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.国際  投稿日:2019/10/30

アフリカ豚コレラ北朝鮮で猛威


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・北朝鮮で「アフリカ豚コレラ」拡散を確認。住民の不安が拡大。

・韓国にも伝播。軍事境界線周辺で野生イノシシ駆除に乗り出す。

・「無届け養豚」の住民は豚の死申告せず。金正恩は即時対策を。

 

致死率の非常に高い家畜伝染病「アフリカ豚コレラ」(「豚コレラ」とは別のもの)が、中国、ベトナム、モンゴルで流行しており、北朝鮮でも拡散しているのではと疑われていたが、最近北朝鮮内部からの情報でそれが確認された。韓国の情報機関・国家情報院も9月24日の国会情報委員会で「一部地域では豚が全滅した」と報告していた。

 

■ 韓国で初の発見は坡州の養豚農家

北朝鮮が5月20日に国連の関係機関に「アフリカ豚コレラ」の報告をした後、それが韓国に伝播したことがわかったのは、9月17日に軍事境界線に近い韓国坡州(パジュ)の養豚農家で「豚5頭が高熱で死亡した」との通報からだ。

調査の結果、「アフリカ豚コレラ」に感染していたことが確認された。翌18日には、東隣の漣川(ヨンチョン)でも発生が確認され、20日には坡州の別の養豚農家2ヶ所からも通報があった。9月17日の1例目の発生発表の後10月5日までに13の養豚場で発生が確認された。

感染ルートについて専門家は、北朝鮮の野生のイノシシが感染した後、韓国側に移動して豚に感染したのではないか、としていた。しかし韓国軍は当初「完璧な鉄柵と警戒監視体制を備えており、韓国側に移動するのは不可能だ」(鄭景斗国防相)と説明した。ところが、10月2日になって軍事境界線から約600メートルしか離れていない非武装地帯(DMZ)で野生イノシシの死骸が見つかり、翌日には「アフリカ豚コレラ」のウイルスが検出された。

▲写真 鄭景斗国防相 出典: Wikimedia Commons; U.S. Navy photo by Mass Communication Specialist 3rd Class William Carlisle (Public domain)

あわてた韓国軍は軍用ヘリを使って軍事境界線周辺に薬剤をまくとともに野生イノシシの駆除に乗り出した。ソウル以北地域の野生イノシシをすべて駆除するために、韓国政府は10月15日から銃の使用も許可した(17日までに126頭駆除)。

当初銃の使用はイノシシの移動を煽る副作用をもたらすとの理由でこれを禁止していたが、拡散速度があまりにも速いので急拠方針転換したのだ。拡散を防ぐため韓国政府が決めた殺処分の対象は20万頭以上に達する見通しで、韓国国内の養豚の1.6%に相当する。

▲写真 南北軍事境界線(DMZ)出典: Flickr; Republic of Korea

 

■ 北朝鮮で住民の不安拡散

この「アフリカ豚コレラ」のために北朝鮮住民がいま恐怖に陥り、豚肉価格も暴騰しはじめているという。北朝鮮では食糧難と収入拡大のために多くの人々は豚を飼っている。北朝鮮で豚は貴重な資源であり財産なのだ。住民は養豚によって資金を得ておりタンパク源も得ている。直接物々交換に充てたり、あるいは「収買所」で買い取ってもらったり、「チャンマダン(市場)」で販売したりして生活費に充てている。また豚皮は軍に納めて軍用の靴に用いられている。

行政の末端単位である「洞」では近隣家庭の主婦を登録させて「家内畜産班」まで組織し養豚に精を出している。共同農場には作業班ごとに「豚分組」が設けられ、豚舎を持たない農場がないほど養豚が広く普及している。地方都市や工場の労働者区でも家計維持のために豚の飼育が欠かせない状況だ。

こうしたことから、無届けで豚を飼う家庭も多く、農村では盗難を恐れて屋内の土間を洞窟のように掘り下げて豚を飼うことが一般化している。都市部でもアパートの一部を豚舎にしたりしているところもある。だが家庭での畜産は忍耐心と勤労精神がなければやり遂げられない大変な仕事だという。

このように苦労して育てた豚だけに「アフリカ豚コレラ」にかかって死んだからといって住人が当局に申告したり、やすやすと放棄することは考えにくい。たぶん申告しないで食用処理する可能性が高い。

すでに感染した豚がそのまま解体されて「チャンマダン」に出回っているという。貴重なタンパク源として飼主が家庭でそのまま食用にしているともいう。防疫体制が不完全な北朝鮮でこうしたことが拡散した場合「アフリカ豚コレラ」のウイルスはまたたく間に北朝鮮全土に広がりかねない。

▲写真 北朝鮮の養豚場を視察する金正恩委員長(2017年4月23日)出典: 「労働新聞」ホームーページ

 

■ 北朝鮮当局、豚の全頭数把握せず

ここでさらに深刻なのは、無申告で豚を飼っている場合が多いことから、北朝鮮当局が北朝鮮内に何頭の豚が飼われているのかを正確に掌握しきれていないことだ。そうしたことから、「アフリカ豚コレラ」が全国の養豚場に蔓延しているのではないかとの疑心暗鬼が住民の間で増幅している。

「アフリカ豚コレラ」は、ヒトに対しては無害とされている。しかし、インフレンザウイルスが豚から人体に移り新種が作り出されていることから、感染が繰り返される過程で、人に感染する新種のウイルスが生じないとは絶対に言い切れない。

▲写真 白馬で白頭山を登頂したとする金正恩委員長。2019年10月16日 朝鮮中央通信が伝えた。出典: DPRK twitter

しかし金正恩委員長はこの問題の深刻さを知ってか知らずか、白頭山で白馬にまたがり「重大な決意」などといってパフォーマンスにうつつを抜かしている。そして外貨獲得のための観光施設拡大に走り回り、金剛山視察では韓国側との契約を無視して、現代峨山や韓国政府所有施設を撤去しろとゴリ押ししてきている。

金委員長は、そのようなわがままをいう暇があれば、「アフリカ豚コレラ」の深刻さを学んでまず自国に豚が何頭飼われているかを正確に調査し、国民の生活にこれ以上の被害が及ばないように最善をつくすべきだ。そして韓国や日本など他のアジア地域にも被害が及ばないように万全の対策を講じるべきだろう。

トップ写真:アフリカ豚コレラの症状 腹部および四肢の鬱血、出血、チアノーゼ 出典:African Swine Fever


この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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