機械に変わり、そして情報へと変わった。企業にしてみれば、これまでは富の大半は有形の資産から生まれていたが、今は次第に無形の資産の重要性が高まっているということだ。

製造業にとっても、如何に良い製品を低価格で作りたくさん売るかというよりも、新しい製品に消費者が求めるサービスを乗せてどう収入を得るかということがますます焦点になっている。

▲画像 デジタル化、ネットワーキング(イメージ) 出典:Pixabay; geralt

そうした経済のデジタル化は、金融仲介にも影響を与える。言うまでもなく日本の金融仲介の主力は銀行部門を通じるものだ。その銀行の与信においては、無形資産は扱いにくい。資金使途の評価においても、担保価値の評価においても、有形資産と比べ無形資産の価値が事前には良く分からないからだ。

加えて、新しいデジタル・サービスの供給においては、企業の成功・不成功の明暗がはっきりする。プラットフォーム・ビジネスなどはその典型だが、結局、勝者が大きなシェアをとってしまうので、多くの企業群が一定期間に亘って収入を得ていくというシナリオをなかなか描けない。新しいデジタル・サービスを生み出すための資金仲介はリスクが高いということだ。

そうなると必要な資金仲介は、銀行貸出のように元本保証のある預金とバランスする媒体ではなく、株式のように最悪の場合は無価値になってしまう媒体により依存することになる。新規ビジネスの資金調達において、ベンチャー・キャピタルのような株式を保有する主体が大きな役割を果たしているのにはそういう背景もある。

この様に考えると、経済のデジタル化が進行する下にあっては、銀行部門の金融仲介に影響を与えて景気変動を平準化しようとする金融政策は、次第にその効果が制約されていくことになる。増してや、経済の潜在成長力を浮揚するという、本来、金融政策では困難な政策目標の達成も、新規のデジタル・サービス等の立ち上げに本当に必要なのが銀行貸出ではないのであれば、なかなかできないということになる。

他方、株式投資の専門家の企業評価においては、株主への収益還元の度合いに対する目線は世界的にかなり高くなっている。それは一部の成功企業が、経済のデジタル化の急速な進行ということもあって、実際にこれまで非常に良い経営実績を残してきたからだろう。

しかし今日、欧米の好業績企業でさえ、株式市場で形成されてしまった高い要求水準を満たす投資案件をみつけることができず、自社株買いによって株価を引き上げる対応をしている。これは要するに自己資本を圧縮し、レバレッジを引き上げて企業価値を維持しているということであって、それは新しいデジタル・サービス等の創造には結び付かない。

日本においても、経済のデジタル化が進む下にあっては、これまでの主力であった預金-貸出という金融仲介だけではなく、場合によっては無価値になってしまう株式のような媒体を通じた金融仲介がより重要になるはずである。しかし、個人にしてみれば、一か八かの金融商品は預金のように信頼できる貯蓄手段にはならない。そこには、やはり大数の法則を働かせた保険的な機能を噛ませる必要がある。日本の金融機関の工夫のしどころではないか。

さらに、企業の株主還元に対する目線も、生き馬の目を抜く専門家間の競争と、引退後に備えた資産形成において、今の定期預金よりも少しでも高いリターンが得られればとても助かる個人とでは自ずと違う。

現在、5年ものの定期預金であっても、金利の小数第1位まではゼロである。アップ・ダウンはあっても長期的にそれに負けない利回りを生む株式投信によって、これからの新しいデジタル・サービス等の供給に資する金融仲介が実現できれば良いのである。そういう工夫の余地もないものだろうか。

トップ写真:IoT社会(イメージ) 出典:Pixabay; Tumisu


この記事を書いた人
神津多可思日本証券アナリスト協会認定アナリスト

東京大学経済学部卒業。埼玉大学大学院博士課程後期修了、博士(経済学)。日本証券アナリスト協会認定アナリスト


1980年、日本銀行入行。営業局市場課長、調査統計局経済調査課長、考査局考査課長、金融融機構局審議役(国際関係)、バーゼル銀行監督委員会メンバー等を経て、2020年、リコー経済社会研究所主席研究員、2016年、(株)リコー執行役員、リコー経済社会研究所所長、2020年、同フェロー、リスクマネジメント・内部統制・法務担当、リコー経済社会研究所所長、2021年、公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事、現在に至る。


関西大学ソシオネットワーク戦略研究機構非常勤研究員、オーストラリア国立大学豪日研究センター研究員ソシオフューチャー株式会社社外取締役、トランス・パシフィック・グループ株式会社顧問。主な著書、「『デフレ論』の誤謬」(2018年)、「日本経済 成長志向の誤謬」(2022年)、いずれも日本経済新聞出版社。

神津多可思

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