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.国際  投稿日:2020/8/16

タイ深南部で相次ぐ爆弾テロ


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・タイ南部テロ、遠隔操作による爆破で死傷者。

・コロナで閉鎖していた学校教育が再開されたばかり。

2004年以降約5600人が犠牲、一向に治安状況は改善していない。

 

タイ南部のいわゆる深南部といわれる地域でタイからの独立を求めて武装闘争を続けているイスラム系反政府組織によるとみられる爆弾テロが連続して発生し、小学校の通学路などの警備警戒に当たる軍兵士2人死亡、3人が負傷する事態になっている。

タイでは新型コロナウイルスの感染拡大防止策で公立学校などが閉鎖されていたが、状況の改善を受けて南部でも学校での授業が再開されたばかりだった。武装組織はこうした学校の警戒警備にあたる軍兵士を狙ったテロを実行した可能性が高く、軍では部隊を増強して学校周辺の通学路や教員などの学校関係者などの安全確保に全力を挙げる方針を示している。

米政府系放送局「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」系列の「ブナル・ニュース」などが8月13日に伝えたところによると、タイ南部パッタニー県ドゥヨン警察関係者は8月13日午前8時過ぎにドゥヨン地域のパカルエソン小学校に向かう通学路を陸軍4305歩兵中隊の兵士数10人が徒歩でパトロール中、道路脇に設置されたIED(即席爆発装置)」が突然爆発、兵士1人が死亡した。

パトロール中の兵士らは爆弾テロを警戒して相互に約10メートルの間隔を保持して歩いていたため、爆弾による犠牲者は1人に留められたとしている。

この爆弾テロ発生から約30分後にはパッタニー県の南に隣接するナラティワート県ラ・ナエ地区にあるカリザ小学校に向かう道路を巡回中の陸軍4503歩兵中隊の兵士らが橋に差しかかろうとしたところ、道端に放置されていた肥料袋に仕掛けられたIEDが爆発、兵士1人が死亡し3人が負傷した。

いずれのIEDも無線による遠隔操作で兵士が近くを通過するタイミングを狙って爆発させたもので、相互に連絡を取り合いながらの連続爆弾テロ事件と警察ではみている。

▲写真 即席爆発装置(イメージ) 出典:US Department of Defense

■ 犯行組織は国境を自由に移動

いずれの犯行もタイ深南部で武装抵抗運動を続ける「パッタニー・マレー民族革命戦線(BRN)」あるいはその関連組織の犯行とみられている。

BRNは国境を接するマレーシアのマレー語を主に話すイスラム教徒のタイ人組織で、タイ領内でテロを実行してはマレー領内に逃避するなど、国境を自由に行き来して活動しているとされ、長年タイ政府がマレーシア政府に取り締まりを要求しているが、効果をあげていないのが実状という。

タイ深南部は今回の連続爆弾テロが発生したパッタニー県とナラティワート県、さらにマレーシアと国境を接するヤラー県の3県と西に隣接するソンクラー県の一部地域を示し、いずれの県・地域も武装組織による爆弾テロ、銃撃、襲撃などによる治安状況の不安定が長年続いており、タイ政府や治安当局にとって頭の痛い問題となっている。

 

■ 学校再開で警戒強化の矢先

タイ政府はこれまでコロナ感染拡大の防止策として全国の大学を含めた教育機関の閉鎖を決め、一度は7月1日からの再開を目指したものの感染者数の動向などから延期されていた。一部学校での授業再開試行を経て、8月11日に教育基本委員会が全国の学校、教育機関に対して「8月13日から全面的再開を認める」との通知を出し、学校教育が再開されたばかりだった。

BRNなどは以前から小学校などの教育機関で働く教員や警備員などを仏教指導者、治安当局者と並ぶ襲撃対象にしており、軍や警察は教員や警備員の安全確保のために学校再開に応じて巡回パトロールを強化したばかりだったという。

公立学校の教員などは同じイスラム教徒でありながらタイ政府に同調した「裏切り者」として武装集団の襲撃対象となるケースが多いとされている。

 

■ プラユット政権が抱える難問

タイ深南部の3県などでは、4月にBRNと政府の間で「一時停戦」で合意した。これは地元の地方自治体や保健当局がおりからのコロナウイルス対策に専念することを目的にしたものだった。

しかし「一時停戦」の合意にも関わらず、その後も治安状況は好転せず、4月以降だけで少なくとも33件の事件が発生し、武装集団メンバー5人を含む19人が死亡、52人が負傷していると地元の人権団体などは報告している。7月中旬には爆弾テロで兵士1人が死亡する事件も発生、今回の死者を伴う爆弾テロはそれ以来という。

タイ深南部は政府にとっては長年の国内治安課題として解決が求められているものの、2004年以降だけで約5600人が犠牲となるなど一向に治安状況は改善していないのが実情だ。

現在のプラユット政権もコロナ禍への緊急対応とともに首都バンコクで頻発している学生や市民らによる内閣総辞職、議会解散、憲法改正、言論・表現の自由や王室改革を求める反政府・民主化デモへの対処も突きつけられている。

このような状況の中で深南部においてテロが頻発し、被害がさらに拡大すればタイ社会全体の緊張とタイ国民の不安が今後一層高まることになり、コロナ、民主化、テロという難問にプラユット政権は直面することになる。

トップ写真:タイ深南部パッターニー県 出典:Wayback Machine


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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