19式装輪自走155mmりゅう弾砲は戦える装備か
清谷信一(軍事ジャーナリスト)
【まとめ】
・19式装輪自走155mmりゅう弾砲は兵器として欠陥がある。
・キャビンに装甲化がされていないため、化学兵器等に耐えられない。
・軽量榴弾砲の方が特科の能力向上とコストパフォーマンスは高くなる。
陸上自衛隊は平成30年度予算で牽引式の155mm 榴弾砲の後継となる新型の「19式装輪自走155mmりゅう弾砲」7輛を51億円、初度費17億円で要求、令和2年度の概算要求も引き続き7輛、47億円を要求している。だが兵器として欠陥がある。
筆者はこの種のトラックの車体を流用した自走榴弾砲を「簡易型榴弾砲」と呼んでいる。それは単に装輪榴弾砲というと南アのG6のような全周装甲化され、旋回可能な砲塔を持ったものまで含まれるからだ。
「簡易型榴弾砲」はいわば牽引式榴弾砲と通常の装甲化された自走榴弾砲の中間的な存在である。牽引式榴弾砲に比べて自力による展開能力が高く、進出・撤退も迅速に行える。一般にキャビンは一般的に装甲化されており、このため生存性も高い。装軌式ないし装輪の完全に装甲化された自走榴弾砲に比べて調達・運用価格が安く、また戦略移動性が優れていることが挙げられるだろう。
この種の自走砲の嚆矢は90年代に登場したフランス陸軍が採用したカエサル(CAmion Équipé d’un Système d’ARtillerie:砲兵システム搭載トラック)である。カエサルは当初ウニモグの車体を流用していたが、後に国産のルノートラックディフェンスのシェルパ6x6を採用した。近年は8x8の車体を採用し、自動装填装置を装備したモデルも登場している。
▲写真 自動装填装置を採用したカエサル8x8 出典:筆者提供
「簡易型榴弾砲」は自走による道路の高速移動、あるいは空輸による戦略機動を行うことも可能である。ただ近年は6輪よりも8輪の方が主流と為りつつある。カエサルのような6輪だとC-130クラスの輸送機での空輸が可能だが、射撃時の安定性があまりよくない。対して8輪で自動装填装置を有したモデルだとA400Mクラス以上の輸送機でないと運べないものも多い。
これは空輸能力よりも不整地での機動力、射撃時の安定性、自動装填装置の採用による高い発射速度の実現、省力化などを求めているユーザーが多いからだろう。手動装填型はクルーが5名程度、自動装填型であれば3名が普通だ。
「19式装輪自走155mmりゅう弾砲」は火力戦闘車という仮称で当初三菱重工製の重回収車の車体を流用する予定だったが、ドイツのラインメタルディフェンス傘下のMANディフェンスのMAN社製の8輪軍用トラック、HX44Mを採用している。これは重回収車の車体重量が重すぎたこと、生産が終了するなどが理由とされている。
「155mm自走りゅう弾砲」は99式自走りゅう弾砲の52口径155ミリ榴弾砲をベースに開発されており、最大射程は40キロとされている。このため火砲部分の開発、調達コストは最低限に抑えられているだろう。99式自走榴弾砲と同じく、火力戦闘指揮統制システムFCCSを搭載してネットワーク機能を有している。
「19式装輪自走155mmりゅう弾砲」は果たして戦える、新規に採用する価値のある装備だろうか。筆者は大変疑問に思っている。まず生存性の問題だ。他国の同様の自走榴弾砲では装甲化されたキャブ(あるいは非装甲)でも全クルーは、キャブに収容されるのが普通だ。「19式装輪自走155mmりゅう弾砲」キャブは一部装甲化されているのみだ。
キャブは射撃圧に堪えられるようにもなっているが、フランス陸軍のカエサルや他国の同様の装輪自走榴弾砲ように完全な装甲化はされていない。防衛省は明言を避けているが装甲化されていないならば、加圧型のCBRNシステムは採用できない。つまり19式にはCBRNシステムは搭載されていない。
このキャブの定員は3名であり、キャブに入れない装填要員2名は中央部の座席に座ることになる。だが屋根とシートベルトは付いているが、座席クッションはない。当然装甲化もされていない。レイアウトは極めて「異色でユニーク」であると言わざるを得ない。筆者の知る限りこのようなレイアウトの簡易型自走榴弾砲は世界に存在しない。
このようなデザインになったのは、輸送性確保のため軽量化しなければならなかったことと、キャブを大きくすると全体再設計で時間と金がかかることも背景にあったようだ。開発及び、調達コスト低減のためにMANのオリジナルのソフトスキンのキャブをできるだけそのまま使用するためだと思われる。
先述のようにキャビンが装甲化されていないということは、キャビンに加圧できないので対CBRNシステムが搭載されていないということだ。化学兵器や生物兵器が使用されれば戦死は確実だ。
装甲が十分でないので、ゲリラや敵の砲兵の反撃を受けた場合の生存性、特に装填手たちの生存性は低くなる。しかもトライアル時には装備されていた12.7ミリ機銃も量産型では取り外されている。
キャビンには乗員用クーラーが装備されているが、中央座席の装填手はその恩恵に預かれない。これでは夏場に一番体力が必要な装填手の体力を維持することが難しい。仮に対装填手席はクッションもないために戦略移動時の疲労も大きいし、交通事故が起これば死傷する可能性も大きいだろう。同じクルーで「格差」が生じてクルーの間で不和も起こるだろう。士気が上がろうはずがない。
因みに来年度から調達される16式機動戦車には乗員用冷房が導入される(既存の16式に導入するかどうかは未決定)。夏場の気温が35度を超えることも珍しくない今日、走行車輌への冷房導入は当然だ。今後調達されるであろう新型8輪装甲車も当然そうなるだろう。そうでなければ夏場の作戦行動、特にNBC環境下での作戦行動は不可能だからだ。
また通常この主の簡易型自走榴弾砲は専用の弾薬補給車が開発される。対して19式は野外走行能力も、整備も兵站も別な普通のトラックを使用しなければならない。再装填にも時間がかかるだろう。そもそも弾薬車用のトラックが確保されているのだろうかも疑問である。
更に申せば特科が独自の航空観測手段を持っていないという問題がある。OH-6は来年度で全機退役する。OH-1はエンジンの問題で全機が飛行停止、その改修は装備庁によればエンジン1基6千万とされている。双発なので1機あたり1億2千万円、トランスミッションもいじることになるのでそれ以上の金額がかかるだろう。全機であれば408億円以上もかかる。だがOH-1は現在音声無線でしかリアルタイムで情報を伝えられず、映像は帰投後にVHSに落とさないといけない時代遅れのシステムしかない。リアルタイムのネットワークシステムを搭載するならコストは更に掛かる。
▲写真 OH-1は試験飛行中の2機意外はすべて3年以上飛行停止 出典:筆者提供
特科の観測用に開発されたヘリ型UAV、FFOS及びこの改良型で偵察用に開発されたFFRSは能力不足の上に信頼性が劣る。これらは先の東日本大震災のおり一度も飛ばなかったことを筆者がスクープし、防衛省も国家答弁で信頼性の低さを認めて以後追加発注されていない。
このためFFRSの後継として採用が決定されたスキャンイーグルが予算化されるのは平成30年度予算からであり、戦力化は先になるし、そもそも特科への配備ではなく、情報隊向けである。航空機による観測がマトモにできないのであれば長射程での射撃の観測は難しく、19式はもちろん既存の99式、FH70の運用にも支障がある。
陸自は狭い演習地の中の演習だけこなせればいいのか。更に申せば、特科は人民解放軍ですら導入している精密誘導弾の計画すらないことだ。国民の7割が都市部に住むという我が国独自の環境を鑑みれば副次被害防止のためにも精密誘導弾の導入は欠かせないはずだ。
BAEシステムが開発した簡易型自走榴弾砲アーチャーの新型は同じMAN社のトラック、HX2を採用しているが、自動装填装置を有している。キャブは装甲化され、対NBCシステム、エアコン付きだ。自動装填装置の分値段は高くなるが乗員は3名に抑えられている。
重量は33tと重たくC-2では空輸できないが、そもそも22機しか調達されないC-2で有事に「19式自走りゅう弾砲」まで空輸する余裕はないだろう。「19式自走りゅう弾砲」は空輸を考えるならばまずは空自の輸送機のポートフォリオとの摺合が必要であり、その場合でもC-130クラスの輸送機による空輸を可能とするために6輪にすべきだっただろう。
▲写真 19式自走榴弾砲走行姿勢 出典:防衛装備庁
アーチャーのように重たくても自動装填装置を採用すれば、乗員を3名に抑えられた。その場合、仮に200輛の「19式自走りゅう弾砲」を導入するのであれば400名、3個普通科(歩兵)中隊分の隊員とその人件費が浮くことになる。
少子化で隊員募集が困難を極め、防衛省は自衛官の採用年齢や定年延長まで導入を決定しているのだ。省力化を行うべきではなかったか。自動装填装置は99式自走榴弾砲、90式戦車、10式戦車などでも開発実績があり、それほどハードルが高くなかったはずだ。
取材をしてみると調達単価を低減することと、C-2輸送機での空輸が前提になっていたことがネックだったようだ。そのためにキャブは5人乗りにされず、装甲化もされず、機銃すら装備されなかった。また弾薬補給車も開発、調達されなかった。
このような中途半端な不良品を調達するならばむしろ、FH70の数を例えば100門まで減らして維持し、島嶼防衛で使える、UH-60ヘリでも空輸できるM777超軽量榴弾砲のような装備を少量導入するほうが特科の能力向上とコストパフォーマンスは高くなるだろう。
▲写真 アーチャーは戦闘重量33t、全長13.1m、全幅3m、全高3.4m(RWS搭載時は4.0m)。乗員は3名でNBCシステム防護システムを備えた装甲化されたキャビンに搭乗し、キャビン内からすべての作業を行なえる。弾倉には21発の砲弾、108個のモジュラー装薬が装填可能。 出典:筆者提供
そもそも論でいえば我が国に対する大規模な着上陸戦が行われる可能性は極めて低い。これは防衛大綱でも述べられている。より優先順位が高いのは島嶼防衛、ゲリラ・コマンドウ対処、ミサイル防衛などである。そうであれば榴弾砲の数は減らしてもいいだろう。
兵器として実用性の怪しい19式の導入は中止して、その予算を航空観測用機材と精密誘導砲弾と誘導システムの導入に向けるべきだ。更に申せば榴弾砲ならば島嶼防衛で使用できるまた陸自では120ミリ迫撃砲を普通科から特科(砲兵)に移行しているが、これら120ミリ迫撃砲のネットワーク化、情報化を新型榴弾砲の導入より優先すべきだ。
トップ写真:南ア陸軍のG6装輪自走榴弾砲 出典:著者提供
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この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト
防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ。
・日本ペンクラブ会員
・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/
・European Securty Defence 日本特派員
<著作>
●国防の死角(PHP)
●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)
●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)
●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)
●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)
●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)
●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)
●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)
●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)
など、多数。
<共著>
●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)
●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)
●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)
●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)
●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)
●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)
●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)
●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)
その他多数。
<監訳>
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●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)
●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)
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