中東は日本の生命線なのか?
文谷数重(軍事専門誌ライター)
【まとめ】
・中東産石油は日本の生命線ではない。
・石油需要は縮小している。その需要も相当分は天然ガスで代替できる。
・必要な石油は中東以外から入手できる。
「中東産石油は日本の生命線である」と信じられている。日本人には石油途絶による戦争敗北とオイルショックの経験がある。中東石油途絶は存亡に関わる。中東石油の確保は最優先である。そのように考えている。
この石油生命線論は今回の自衛隊中東派遣の論議でも表出した。野党は海自派遣の手続きに穏当な疑義を表明した。それに対して一部保守層は想像上の危機感から「石油輸送に携わる日本タンカーを見捨ててよいのか」と感情的反論を寄せたのだ。
▲野党の海自派遣反対の趣旨は政府の議会軽視を糺すものでしかない。またペルシア湾海上輸送も危機的状態ではない。しかし一部保守層は反対に「石油輸送に携わる日本タンカーを見捨ててよいのか」とズレた反発をなした。写真は派遣に疑問を呈する立憲民主党・枝野幸男代表。
出典: 『衆議院インターネット審議中継』2020年1月22日本会議より。
だが、本当に中東産石油がなければ日本は滅亡するのだろうか?
それは誤りだ。もはや中東産石油は日本の生命線ではない。必要な原油は中東以外から入手できる。その途絶は日本エネルギー確保の崩壊は意味しない。短期間の混乱が引き起こされるだけだ。
その理由を順番に説明すれば次のとおり。
1 今の日本の石油購入量は以前の半分程度でしかない。
2 その石油輸入量も天然ガスで相当分が補える。
3 その上で必要な石油は中東以外から購入できる。
■ 石油需要は最盛期の64%
中東産石油は日本の生命線ではない。必要量の石油は中東以外から入手できる。そう判断できる。
第1の理由は石油需要の縮小である。資エネ庁最新の白書によれば日本石油所要量は最盛期の半分程度でしかない。(*1)
石油消費のピークは1973年である。年度内に日本には2.9億klの原油が供給された。
それが2017年度では64%まで縮小した。年度供給量は1.9億klでしかない。
図)筆者作成
これは産業構造変化と省エネ技術発展、そして天然ガス転換の結果である。
まずはエネルギー消費量が縮小した。同期間に日本の実質GDPは2.6倍に増えた。だが化石燃料供給量は熱量換算で1.2倍にしか増えていない。これは産業構造が製造業からサービス業に変化し省エネが進んだ結果だ。
そのエネルギーも天然ガスへの転換が進んだ。73年度は化石燃料の83%が石油であった。それが17年度には43%まで低下した。天然ガスと石炭シフトの結果だ。
今後は化石燃料への需要そのものが減少する。再エネ発展や人口減少が進む。
つまり必要な石油量は以前ほどではない。仮に中東産原油が止まっても代替入手は容易となっているのである。
■ 天然ガス代替の拡大
第2の理由は天然ガス代替の拡大である。天然ガス活用は今後さらに広がる。それにより今後の石油需要はさらに縮小する。また中東石油不足時には石油需要の相当を代替する。ガス田には地理的偏在はないためその場合でも供給は確保される。
現時点でも天然ガスは活用されている。都市ガス等の単純熱源や発電用燃料としての利用は承知のとおり。化石燃料で占める割合は1%弱から26%弱まで上昇した。
利用範囲は今後はさらに広がる。自動車や船舶、石油化学原料としても多用される。
自動車では燃料としてすでに利用されている。バスやトラックではCNG:圧縮天然ガスやLNG:液化天然ガスの利用が進んでいる。(*2) タクシーで多用されるLPG:プロパンも油田由来からガス田由来に変化している。EV車の電気も相当分が天然ガスで発電されている。
▲電気自動車EVも天然ガスで動いていると言える。東京電力発電構成の筆頭は天然ガスである。EVはその電力を貯めて走っている。写真は日産リーフ。日産自動車「リーフ [ LEAF ] Webカタログ」より。
船舶燃料もLNG化が始まった。排ガス規制強化を見越したLNGディーゼルはすでに実用段階に達している。そして排ガス規制は今年から始まった。今後は新造船の多くはLNG燃料船となる。
プラスチックほかの原料ともなっている。別稿に譲るが石油化学工業の太宗、エチレンの原料は天然ガスにシフトしている。
この天然ガス活用は石油不足時にはさらに広がる。石油不足の穴を埋める。また高価格化した石油からの切替先として利用される。
最悪の状況でも天然ガスから石油は合成できる。GTL:ガス合成液化によりガソリンも軽油も重油も作れるのだ。当然だが合成油でガソリン車もジェット機も舶用ディーゼルも動かせる。
この天然ガス活用の拡大も中東産石油生命線論を否定する。仮に日本1.9億klの石油需要の半分を天然ガスで補い得るとしよう。そうすれば原油必要量は0.9億KLに減少する。つまり中東産以外でも賄いやすくなっているのだ。
■ 非中東石油の開発拡大
第3の理由は非中東産石油の開発である。ここ40年で中東以外の原油生産は増加した。それにより中東産石油は代替できるようになった。
以前から知られる例は次の2つ。北海油田の開発とロシア産石油の市場流入である。
最近では過酷条件での開発成功や非在来型石油の登場もある。前者はノルウェーやロシアの北極海油田開発やブラジル沖の大深度海底油田プレソルト開発である。後者はオイルサンド、オリノコ・ヘビータール、シェール・オイルの資源化である。
▲プレソルト層を示す図版。ペトロブラスはブラジル沖で水深7000mまで掘削して石油を採掘している。岩塩層下にあるプレソルト層の油田のためプレソルト油田と言われる。図版はPETROBRAS社資料『PRE-SALT』より。
また油田再生や石油改質の技術も進んだ。前者は熱攻法、化学攻法の実施である。後者は粗悪油からの軽油やガソリンの製造である。
これも非中東石油を有利にする。老朽油田や低品位原油、重質の残渣油も資源化されるのだ。
結果、中東石油は非中東石油以外でも代替可能となった。すでに非中東石油の埋蔵量は中東石油を超えている。
もちろんいずれも高コストである。採掘や改質に手間がかかる。そのため安価な中東産石油のシェアを奪うには至っていない。
ただ、それゆえに価格上昇に伴って湧き出してくる石油となる。原油価格が採算点を超えた途端に大量供給されるのである。
これも石油確保の不安を払拭する。中東以外からでも充分量の石油が供給されるのである。
▲ホルムズバイパス。話題となるホルムズ湾原油途絶と中東産出原油途絶は等価ではない。またホルムズ通峡不能となってもバイパス・パイプラインによりペルシア湾湾奥部の原油を地中海や紅海に積み出せる。米EIAの図版をWIKIMEDIAより入手。パブリックドメイン。
今日では中東産石油は日本の生命線ではない。日本の石油需要は縮小している。その石油需要も天然ガス代替でさらに圧縮できる。そして圧縮された日本の石油需要は中東以外からでも確保できるのである。
(*1)『平成30年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2019)』(資源エネルギー庁,2019年)
「第3節 一次エネルギーの動向」のグラフや添付エクセルファイルより
(*2)例えば本サイト筆者記事であれば
文谷数重「LNGトラックは水素トラックを駆逐する」『Japan In-Depth』(Japan In-Depth,2019)https://japan-indepth.jp/?p=44457
文谷数重「水素自動車は普及しない」『Japan In-Depth』(Japan In-Depth,2018)https://japan-indepth.jp/?p=38870
▲トップ写真 オイルロードを航行するタンカー
出典: 石油連盟ホームページ
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この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター
1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。