陸自水際障害処理、要再検討
文谷数重(軍事専門誌ライター)
【まとめ】
・自衛隊は上陸戦で課題となる水際障害処理のため新型導爆索の整備を進めている。
・導爆索による処理は威力・効率・処理面把握の問題のためうまくいかない。
・米軍は導爆索処理から無人機やヘリによる処理にシフトしている。
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陸上自衛隊は上陸戦に力を注いでいる。これは組織の生き残りを賭けた努力である。冷戦終結により本土防衛といった存在価値を喪失した。それに変わる新しい役割として上陸戦への対応を進めているのである。
新型導爆索の整備もその一環である。上陸戦では水際障害(*1)の問題が伴う。海岸線付近に設置される小型機雷や逆茂木といった障害物だ。これを陸自は導爆索、ロケットで曳航される紐状爆薬で除去しようとしている。
この新型導爆索は成功するだろうか?
うまくいかない。その理由は次の3つである。第1は威力不足。第2は作業性不良、第3は除去範囲の不明瞭である。
▲写真 対上陸用機雷マンタ 出典:米海軍写真(撮影:Daniel Rolston)
■ 導爆索による水際障害処分
水際障害とは何か?
上陸作戦を妨害するための障害物である。海岸の海水線付近に設置される。設置範囲は概ね海側では水深0mから12mまで、陸側では満潮線のやや先まで配置される。
妨害対象は上陸用舟艇である。水際機雷や地雷で舟艇を破壊する。逆茂木や石倉により船底撞破や横転擱座を狙う。
その処理は上陸戦における課題となっている。除去は必須だ。だが同時に困難でもある。水陸いずれともつかない場所である。そのため海軍用の掃海器材も陸軍用の地雷処理器材も通用しがたい。
▲図 水際障害 出典:著者作成
実際に湾岸戦争では水際障害により上陸戦は頓挫している。当初は上陸戦を検討したが障害処理困難により陽動作戦に格下げされた。米海兵隊は「水陸両用陽動」と称し、成功したように装っている。だが実際は失敗だったのだ。
陸自はこの水際障害除去を新開発の導爆索で行おうとしている。導爆索とは爆薬をロープ状に連結した破壊器材である。従来の地雷原処理用とは異なるタイプを新規に開発し、海側から水陸両用装甲車で投射・除去しようとしている。(*2)
■ 威力不足
しかし、導爆索による水際障害処理はうまくいかない。
第1の理由は威力不足である。導爆索の爆薬量は比較的少ない。対して機雷や地雷は爆発衝撃に強い。そのため効果を発揮し難い。
▲図 導爆索 出典:「水際障害処理装置(地雷原処理装置)-運用構想(イメージ)」『平成29年度 事前の事業評価 評価書一覧』を防衛省WEBから入手。
単独の爆薬包威力からすれば、有効処分幅は3m程度である。米MICLICの炸薬量と現用機雷の例で推測すれば、導爆索から1.5m以内の機雷を機能不全にできる程度だ。なお誘爆はまず起きない。(*3)
もちろん導爆索では連結による合成効果も期待できる。MICLICの場合は単薬包を1400ヶ連結し索長106mを構成している。仮に1.5m分、20ヶの威力がうまく合成されれば有効距離は7mに増える。
だが、その際には水深要素も検討する必要がある。導爆索の威力は水深を超えない。水深3mなら威力半径は3mを超えると効果は急減する。威力は海面から上空に抜けてしまうのだ。
まずは水際機雷や地雷の無力化には向いていないのである。
■ 作業性不良
第2の理由は作業効率の不良だ。幅500mから2kmの水際障害を有効幅3mの導爆索で処理するため非効率となる。
水際障害は海岸線に沿って広く展開する。敵が上陸する、あるいは敵上陸に好適と推測される海岸線にはすべて設置しようとされる。その総延長は5kmや10kmに及ぶ。
導爆索を用いて縦目に処理するのは効率が悪い。幅広の障害を有効幅3mでちまちま処分する形だからだ。
当然、柄多数次の投射と爆破が必要となる。仮に上陸幅をほぼ最低の幅500mとしよう。それでも処分にはオーバーラップ無しでも投射が160回必要となるのだ。
実際には投射距離の相性も悪い。障害の濃密部分を処理するには長めである。だが広域処理するには短い。
水際障害には濃淡がある。高密度部分は感潮帯から波打ち際である。作業員が立ち入って敷設できる範囲だ。それを処分するには導爆索の投射距離100mは長い。
だが水深12mから陸上の傾斜変化点までカバーするには短い。その際には奥行方向にも数度の投射が必要ともなる。
導爆索による処分は作業性も不良なのだ。
▲写真 MICLIC処理 出典:米海軍写真(撮影:Brian A. Kinney)
■ 除去範囲不明瞭
第3の理由は除去範囲の不明瞭である。
そもそも、導爆索による水際障害処分では除去範囲を把握できない。
陸上なら明瞭である。処理面は凹面に抉れる。その上は一応の安全範囲と見なせる。車両も人員もその上を通ればよい。
だが海上ではわからない。舟艇から海底は見え難いからだ。しかも敵前上陸では船首に立って真下を透視する余裕もない。特に水陸両用装甲車は視界が狭い。通常時でも海底透視は不可能である。
その上、海面に未処理面が残る。
導爆索は正確に飛ばない。発射時の方向誤差や横風の影響を受ける。もともと無誘導かつ飛翔不安定のため正確にも飛ばせない。
全面処理を試みても未処理面が残るのだ。有効幅3mの導爆索で160回投射しても上陸海岸前面は処分しつくせない。それぞれの導爆索はバラバラに斜行する。その分、重複部分と空白部分が生じるのである。
そして、その場所がわからない。舟艇側は海底が処理済みかどうかを把握できない。
これも水際障害処理に導爆索が向かない理由である。(*4)
▲図 曳航導爆索 出典:著者作成
■ 米国は無人機・ヘリ処分を模索
陸自の水際障害処理はうまくいかない。その理由は以上のとおりである。
付け加えれば米国もそのように判断している。湾岸戦争における上陸戦失敗の結果、導爆索は障害処分の決め手とはみなされなくなった。以降は無人機やヘリ、一時期はホバークラフトによる処分が模索されている。
つまり国産新型導爆索の開発はいまさらだということだ。先行事例を真面目に検討した結果ではない。
本来なら無人機やヘリによる処分が模索されるべきである。無人航空機(UAV)やヘリによる上空からの透視捜索と銃撃・爆撃処分である。導爆索を使うにしても無人航空機や無人水上機(USV)、ヘリによる横引き、海岸線への並行展開と爆破といった手法である。
*1 水際障害・水際機雷は撃針や砲側と同じように海陸で読みが異なる。日本海軍と海自では「みずぎわ」と訓読し、陸軍と陸自は「すいさい」と音読する。
*2 『平成29年度 政策評価書(事前の事業評価)』によれば開発する器材は50年前に開発された米軍器材M58/M59 MICLICそのものだ。それをわざわざ35億円かけて再開発する形である。
*3 スウェーデン製機雷ROCKANと米導爆索MICLICの関係ではその程度となる。スウェーデン製ROCKANは炸薬量105kgであり最低敷設距離25mである。つまり爆薬105kgの水中爆発に距離25mで耐える。対してMICLICの爆薬包炸薬量は560gである。球面拡散で計算すればROCKANは距離1.6mまで耐える。MICLICはそれ以内の距離の機雷しか無効化できない。なお実際にはMICLICの爆薬は平凡なC-4である。ROCKAN等が用いる水雷用炸薬と比較して性能で劣る。
*4 各国導爆索との比較や地雷への効果不良、誘爆は発生しない見通しといった仔細は筆者記事で示している。文谷数重「『導爆索』で水際障害の処理は可能か?」『軍事研究』640(JMR,2019.7)pp.218-229.
トップ写真:MICLIC 出典:米陸軍写真(撮影:Genesis Gomez)
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この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター
1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。