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.社会  投稿日:2020/1/5

「分断の時代」に終止符を(上)【2020年を占う・社会】


林信吾(作家・ジャーナリスト)

 林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

ネット上の「批判」には、誤爆や言いがかり多く安易な信用は危険。

「持つ者と持たざる者」との分断が進行中。

「上級国民」や「セレブ」への反感を吐露するの増加は、「勝ち組」の洗脳が溶けてきた兆し。

 

読者の皆様、新年あけましておめでとうございます。

昨年も多くの記事を書かせていただき、幾度もランキング入りしたことで、大いに意を強くしている反面、批判的な声も少なからず寄せられた。まあ、それも反響のうちだが。直近の例では、4月に東京・池袋で高齢者が引き起こした暴走事故についての記事に、2件のコメントが寄せられている。1件は支離滅裂で答えようがないが、もう1件は、シリーズのテーマとした「ネットに蔓延する見当違いな正義感」と密接に関わることで、かつ今次のテーマである「2020年に日本が直面する問題」そのものでもあると思い、メディアでは異例のことながら、反論めいた返信を書かせていただくことにした。

▲写真 東池袋で交通事故死した母子のために設けられた献花台。正面の横断歩道で起こった事故 出典:Photo by Asanagi

コメントの論点を整理させていただくと、以下の3点に要約できる。

「犯罪じゃないと言い切るのは納得できない」

「最初の物損で〈当て逃げ〉をしている。混乱して停止できなかったという言い訳が通用するなら、当て逃げ、ひき逃げは罪でなくなる」

「いろんな意見を読んだが〈当て逃げ、ひき逃げ〉を指摘する人は少なくなかった」

……まず第一に、納得できるかできないかは、読んだ方の自由だが、警察は事故として処理し、ただし結果は重大なので「厳重処分を求める」との意見書を添えて書類送検した。つまり「過失運転致死傷罪などで起訴され、有罪判決を受ける可能性はきわめて高い」ものの、現段階で事故でなく犯罪だと言い切るのは、それこそ法理論的に無理がある。

最初の物損で〈当て逃げ〉しているではないか、という指摘も同様で、そのあたりの事実関係について、当事者の「言い訳が通用する」か否かは、これから裁判で明らかになることであるから、今ここでコメント主たちと不毛な議論をするつもりはない。

問題は最後で、コメント主が読んだ「いろんな意見」は、もっぱらネット上で開陳されたものではないのだろうか。このJapan In-depthとてネットメディアであるし、ネットだから信用できない、などと自分で自分の首を絞めるようなことを書いたりはしないが、当て逃げ、ひき逃げを指摘したという「多くの人」の中に、警察を差し置いて現場検証を行う権限を持っていたり、そもそも交通事故鑑定人たるスキルや経験値を備えた人が、一人でもいたのか。誰でも好き勝手なことを書けるネットは、便利だし強みもある反面、安易に信用するのは危険である。特にネット上での「批判」には、誤爆や言いがかりが多い。この点も私は、実例を挙げて指摘してきた。

さて、本題。

こうした議論が幾度も蒸し返されるのは、記事のテーマそのものであった、加害者が「上級国民」であったから警察も「忖度」して、逮捕しなかったに違いないと皆が思っていることと,無関係だとは思えない。

もうひとつ、10月に関東を襲った台風19号で、川崎市・武蔵小杉のタワーマンション(30階建て以上の超高層マンション。以下タワマン)が被災した。多摩川が増水した結果、地下の機械室に汚水が流れ込み、電気や水道が止まってしまったそうだ。

これに対して、ネット上で「ざまあ」という書き込みが複数あり、物議を醸した。ざまあ見ろ、という意味であるらしい。

▲写真 タワーマンションイメージ 出典:Frickr: Dick Thomas Johnson

なんでも、武蔵小杉のタワマンと言えば値段が高く、また生活環境も劇的に向上して、今や「セレブの街」と呼ばれている。そうした「セレブ」が、一転エレベーターもトイレも使えない生活を強いられた事に対して、ざまあ、という書き込みをした者がいたわけだ。

東京で生まれ育ち、横浜市中区に住民票を置いたこともある私などは、川崎市にセレブの街ですかあ……と、差別発言スレスレの言葉をつい飲み込むことになるが、そんな話はこの際どうでもよく、被災者に対して「ざまあ」はないだろう、と単純に憤慨した。

しかし、冷静になって考えてみると、あながち全否定はできないかも知れぬ、という風にも思えてきた。

ここ数年、経済を中心としたグローバリズムの流れに対して、反動と言うべきか、あえて「内向き」の政治を支持する人が増えてきているように見受けられる。米国トランプ政権の誕生もそうだし、昨年後半に私が幾度もお伝えした、ブレグジットの問題もそうだ。

そのような反グローバリズムの流れに乗って登場した、トランプ大統領やジョンソン首相に対しては、移民を制限しようといった政策に対して、

「国を分断させてしまった」

という批判が根強くあることは、すでに幾多のメディアが報じた通りである。

そして日本では、景気が回復しつつある、と政府がいくら数字を示そうとも、庶民の暮らしが楽になった、という実感は得られておらず、むしろ非正規雇用が拡大し、老後の不安どころか結婚もままならない、という層が増えている。

一方で、大企業ほどまともに税金を払わず、ついには、デフレからの脱却が果たされていないのに消費税を引き上げるという、大失政が強行されるに至った。

要するに、今この国は「持つ者と持たざる者」との分断が進行しつつある。その中で、自分たちの生活が恵まれないのは、上級国民(叙勲されるようなエリート官僚)や、タワマンで暮らすようなセレブ(グローバリズムの流れに乗って富を得た層)のせいだ、と考える人が現れてきたのではないだろうか。さらに言えば、こうした人たちが自分たちのことを「勝ち組」などと位置づけ、

所得の低い人たち=努力しなかった人たち」

といった偏見を広く根強く持っていることも、残念ながら事実なのではないだろうか。誤解のないように断っておくが、今次被災されたタワマンに住む人たちがそうだと決めつけているわけではない。

全否定できないかも知れない、と私が考えたというのも、実は二重の意味があって、これまで非正規で働き、恵まれない生活を強いられてきた若い人たちほど、たとえば世に言う「派遣切り」にあっても、

「こんなことになったのは、ちゃんと就職しなかったり、会社をすぐに辞めてしまった自分が悪い」

と思い込む傾向があったからで、早い話が「勝ち組」に洗脳されてきたのである。

言い換えれば、昨今「上級国民」や「セレブ」への反感を吐露する人が増えてきたのは、洗脳が溶けてきた兆しなのかも知れない。あとは、感情的に反発するだけでは、そこからなにも生まれないということに、皆が早く気づいて欲しい。

その前提で、現在進行中の「分断の時代」に終止符を打つための方策は、次稿で私なりに考えてみたいと思う。

(下に続く。全2回)

 

トップ写真:イメージ 出典:Pixnio


この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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