北朝鮮を利するボルトン解任
島田洋一(福井県立大学教授)
「島田洋一の国際政治力」
【まとめ】
・ボルトン氏退任でトランプ政権は核拡散防止に通じた側近幹部不在。
・北はトランプの「誤解」を利用しボルトン排除実現。制裁緩和狙う。
・日本はボルトン氏らと連携し、北によるトランプ政権篭絡防げ。
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原則重視の保守ハードライナーとして知られるジョン・ボルトン氏にはもう一つの重要な顔がある。すなわち「大量破壊兵器拡散防止」分野の専門家としての顔である。
ボルトン氏の米大統領安保補佐官退任は、トランプ政権の最高幹部クラスから、拡散防止の機微に通じた人物が消えたことを意味する。なお、大統領安保補佐官(Assistant to the President for National Security Affairs:通称 National Security Advisor)は、日本でいえば、安保に特化した官房長官というべき非常な要職である。
ボルトン氏は、2001年1月からのブッシュ・ジュニア政権で国務次官(軍備管理・拡散防止担当)を務め、続いて国連大使として対北朝鮮安保理制裁決議の取りまとめを行った。
▲写真 ボルトン氏の国連大使任命を発表するブッシュ大統領。右端はコンドリーサ・ライス国務長官(2005年8月1日)出典:Public domain
「非核化」「無力化」「凍結」「査察」「核関連物資」といった概念に潜む様々な陥穽や、北朝鮮、イラン、中国、ロシアさらには国際原子力機関などの行動パターンを、最前線における交渉を通じ知悉している。そのことは、拡散防止の教科書とも言える氏の回顧録『降伏は選択肢にない』(Surrender Is Not an Option, 2007 未邦訳)を読めば一目瞭然である。
2018年4月のホワイトハウス入り後は、最高度の秘密情報に接する権限を得、毎日午前3時に起床、出勤後に数時間を費やして情報機関の最新報告を熟読吟味してきたという。
従って、例えば国務省の米朝交渉担当者が「北が制裁緩和と引き換えに画期的な非核化提案をしてきた」とホワイトハウスに受け入れを求めてきても、ボルトン氏が補佐官でいる限り、「それは何年何月の北朝鮮提案の焼き直しにすぎない。これこれの部分に落とし穴があり、かつてコンドリーサ・ライス国務長官、クリストファー・ヒル国務次官補コンビが騙された轍を踏むことになる。また最新情報によれば、北はこれこれの秘密施設を建設中で、その新提案なるものの欺瞞性は明らかだ」といった具体的反論で立ちふさがることが期待できた。
北朝鮮はボルトン排除を繰り返し米側に求めていたが、その際最も忌避したかったのは、その「先制攻撃論」よりも、むしろ拡散防止分野における専門知識だったろう。ボルトン氏がいれば、騙せないのである。
そのボルトン氏が去って、トランプ大統領が「引っ掛かる」可能性が高まった。トランプ氏は決して「悪いディール(取引)」に乗せられてよいとは思っていないだろう。しかし核拡散分野での経験豊かな側近抜きに、トランプ氏によいディール、悪いディールを判断できる能力が備わっているとは思えない。
それを端的に示したのが、ボルトン解任理由を説明した際の発言である。
「ボルトンは幾つかの重大なミスを犯した。北朝鮮に関してリビア・モデルを持ち出し、(交渉機運が)著しく後退した。金正恩委員長が怒ったのももっともだ」との趣旨をトランプ氏は語ったが、これは基本的な認識不足を示すものである。
拡散防止分野におけるリビア・モデルとは、核関連物資の海外搬出および徹底した査察で核廃棄が確認された後に制裁解除を行うというもので、体制転換(レジーム・チェンジ)は要素に入らない。現にリビアのカダフィ政権は、2003年に核・化学兵器・中距離以上のミサイルの全面廃棄に応じて、順次制裁解除を得、その後、石油の輸出で潤い体制は安定した。2011年の政権崩壊は、「アラブの春」の大波に飲まれたためで、核廃棄は関係ない。押し寄せる民衆に核兵器を使えば、自らも消滅してしまう。
ところがトランプ氏には、リビア・モデルとは独裁者を武装解除させた上でレジーム・チェンジに持ち込むことだとの誤解がある。そして北朝鮮は、その誤解を利用して、ボルトン排除を執拗に要求し、首尾よく実現にこぎつけた。
すなわち大統領に拡散防止分野の知識がないがゆえに騙された、まさにその典型例がボルトン解任だったとも言いうる。
▲写真 トランプ大統領と金正恩委員長(2019年6月30日 板門店)出典:flickr; The White House
ボルトン氏が主張した本来の意味でのリビア・モデル、すなわち北朝鮮やイランの核廃棄を確認した上で制裁を解除する、言い換えれば、核廃棄が確認されるまでは「最大圧力」を維持するという政策は基本的に正しい。
今後北朝鮮は、「段階的、相互的な措置」という従来の主張を巧みに米側に持ちかけ、制裁緩和のただ取りを狙ってくるだろう。ボルトンという防波堤を失ったトランプ政権がどこまで持ちこたえるか分からない。
ボルトン氏はかつて、自らを重用してくれたブッシュ大統領が対北宥和政策に傾いた折り、「こんなことをしていては誰も支持する者がなくなる」と公然たる批判を厭わなかった。今後、トランプ氏に対しても同様の姿勢で臨むだろう。日本政府は、ボルトン氏らと陰に陽に連携し、トランプ政権の転落を阻止すべく、小まめに牽制していかねばならない。
トップ写真:大統領補佐官を解任されたジョン・ボルトン氏(中央)。写真はトランプ大統領との訪英時。(2019年6月5日 英・ポーツマス)
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この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授
福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。