香港民主化問題、米にも波紋
島田洋一(福井県立大学教授)
「島田洋一の国際政治力」
【まとめ】
・法律界のエリート、テッド・クルーズ米上院議員が香港入り。
・クルーズ氏は現地民主活動家と意見交換、香港の政治的自由維持を支持。
・クルーズ氏ら超党派議員がNBAの対中「屈服」問題に非難。
約1か月半前(10月12日)、最も発信力のある米保守派の1人、テッド・クルーズ上院議員(共和党)が、デモ隊と「警察」の衝突で揺れる香港に入った。米有力政治家が、6月に大規模デモが始まって以来初めて現地入りするとあって、その言動に大いに注目が集まった。
2016年大統領選の共和党候補指名をトランプ氏と最後まで争ったクルーズ氏(1970年生)は、米政界における影響力を着実に伸ばしている。
同年代(1971年生)のマルコ・ルビオ上院議員同様、キューバ難民の子弟で人権問題に関心が強く、反中国共産党の立場を鮮明にすることにおいて双璧をなす。2人は大統領を目指すライバルであるが、共同して、中国に対する様々な制裁法案や決議案を出し、成立させてきた。
▲写真 マルコ・ルビオ上院議員 出典:Flickr; Gage Skidmore
クルーズ氏は、その戦闘的物言いや現場重視の行動力からはやや意外だが、法律の世界におけるエリート中のエリートである。
ハーバード・ロースクール修了後、若くして頭角を現し、連邦最高裁判所首席判事の法務助手(law clerk)に抜擢された。最高裁判事(定数9人)はそれぞれ4人、計36人の若手法律家を助手に用い(任期数年)、膨大な上告案件のうちどれを審理するかの選別や、判決文の草案作成などを相当程度委ねる。中でも首席判事の助手は、最高裁全体の統括の仕事も手掛け、30才前後ですでに米国司法の中枢にあると見なされる。
「誰よりも法律に強い」が政治家クルーズの大きな武器である。本人は、書類に埋もれた「修道院のような生活」より政治闘争の場の方が性に合っていると、少なくとも今のところ否定的だが、将来の最高裁判事の候補でもある。
さて、香港における記者団との応答の場に、民主活動家との連帯を示す黒ずくめの服装で現れたクルーズは、中国を「専制国家(dictatorship)」と繰り返し呼び、香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官が予定された会談を直前にキャンセルしてきたと明かした。会談を極秘扱いにという林鄭氏側の要求をクルーズ氏が拒否したためだという。
▲写真 林鄭月娥行政長官 出典:VOA
「彼女は自由な言論の何たるかを理解していないようだ」。そう語るクルーズは、名は伏せるが現地の民主活動家らとも会い、親しく意見交換したという。そして、普通選挙を実施せよという彼らの要求は、「正しく、妥当だ。中国政府に対し、香港の政治的自由維持という約束を守れと要求する香港人と共に私はある」と明確に述べている。
クルーズは、NBA(米プロバスケットボール・リーグ)の対中「屈服」問題にも触れた。「自由のために闘おう。香港と共に立とう」とツイートし、中国による報復ボイコットのきっかけを作ったのはヒューストン・ロケッツの統括部長(GM)だった。すなわち、クルーズ自身長くファンだという地元テキサス州のチームの経営幹部である(GMは、問題になった直後にツイートを削除)。
NBAにとって中国は、テレビ放映権だけで年間15億ドルという一大市場である。NBAのコミッショナーは、当初ロケッツGMのツイートを「遺憾(regrettable)」とするコメントを出し、事を収めようとした。この対応が、「アメリカ国内でのごく当たり前の発信に、独裁国家の検閲を許すのか」と大問題になる。
興味深いのはクルーズらが中心となりコミッショナー宛に送った、「香港の人々を意気阻喪させる」、「中国に各個撃破を許さぬよう今後は一丸となって中国の同種の試みに立ち向かうと強調せよ」などとした公開書簡に最左派の若手女性アレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員もサインしていることである(10月9日付)。日本では考えられない光景だろう。少なくとも議員は党派を超えて一丸であることを示したと言える。
▲写真 アレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員 出典:Flickr; nrkbeta
同書簡はまた、「米国内における社会正義や人権の問題について盛んに声を上げてきた」NBAの選手たちが「金銭的利害が絡んだ途端口ごもる」のは「基本的なアメリカの価値への裏切りだ」と黒人のスター・プレーヤーたちにも批判の矛先を向けている。
特にロサンジェルス・レイカーズのエースでバスケットボール界を代表するスター、レブロン・ジェームズの「よく状況を知りもしないのに口を開いた」とするロケッツGM批判に、疑問の声が集まった。ジェームズ選手は作年、トランプ批判の文脈で、「どこで起こる不正義であれ、あらゆる場所の正義への脅威となる。重要な問題に沈黙し始めるとき、我々の命は終わり始める」とツイートし話題を呼んだ人物に他ならないからである。
かつての名選手チャールズ・バークリーのロケッツGM批判のコメントも興味深い。「火に飛び込むなら、火の中に留まらねばならない。しかし彼はすぐに飛び出した。彼は間違ったことを言ったわけではない。しかし彼は、NBAとロケッツ、レブロン、ナイキを非常に難しい立場に追い込んだ」。確かにロケッツGMに特段の覚悟や戦略があったとは見えない。その点、自覚の薄さを問われても仕方ないだろう。ただし、最大の論点はあくまで、経済をテコに行われる中国共産党政権の「国際検閲」にどう立ち向かうかである。
またこの書簡にはないが、試合開始前の国歌演奏の際、片膝を突いて「アメリカ」への抗議の意思を示し、保守派ファンの球場離れを招いたプロ・アメリカンフットボール選手たち(主として黒人プレーヤー)の行為も改めて論議を呼んだ。選手たちが掲げたスローガンが「黒人に対する警察の暴力を糾弾する」だったからである。
それなら、香港「警察」によるデモ隊への暴力にも、率先して声を上げねばならぬはずだろう、なぜ沈黙しているのか、二重基準ではないのかというわけである。香港問題は期せずして、米国内のアイデンティティ・ポリティクス(差別強調政治)にも余波を広げた。
トップ写真:テッド・クルーズ上院議員(共和党)出典:Flickr; Gage Skidmore
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この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授
福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。