「再度の国民投票」不可避か 英ジョンソン新首相を占う(上)
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・ジョンソン首相の離脱案を議会が可決する見込みはゼロ。
・解散・総選挙は不可避。「離脱か残留か」の事実上の再国民投票へ。
・やや高い確率で「離脱撤回・ジョンソン首相辞任」となる可能性。
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7月24日、ブレグジット騒動に揺れる英国で、ボリス・ジョンソン首相が誕生した。
もう少し具体的に述べると、23日に行われた保守党党首選挙で、穏健離脱派(これについては、後述)のジェレミー・ハント外相を大差で破った。メイ前首相は公約通り辞任し、新たに与党を率いることとなったジョンソン氏は、翌24日、バッキンガム宮殿にてエリザベス2世女王より組閣の大命を拝し、ここに新首相が誕生した、というわけだ。
ハント氏は外相のポストを外れ、新内閣はいわゆる強硬離脱派で占められた。
ボリス・ジョンソン氏は前回の東京五輪が開催された1964年、米国ニューヨークで生まれている。教育は英国で受け、パブリック・スクールの名門イートン校からオックスフォード大学というエリートコースを歩んだ。
ぼさぼさの金髪や、なにかと物議を醸す言動から、米国のトランプ大統領に「激似」だなどとよく言われるが、家系や教育的バックグラウンドはかなり異なっている。なにしろ18世紀の英国王ジョージ2世の子孫で(愛人が産んだ子の血筋であるため、王位継承権はない)、父親は欧州議会議員であった。大学卒業後、ジャーナリストとして働いた後、今世紀になってから政界に進出し、下院議員を経てロンドン市長も2期勤め、その後また下院議員に当選している。……このあたりのことは、すでに幾多のメディアから情報を得られていると思うので、彼が就任演説であらためて全国民に向けた公約、すなわち「10月31日までに必ずEU離脱を実現する。合意なき離脱も辞さない」ということが本当に可能かどうかを大胆予測しよう。
結論から述べると、五分五分よりもやや高い確率で「離脱撤回・ジョンソン首相辞任」ということになるのではないか、と私は見ている。順を追って説明させていただく。
まず第一に、ジョンソン首相が誕生するに至ったのは、あくまでも保守党員による投票の結果であり、立法権を持つ下院議員(上院は貴族院)の大部分は英国経済にとってのリスクが大きすぎる「合意なき離脱」に反対し続けている。ただ、今次の党首選の結果は、メイ前政権のような「決められない政治」に対する有権者の苛立ちが、相当なレベルに達したことを証拠立てているということは、見ておく必要があるだろう。
▲写真 イギリス下院議場。下院議員の多くが「合意なき離脱」に反対している。 出典:Wikimedia Commons; UK Parliament
その一方で、最大野党の労働党は、これまでの「英国人の雇用を守るため、移民問題などでEUからよりよい条件を引き出す前提で、円満に離脱すべき」という穏健離脱派の立場から、EU残留へと舵を切った。
前述のハント元外相をはじめ、保守党内にも穏健離脱派は多いのだが、彼らは(悪く言えば)雇用の問題より、外国企業や投資マネーが一斉に英国から逃げ出す事態を恐れているように見受けられる。したがって彼らを「隠れ残留派」と見なす向きも多い。
いずれにせよ野党は、6月に行われた統一地方選挙で、親EU派とされる自民党や緑の党が躍進し、保守党・労働党ともに議席を大きく減らしたことへの反省から、「新政権は再度の国民投票を実施すべき」という姿勢を共有しつつある。これは労働党のジェレミー・コービン党首が実際に発したコメントである。とどのつまりジョンソン首相がどのような離脱案を示そうが(夏休み明けまでに具体案を示せればの話だが)、議会がこれを可決する見込みはゼロと言ってよい。
▲写真 ジェレミー・コービン英労働党党首 出典:Jeremy Corbyn facebook
EUの側はと言えば、前述のジョンソン首相の演説に対して、打てば響くように、「再度の交渉の余地などない」との見解を発表した。こうなると「強硬離脱内閣」としては、解散・総選挙に打って出ざるを得ないだろう。
もうひとつの選択肢としては、議会を強引に停会に追い込む(制度上は可能である)ことだが、そんな無茶をすれば内外から総スカンを食らうのみならず、議員の側にも首相罷免決議という伝家の宝刀がある。現実問題として総選挙以外は考えにくい。
かつては日本と同様、首相に解散権があったのだが、保守党キャメロン内閣が「2011年議会任期固定法」を成立させて以降、「内閣不信任案が可決、もしくは議員の3分の2が解散に賛成した場合を除き、議員の任期を5年間とする」という制度に代わっている。ただし逆に言えば、議員の3分の2が賛成すれば解散・総選挙が可能になるわけで、前述のように与野党の別なく「合意なき離脱」には反対多数である現状に照らしたなら、今次に限ってハードルはさほど高くない。
その場合、選挙の争点は「強硬離脱か、離脱撤回=残留か」に絞られる。言い換えれば再度の国民投票と同じことになるわけだ。議会の停会と同様、再度の国民投票実施をごり押しすれば、いくらなんでも民主主義の原則にもとる、として総スカンを食うことは目に見えている。
しかし、ここに「事実上の」という前提条件がついたなら、話は別だ。正義武断の日本男児としては、「そういうことを,インチキと言うのではないのか?」などとツッコミのひとつも入れたくなるのだが、700年の歴史を持つ英国議会には、こういう老獪な政治家が大勢いることも、また事実なのだ。
読者諸賢は、もしそうであれば……と新たな疑問を抱かれたのではないだろうか。事実上、国民投票のやり直しとなるような総選挙に打って出て、今度こそEU残留派に道を譲る可能性があることくらい、理解できないようなジョンソン首相なのか、と。
もっともな疑問であるが、私の答えは非常に単純だ。
「彼の目には、おそらくそのようには見えていない」
これである。
どうして私が、EU残留・ジョンソン辞任となる可能性を「五分五分よりもやや高い確率」などと控えめに読んだのかも含めて、次稿で見ることとしよう。
(下に続く。全2回)
トップ写真:ボリス・ジョンソン英首相 出典:Boris Johnson facebook
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。