比で中国資本の橋梁 環境破壊の懸念
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・フィリピンミンダナオ島で中国資本による橋梁建設が計画されているが、環境保護団体はサンゴ礁が破壊されるとして反対。
・マルコス大統領は中国との関係を重視しており、環境保護か開発か、決断力が問われる。
・フィリピンは中国のオンラインカジノを国内に展開するなど、経済面において良好な関係を保とうとしている。
フィリピン南部ミンダナオ島ダバオにあるダバオ湾にかかる橋梁建設計画が環境保護団体などからやり玉に挙がっている。というのもこの橋梁建設でダバオ湾の珊瑚礁が大規模に破壊される危機にさらされる可能性があると環境保護団体や地元コミュニティーリーダーなどから反対論が出ているからだ。
この橋梁建設計画は中国資本で建設される予定で地元有力者などとの間で計画が進み10月末にはフェルディナンド・マルコス大統領など政府関係者や地元ダバオ市長、中国大使などが参列して起工式まで執り行われ、待ったなしの状況が続いている。
環境活動家などは橋の建設そのものには反対しておらず、大規模なサンゴ礁を破壊する可能性がある現在の場所からの移転を求めているが中央政府や地元政府は建設場所の見直しには後ろ向きで、すでに中国人労働者らによる工事が始まろうとしている。
★起工式には在比中国大使も列席
10月末にダバオ市で催された橋梁の起工式にはマルコス大統領や地元ダバオ市のセバスチャン・ドゥテルテ市長、在比中国大使館の黄熙蓮大使も参列した。ダバオ市長のセバンスチャン氏はサラ・ドゥテルテ副大統領と同じくドゥテルテ前大統領の子供であることから、前政権関係者もこの橋梁建設計画に賛成していることがわかる。
起工式でマルコス大統領は「フィリピンと中国2国間の関係と協力は強固で成長し続ける基盤の証しである。この取り組みの成功のため中国と手を結ぶことはフィリピンの喜びでもある」と中国大使を前にして中国との関係が現政権にとっても極めて重要なことを改めて強調した。
全長約4キロの橋はダバオ市と沖合のサマル島を車で5分で結ぶもので、これまでフェリーなど船舶しかなかったサマル島への渡航が便利になることで同島の経済、観光産業の活性化が見込まれるとしている。
総工費は約4億700万ドルとされるがそのうち約90%が中国からの融資で賄われるという典型的な中国によるインフラ整備である。
★建設現場の海底には大規模珊瑚礁
この橋建設に反対している環境保護活動家や地元でリゾート開発を進めて橋のダバオ川の建設現場近くにリゾート施設を所有する財閥などは橋の橋脚建設予定の海底には大規模なサンゴ礁があり、それが破壊されることに異議を唱えている。
地元メディアなどの報道によると、海底には約7500平方メートルに渡って珊瑚礁が存在し、自然保護の観点から建設阻止を訴えている。
活動家などは橋の建設そのものには反対しておらず「建設場所を他に移せばよい」と主張している。しかし建設に関わった政府、外国人コンサルタント、地元の建設請負業者らは橋の建設地移転には極めて消極的で、現地ではすでに中国人労働者も加わって建設工事の準備が進んでいる。
橋は2027年の完成を目指しているが、環境運動家などからはこのまま建設が進むと「サンゴ礁は1年か2年で死滅するだろう」との見方を明らかにしている。
「環境保護か開発か」は常に問われることだが、珊瑚礁保護は国際的にも重要視されている自然保護の一つであり、このまま建設計画を当初予定の場所で続行するのか、珊瑚礁を避けた場所での建設を選択するのか、マルコス大統領の決断力が問われているといえる。
★中国離れができないフィリピンの事情
問題となっている橋梁の起工式にマルコス大統領が出席したように、フィリピンには中国資本のインフラ整備さらには経済援助が必要不可欠となっている。
懸案となっている領有権問題が生じている南シナ海の問題ではマルコス大統領も強い姿勢で「1ミリたりといえど領土は譲らない」としており、中国には厳しい姿勢を維持している。安全保障では米国を「同盟国」として南シナ海における米国などの「航行の自由作戦」も支持している。
こうした一見矛盾にも見える中国に対する政府の姿勢は「安全保障問題では譲歩することはしない」が経済問題では良好な関係を維持したい」というしたたかな外交戦略の一環で、こうした姿勢はフィリピンに限らずインドネシアやマレーシアなど他の東南アジアでも同様である。
フィリピンの場合特に国内で「フィリピン・オフショア・ゲーミング・オペレーター(POGO)」と呼ばれるオンラインカジノ産業が多くの中国人顧客を抱えて隆盛している。
これは中国本土ではカジノが違法なため、フィリピンを拠点にして中国本土の客を相手にしたカジノで稼ぐものでフィリピン国内では約60社が合法的に活動し、無許可の非合法オンラインカジノ業者は約100社もあるといわれ、そこで働く労働者は少なくとも40万人とされその大半は出稼ぎの中国人と見積もられているのだ。
中国との関係を微妙にそしてしたたかに保ちながらマルコス政権は内外の諸政策の舵取りで少しづつ成果を上げており、国民の信頼、支持は高まっている。それだけに経済成長とは無縁の環境問題への配慮をぜひみせて欲しいものだ。
トップ写真:サマル島とダバオ国際空港の空中写真 フィリピン
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。