タイ南部イスラム過激派テロ
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・タイ南部、テロ頻発により夜間外出禁止令が検討されている。
・イスラム過激派のテロ活動は南部地域から首都まで拡大。
・夜間外出禁止令が逆に過激派を活発化させる可能性も。
タイ南部マレーシアとの国境地帯にあるパタニ県、ナラティワート県、ヤラー県、ソンクラーン県などイスラム教徒が多く住む地域で最近、イスラム過激派による活動が活発化しており、タイ治安部隊との衝突や一般市民を狙ったテロ事件が頻発、タイ政府は同地域一帯に夜間外出禁止令の発布を検討することを治安当局に許可したことが明らかになった。
夜間外出禁止令はもし発令された場合、12月1日から2020年の11月30日までの1年間となる見通しという。
タイは3月の選挙で2014年5月のクーデター以降続いていた軍政から一応民政移管を果たしたものの軍政を率いたプラユット首相による政権が継続、南部イスラム少数派への厳しい締め付け政策が続いており、タイ国内での最大の治安課題となっている。
▲写真 プラユット首相 出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
このため、イスラム過激派の活動を封じ込めるためにプラユット首相は夜間外出禁止令の検討を治安当局に許可したことが11月7日の官報で伝えられた。
夜間外出禁止令では午後10時から午前5時までの間、一般市民は外出を制限される。さらに一般市民による過激派関連の情報の当局への提供、イスラム過激派メンバーへの協力者に対する摘発強化などで不安定化している同地域の治安回復に全力を挙げる方針だ。
プラユット首相は検討の許可に際して「南部地域のテロを未然に防ぎ、治安状況を掌握し、そして国家の安全を確保するためである」として夜間外出禁止令の必要性を強く国民に訴えた。
■ 11月5日の事件が端緒に
タイ政府が夜間外出禁止令の導入を検討するようになった背景にはこれまでの治安不安定化に加えて、11月5日にヤラー県ヤラー市で発生したイスラム過激派によるとみられる襲撃事件があるといわれている。
事件は5日深夜に治安部隊が不審者やテロ組織メンバーを発見するために設けた2か所の検問所が武装グループの襲撃を受けて、警察官や自警団員の男性11人と住民の女性4人の計15人が殺害され、5人が負傷した。
襲撃した武装グループの約10人は自動小銃などで武装しており、深夜に検問所を急襲して銃を乱射、検問所で警戒に当たっていた人々を殺傷するとともに警察官、自警団の武器を奪取して逃走している。
治安当局者は南部での夜間外出禁止令はすでに以前から検討されていたもので、5日の15人が殺害された検問所襲撃事件とは直接関連がない、としているが、具体的検討の許可がでたタイミングに全く事件が無関係ではないとの見方が有力だ。
タイでは8月2日に東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議が開催されていたバンコク市内で政府施設や鉄道駅など3カ所を狙い6回の爆弾爆発事件が発生し、4人が負傷したテロ事件も起きている。
この事件に関連してもタイ南部出身のイスラム教徒3人が逮捕されるなど、イスラム過激派のテロ活動は南部地域だけでなく、首都まで拡大したことから治安当局は厳戒態勢をとっており、南部のイスラム教過激派に対する厳しい対策の必要性はこれまで以上に高まっていた。
そうした中で発生した検問所襲撃事件で多数の死傷者がでたことで、これまでの構想案が政府部内で一気に具体化して「夜間外出禁止令」の検討が始まったとみられている。
■ 日本外務省も渡航中止を勧告
現在検討されているタイ南部に発出される予定の夜間外出禁止令で対象となる地域は、南部ヤラー県のベートン郡、パタニ県のマイケーン郡、ナラティワート県のスキリン郡、スンガイコーロク郡、ソンクラーン県のテーパー郡、チャナ郡、サバヨーイ郡、ナータウィー郡の合計8郡となるという。
一方で軍の中には「夜間外出禁止令布告で逆に過激派の活動が活発化、戦闘が激化する懸念もあり、現状で十分対応できる」として反対の声が出ているとされ、禁止令開始が予定されているという12月1日に向けて政府と軍の間での調整が急がれている。
タイ南部のイスラム過激派によるテロでは2004年以降だけでも約1万6000件の事案、主に爆弾テロや発砲、襲撃事件が発生しており、これまでに約7000人の警察官や軍兵士といった治安要員や巻き添えとなった一般市民が犠牲となっている。
最近の傾向として宗教施設や市場など人が集まる場所から治安当局の関連施設や警察官、兵士ら個人をターゲットにしたテロが増えているという。
日本外務省はタイ南部のヤラー、パタニ、ナラティワート、ソンクラーン各県の全部あるいは一部に対する危険情報を出して「渡航中止勧告」を呼びかけている。
仏教徒が多数を占めて「微笑みの国」として年間約160万人の日本人観光客が訪れるほど人気があり、進出している日系企業も約4000社と多く、届け出のある在留邦人は約7万3000人で国民も親日派のタイ。
しかし南部を中心に治安は不安定化しており、バンコクを含めた各地でテロの危険性は存在している。そうした現状への理解と警戒が求められている。
トップ写真:タイ南部の川 出典:Flickr;Norman Peagam
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。