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.国際  投稿日:2019/10/29

IS首領殺害に米国内外は冷淡


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2019#44」

2019年10月28日-11月3日

【まとめ】

バグダーディの自爆は象徴的意味しかない。

・特殊作戦は際どい危険なオペレーションだった。

・IS首領の死という大成果にも米国内外は冷めた目。

 

先週末、米大統領が重大発表を行った。特殊部隊による作戦でイスラム国(IS)首領の隠れ家を急襲、バグダーディは「泣き叫びながら」自爆したという。しかし、筆者に言わせればIS首領の死なんて象徴的意味しかない。対欧米テロは続くが、忠実な同盟者クルド人を見捨てたトランプ政権の即興的外交政策の方がよっぽど悪質だ。

それはともかく、今度の米国大統領は、やることなすこと、専門家を唸らせるパーフォーマンスが全くできない男だなと実感する。米国内政治的にはバグダーディ暗殺は大成功の筈だった。だが、各種報道によれば今回の特殊作戦は、急遽立案・実行せざるを得なかったこともあり、かなり際どい危険なオペレーションとなったようだ。

トランプ氏が10月7日に突然在シリア米軍の撤退を発表したため、今回の作戦準備が十分ではなかった可能性を指摘する向きもある。そりゃそうだろう、一方で通常部隊が撤退を始める中、先週木曜日に漸くバグダーディの居所を察知し日曜日の未明には8機のヘリコプターで100人以上もの特殊部隊兵士を動員したのだから。

▲写真 シリア北西部のサルマダ付近で精密空爆(2016年)出典:US DEPT OF DEFENCE

 

トランプ氏は大得意だったようだが、バグダーディ殺害という大成果にもかかわらず、米国内外はどこか冷めているような気がする。一つは、国内でウクライナ疑惑をめぐる大統領弾劾調査が進んでいるためだろう。一方海外では、今回のシリアからの米軍撤退で同盟国米国の信頼性が大きく傷付いたことが大きかったのかもしれない。

 

〇 アジア

香港は相変わらずだが、北京では重要会議が開かれている。一般に「四中全会」と呼ばれるこの会議、正式には「19期中央委員会第4回全体会議」という。期間は28-31日だが、三中全会が開かれたのは昨年2月だから、何と1年8カ月ぶりの開催だ。共産党内では、混乱こそないにせよ、意見集約が遅れた可能性はある。

大山鳴動という言葉があるが、一体何に時間がかかったのか、重要政策や重要人事は決まるのかに注目したい。問題は対米貿易問題だけではない。中国が米国が売ってきた喧嘩を買って米国との大国間覇権争いを本格的に始めるのか、それとも、経済構造改革を優先する戦略的方針変更に進むのか、中国にとっては正念場だろう。

▲写真 習近平総書記 出典:Flickr; Janne Wittoeck

 

〇 欧州・ロシア

欧州連合(EU)大統領が、英国のEU離脱期限を来年1月31日まで延期することでEUが合意したと述べたそうだ。英国が求めた延期は「フレクステンション(柔軟な延期)」と言うらしい。ブレグジットやら、フレクステンションやら、やたら新語が飛び交う現状、やはり欧州の現状は正常ではない。

先週大阪で「そこまで言って委員会」の録画があったが、筆者だけが「最終的に英国のEU離脱はない」と予測した。明確な根拠はないが、英国内で「出る出ない」が決まらない中、EUの多くは英国に付き合わざるを得ないのでは、と感じている。仏など一部の国は強硬だろうが、「出る」と言えない英国など当面放っておくしかないだろう。

 

〇 中東

米国内では今次特殊作戦の詳細が話題になっているが、中東では各地でデモが頻発している。特に今週はレバノンの状況が心配だ。過去二週間ほど、レバノン政府の経済運営失策に対する抗議活動が激化、各地で数千人規模のデモが起きている。政府はインターネット利用音声通話サービスへの課税案を撤回したそうだ。

驚くべきことに、今CNNを見ていたら、同国の中央銀行が「数日で」破綻すると言い出したようだ。これって、末期症状ではないのか。しかし、こんなことは一朝一夕では起こり得ない。要するに、レバノンという国は国家としての一体性を欠き、様々な宗派の寄せ集めでしかないことを露呈してるのだ。これは自己統治能力の問題である。

 

〇 南北アメリカ

アルゼンチンの大統領選挙で左派野党候補の元首相が当選した。2015年に就任した中道右派の現職大統領を破っての政権復帰だ。しかし、新大統領は例のバラマキ政権の有力者の一人だ。現大統領は緊縮財政で改革を進めたが、結局は元の木阿弥である。南米も中東を笑えない。ここでも問題は自己統治能力の有無なのだ。

 

〇 インド亜大陸

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:イラクのアルアサド空軍基地での訓練 出典:米国中央司令部


この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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