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.国際,.政治  投稿日:2019/11/22

金正恩、米に敵視政策撤回強要


 

コリア国際研究所所長 朴斗鎮

                    

【まとめ】

・米、合同空軍演習の延期は非核化に向けた政治的努力と説明。

・北朝鮮はさらに敵視政策の撤回を要求。

・金委員長は選挙敗北・弾劾調査中のトランプ大統領に強気の姿勢。

 

トランプ大統領は、「米韓合同空軍演習」を非難する「北朝鮮国務委員会報道官談話」(11月13日)を受け、すでに11月中旬と決まっていた「合同空軍演習」の「調整」を指示した。エスパー米国防長官は、韓国に向かう途中、立ち寄り先の米西部ワシントン州の基地で11月13日、記者団に対し、北朝鮮の非核化に向けた外交交渉を促進させるため、米韓合同軍事演習の実施規模を「調整」する用意があると表明した。国防総省のイーストバーン報道官が6日に、「北朝鮮が反発したからといって演習を調整することはない」と述べていたことから一歩後退した形だ。

写真)エスパー国防長官

出典)U.S. AIR FORCE

北朝鮮はこれで米国が譲歩し始めたと判断し、17日の外務省報道官談話でさらに要求を強めた。談話で北朝鮮は「数日前までは、米国が南朝鮮(韓国)と合同軍事演習を調整する意思を示したことに対し、前向きな姿勢の一環とみるために努力した」としながら、しかし、「今回も反共和国『人権決議』が採択されたことをみて、米国がわが制度を突き崩そうとする夢を捨てずにいることを改めて明確に確認した。われわれはこうした相手とはこれ以上向き合う意欲がない」と、対北朝鮮国連人権決議を口実にトランプ大統領に対する圧迫を強めた。

 

そして米朝対話が開かれるとしても米国の北朝鮮に対する「敵視政策」の撤回が議題にならないかぎり核問題の協議はできない」と釘を刺した。人権決議とは11月14日に国連総会第3委員会(人権)で北朝鮮の人権状況を非難する決議案を採択したことを指すとみられる。

 

1)「米韓合同空軍訓練」延期の表明も北は一蹴

北朝鮮が17日の外務省報道官談話でトランプ政権を強く非難すると、米国側はさらなる譲歩を行った。11月17日、タイ・バンコクで開かれた韓米国防相会談後、エスパー米国防長官は「両国の国防当局が緊密に協議し、慎重に検討した結果、今月の訓練を延期することで合意した」と発表した。

 

また、「両国のこうした決定は外交的努力と平和を促進する環境をつくるための善意の措置」と強調。延期については米朝による非核化に向けた外交交渉を後押しするための「譲歩ではなく政治的努力だ」と説明した。エスパー長官が延期を「譲歩ではなく政治的努力だ」と説明したが、この措置は「譲歩」以外の何物でもない。トランプ政権関係者によると、この合同軍事演習の突然の延期は、「実務陣の反対を押し切ったトランプ米大統領の決定」によるものという。

写真)韓国と米国海兵隊の共同軍事演習(2013)

出典)Flickr; Republic of Korea Armed Forces

しかし北朝鮮はさらに要求を強めてきた。金英哲朝鮮労働党副委員長は18日、談話を発表し、エスパー米国防長官の米韓合同軍事演習延期発表に対して、「われわれが要求しているのは完全な中止だ」と一蹴した。その上で、「敵視政策を撤回するまでは非核化交渉について夢を見てはならない」と述べ、米朝対話の再開に向け、米国がより踏み込んだ譲歩をすべきだと主張した。

 

2)トランプの米朝会談前向き発言でさらに要求高める北朝鮮

トランプ大統領は11月17日(現地時間)、ツイッターで、金正恩委員長に対して、「私はあなたをあるべきところに導くことができる唯一の人物だ」と自慢し、「迅速に行動し、交渉をまとめるべきだ」と強調した。また「近いうちに会おう」とし、3回目の米朝首脳会談への意向を明らかにした。トランプ氏がこのツイッターを投稿したのは、演習延期発表の10時間後だった。先月、ストックホルムの実務協議が決裂して以降、米朝協議関連の初の反応でもある(東亜日報2019・11・19)。

 ▲トランプ氏のツイート 出典:ドナルド・トランプ氏公式ツイッター

金正恩党委員長に再会談をツイッターで呼び掛けたトランプ米大統領に対し、北朝鮮の金桂寛外務省顧問は18日、「無益な会談には興味を持っていない」と突き放し、再度米側に敵視政策の撤回を要求した。

 

これまでは北朝鮮は米国に対して非核化と米国の相応措置が同時に行われるべきという、「同時並行的、段階的」解決を要求してきたが、トランプ大統領がツイッターで交渉再開を促し、3回目の米朝首脳会談への意欲を示すと、要求をエスカレートさせ「先に制裁緩和と体制保証、後に非核化」を公言している。

 

これに関してロシアを訪問中の崔善姫北朝鮮外務省第1次官は20日(現地時間)、モスクワでセルゲイ・ラブロフ外相などロシア外務省関係者と会談した後、記者たちに会った席で、「米国の対北朝鮮敵視政策が続く限り、核問題と関連した議論は、交渉のテーブルから外されると考える」と明らかにした(朝鮮日報韓国語版2019.11.20 23:25) 。

 

この発言が米朝非核化交渉の中断を意味するのか、それともトランプ大統領に対する圧力を強めるためのものかは今の所明らかではない。しかし「先に制裁緩和と体制保証がない限り会談に応じない」とする方針を再度強調したことは確かだ。

 

北朝鮮はすでに終戦宣言と連絡事務所の設置、そして時限的制裁緩和までは手に入れている。米国が一歩引き下がったことで、「体制の保証」と「制裁の解除」を同時に手に入れようとしているのだ。北朝鮮が米朝核問題決着の期限とする年末に向けて、双方の駆け引きは激しさを増している。 

写真)金委員長

出典)ロシア大統領府

 

3)地方選敗北で金正恩に足元を見られたトランプ

北朝鮮が強気に出てくる背景の一つには、トランプ大統領に対する弾劾調査の本格化と11月の地方選挙での敗北があるようだ。

 

共和党の地盤であるケンタッキー州では、投票日前日の11月4日夜にトランプ氏が応援に入ったが敗北し、激戦地域のバージニア州では1993年以来初めて州知事と州議会上・下院いずれも民主党が席巻した。共和党の勝利はミシシッピー州だけであった。

 

11月16日のルイジアナ州知事選でも民主党現職のエドワーズ氏が共和党候補を退けて再選に成功した。ここでもトランプ米大統領が何度も現地に出向いて共和党候補を応援したが勝利することができなかった。保守指向の米南部地域を指す「ディープ・サウス(deep south)」で民主党州知事の再任は異例だという。

 

これらの敗北でトランプ大統領はこれまでにない政治的ダメージを受けており、来年の大統領選に赤信号が灯ったという指摘も出ている。

 

北朝鮮側はこうしたトランプの弱点に付け込み、いま一気に追い込もうとしている。

トップ写真)トランプ大統領・金委員長 出典)Flickr; The White House

 

 


この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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