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.国際  投稿日:2021/5/24

弱すぎる北京五輪「外交的ボイコット」


島田洋一(福井県立大学教授)

「島田洋一の国際政治力」

【まとめ】

・ペロシ氏主張の北京五輪「外交的ボイコット」は中共の痛手にならず。

・中共の「弾圧・抑圧・侵略」みれば、理想は「完全ボイコット」か「G7による代替開催」。

・「ボイコットせず黙って参加」は中共に好都合な敗北主義。日本の対応は?

 

5月18日、米連邦議会のナンシー・ペロシ下院議長(民主党)が、下院人権委員会の場で、2022年の北京冬季五輪について、中国政府による新疆ウイグル自治区などでの人権弾圧に抗議して、各国が選手団は参加させつつ、開会式などへの首脳(heads of state)の出席を見送る「外交的ボイコット」を行うべきだと提唱した。

▲写真 北京冬季五輪での「外交的ボイコット」を提唱したナンシー・ペロシ米下院議長(2021年5月18日 議会議事堂) 出典:Nancy Perosi twitter

これに対し、中国「戦狼外交」の顔である外務省の趙立堅報道官が翌19日、「強烈な不満と断固とした反対を表明する」と反発し、「嘘やフェイク情報がはびこっている」「人権問題を利用して中国を中傷し、北京冬季五輪の妨害や破壊を企てている」「五輪を卑劣で政治的な悪だくみに使うのをやめるべきだ」「スポーツの政治化は五輪憲章の精神に背いている。各国選手の利益や国際的な五輪事業を損なう」などと述べ、ボイコット提案は各国の賛同を得られず「思い通りにならない」と牽制した。

趙氏の一見激越な言葉にも拘らず、中国共産党政権(以下中共)としては、事がペロシ提案の線程度で収まるなら大した政治的ダメージにはならないと内心考えているだろう。というのは、大過なく行われ、盛り上がったソチ五輪の際と同程度の「ボイコット」に過ぎないからである。

ロシアのソチで開催された第22回冬季オリンピックは2014年2月7日に幕を開け(23日までの約2週間)、開会式ではウラジーミル・プーチン大統領が開会宣言を行った。

しかしその場に、アメリカのオバマ大統領、バイデン副大統領、フランスのオランド大統領、ドイツのメルケル首相、キャメロン英首相ら欧米主要国の首脳級の姿はなかった。

この「外交ボイコット」は、2013年にロシアが、未成年者への「非伝統的な性的関係」に関する情報提供を禁じる同性愛プロパガンダ禁止法を制定したことへの抗議として行われた。

ロシアによるウクライナ領クリミア半島の併合はソチ五輪後の2014年3月18日で、「外交ボイコット」の理由にはなっていない。

▲写真 ソチ冬季五輪のフリースタイルスキー男子ハーフパイプに出場するアメリカ人選手。開会式をボイコットした国の選手たちも競技には参加した。(2014年2月 ロシア・ソチ) 出典:sampics/Corbis via Getty Images

問題は2022年の北京冬季五輪に関して、中国政府による、ジェノサイドとまで表現される組織的なウイグル人弾圧、長年にわたるチベット弾圧、モンゴル系住民への抑圧強化、香港の自由剥奪ひいては中国全土における監視統制強化、外国人の不当拘束、南シナ海や東シナ海での侵略行動等々にも関わらず、ペロシ氏が主張する程度の措置でお茶を濁してよいのかだ。

ロシアの同性愛宣伝禁止とは明らかにレベルが違うだろう。

現に米共和党からは、ペロシ提案では生ぬるいとの声が即座に上がっている。下院人権委員会共同委員長のクリス・スミス議員(共和党。2006年4月に横田早紀江さんが下院外交委員会の公聴会で証言した際の共同議長でもあった)は、北京五輪反対は議会の総意との認識を示したうえで、スポンサーとして利益を得ようとしている「大企業」(big business)の責任を明らかにするため経営者を証人として議会に呼ぶと宣言した。

ペロシ氏の身内の民主党からも、中国の人権問題追及を主導するジム・マクガバン下院議員(議会行政府中国委員会委員長、下院人権委員会委員長)が、ペロシ氏が上記の発言をしたその場で、「虐待行為を行っていない国に会場変更する時間を国際オリンピック委員会 (IOC)に与えるため開催を1年延期すべきだ」と異論を述べている。

▲写真 ジム・マクガバン下院議員(民主党) 出典:Samuel Corum/Getty Images

北京五輪については、理想は完全ボイコットおよび先進7か国(G7)による代替大会開催だろう。アスリートは何ら傷つかない。日米欧カナダからなるG7諸国には、国際大会に耐えるハイレベルなスキー場やスケートリンクがいくつもある。代替大会の準備にさほど時間を要しないだろう。

中共は、ボイコットした国には激烈な報復を加えると脅しているが、G7すべてに制裁を掛ければ自らの首を絞めるだけに終わる。

もっとも、無条件参加と完全ボイコットの間には様々な中間段階がある。最もゆるい政府関係者の開会式不参加(すなわちペロシ提案)から、行進の際国旗を掲げない、選手団も含めて開会式ボイコットの順にきつくなり、最後に完全ボイコットが来る。

与党民主党の最高幹部ペロシ氏の発言により、アメリカは、最もゆるい「北京五輪に米当局者の派遣禁止」までは行くことがほぼ確定したと言える。

今後、中共を非難する声が高まるにつれて、バイデン政権始め各国政府は対応の度を上げざるを得なくなろう。

「ボイコットは無理。黙って参加するしかない」は中共にとって最も好都合な敗北主義である。日本の対応も鋭く問われてくる。

トップ写真:2022年北京冬季五輪のモニュメント(2021年2月26日 北京) 出典:Lintao Zhang/Getty Images




この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授

福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。

島田洋一

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