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.国際  投稿日:2019/10/6

金正恩に足元見られたトランプ


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・北朝鮮はトランプ大統領をあざ笑うかのように新型SLBM発射。

・ボルトン前補佐官核拡散を警告。「いつか軍事力が選択肢に」。

・ウクライナ疑惑で大統領弾劾となれば、米朝協議決裂の可能性。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=48261でお読みください。】

 

トランプ政権の対北朝鮮外交が、1年後の大統領選挙を控える中で変化を見せている。これまでの圧力に軸足を置いたスタイルから成果を急ぐ妥協スタイルに変わりつつある。それは「リビアモデルにこだわったことで米朝協議が進まなくなった」としてジョン・ボルトン外交安保大統領補佐官を解任(9月10日)したことに現れた。リビアモデルとは、北朝鮮が非核化を行った後に米国が制裁緩和・体制保証など相応の措置を取るという方式だ。

ボルトン氏の退陣で、トランプ政権が米国に届く長距離弾道ミサイル以外のミサイル保有は容認するのではとの懸念や、北朝鮮非核化の原則であったCVID(検証可能不可逆的完全非核化)が事実上棚上げされるのではないかとの観測も出始めている。

事実ボルトン氏解任後、北朝鮮は歓迎を表明し、第3回米朝首脳会談の実務協議に前向きな反応を示し始めた。崔善姫(チェ・ソンヒ)第1外務次官は10月1日、米朝が実務協議を10月5日に開くことで合意したとの談話を発表した。談話通り10月4日にストックホルムで予備会談がもたれ、5日に実務協議が行われた。

 

■ 金正恩、トランプにキツーイ一発

この談話直後の10月2日(午前7時11分)、北朝鮮は、外交成果とノーベル賞のために軍事オプションを放棄したトランプ大統領をあざ笑うかのように新型SLBM「北極星3号」1発を、元山(ウォンサン)港付近の海中から、ロフテッド軌道(高角発射方式)で発射した。高度910Km、距離は約450Kmで島根県島後沖の北、約350Kmの日本の排他的経済水域内に落下した。今回発射されたSLBMは、射程距離4000Kmともいわれている。

▲写真 2019年10月3日付の北朝鮮の労働新聞が掲載した新型潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「北極星3」型の発射実験とされる連続写真。出典:労働新聞より

これに対してトランプは何ら抗議することなく「彼ら(北朝鮮)は対話をしたがっており、われわれは間もなく彼らと話す」と、相変わらず金正恩寄りの姿勢を示した。米国務省も2日この発射に対し、「挑発を控え、国連安全保障理事会の決議に基づく義務を順守するよう求める」とする声明を発表したが、国連制裁違反との強い非難はしなかった。

こうした動きに対して元北朝鮮駐英公使の太永浩氏は警告を発した。太氏は、「トランプ米大統領は北朝鮮と非常に危険なゲームをしている。金正恩政権は米国の軍事措置および追加制裁を避けて核兵器を開発し、統治の正当性を強化してきた」と批判した。

 

■ ボルトン氏、トランプの対北妥協の動き牽制

トランプ大統領の危険な対北朝鮮妥協の動きに対してボルトン前補佐官が批判を強めている。ボルトン氏は9月30日、米シンクタンクの戦略国際問題研究所での講演で「北朝鮮が核兵器を放棄するという戦略的な判断を下していないことは明らかだ」と指摘。現在の状況下で、金正恩委員長が「自発的に核兵器を放棄することは絶対にない」と断言した。

▲画像 CSISで講演するジョン・ボルトン前大統領補佐官(2019年9月30日)出典:CSIC

また「北朝鮮はわれわれが与えるべきでないものを欲しがっている」とした上で、膠着状態が長期化すれば「核兵器の拡散に反対する者に不利に働き、北朝鮮やイランなどの国々に恩恵をもたらす」と警告した。その上で、制裁が効果的に履行されていない状況、北朝鮮のミサイル実験を問題視しない姿勢など、トランプ政権の一連の対北朝鮮対応を批判した。

トランプ大統領が評価している北朝鮮による核兵器・長距離ミサイル実験の停止に対しても、ボルトン氏は、「北朝鮮がすでにこうした兵器の実験を終えたからだ」と指摘、「良い兆候ではなく、懸念すべき兆候だ」とし、北朝鮮制裁を一部緩和すれば、核開発が続けられるだけでなく、拡散するだろう」と述べた。事実ボルトン氏が指摘するように、「核兵器・長距離ミサイル実験の停止」はトランプ氏の功績ではない。それは2018年4月20日の朝鮮労働党第7期第3回中央員会全員会議で核兵器化の完結が検証された」として北朝鮮自らが決定したものだ。

▲写真 国営朝鮮中央通信(KCNA)によると、2019年8月25日、金正恩委員長が「超大型多連装ロケット発射機」の試射を視察。写真はその時のものとされる。 出典: DPRK Twitter

ボルトン氏はまた、北朝鮮が最近行った一連の新型短距離ミサイル実験についても、より長距離のミサイル開発につながる可能性があるとした。ボルトン氏の予測通り北朝鮮は10月2日に新型SLBMの発射を成功させた。

ボルトン氏はさらに、北朝鮮が核技術を他国へ売っている危険があると指摘。北朝鮮が核兵器を持つべきではないと考える人々にとっては、「いつか軍事力が選択肢になる必要がある」と予想した(ロイター2019・9・30)。

 

■ 新たな「変数」に登場「ウクライナ・スキャンダル」

トランプ氏の「新しい方式」が、これまで通りの原則を守るのか、一転妥協になるのかが注目される中で、米朝協議の新たな変数として「ウクライナ・スキャンダル」が登場した。

「ウクライナ・スキャンダル」は、来年の大統領選で再選を狙うトランプ大統領が、焦りを募らせる中で発覚した事件だが、下院を掌握する野党の民主党は9月24日、トランプ大統領弾劾の調査に入った。

▲画像 トランプ大統領の弾劾調査入りを発表するナンシー・ペロシ下院議長(2019年9月24日)出典:Twitter; Nancy Pelosi

ナンシー・ペロシ下院議長は「トランプ大統領が7月、ウクライナのゼレンスキー大統領との電話会談(7月25日)で就任宣誓と憲法遵守義務に違反した」と指摘した。この電話でトランプ大統領は、民主党大統領候補として名乗りを挙げているバイデン元副大統領親子に関連する不正を調査してほしいと軍事援助を条件に圧力を加えながら要請したという

9月26日には今回のスキャンダル内部告発者の告発状が公開されたが、そこには「米大統領が来年の大統領選挙への外国の介入を要請するのに大統領権限を使ったという情報を複数の当局者から確保した」と書かれている。ニューヨークタイムズは「告発者は中央情報局(CIA)要員」と伝えた。

この弾劾調査に対してトランプ大統領は危機感をつのらせ、「米国政治史上最大の詐欺劇だ。国が危険だ」だと息巻くとともに相当なイラつきも見せている。10月2日に行われたフィンランドのニーニスト大統領との共同記者会見で、記者からの質問に怒りをぶちまけ、ニーニスト大統領を置き去りにして会見場を立ち去るなどの異常な行動まで見せた。

▲写真 フィンランドのニーニスト大統領との共同記者会見に臨むトランプ大統領。このあと記者の質問に怒りを露わにして質問を打ち切り、会見場をあとにする。(2019年10月2日)出典:Flickr; The White House (Public domain)

共和党はトランプ大統領がウクライナ大統領との電話で不適切な発言をしたが、弾劾するほどではないと反論している。ワシントンでは、上院を共和党が押さえているので今回の事態が弾劾につながる可能性は高くなく、そのまま米朝協議が進むとする意見が多いというが、しかしトランプ大統領がウクライナ側と裏取引を謀議したという具体的な証拠が出てくる場合には上院で弾劾が実現すると指摘する人達もいる。こうした流れとなれば当然米朝協議にブレーキがかかり、協議はハノイのときのように決裂する可能性が高い

「ウクライナ・スキャンダル」が、トランプの非核化交渉で硬軟のどちらに影響を与えるのか?それも今後の一つの注目点であると言える。

トップ写真:トランプ米大統領(右)と北朝鮮の金正恩委員長(左)(2019年6月30日 板門店)出典:facebook; The White House


この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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