比カジノに中国人スパイ疑惑
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・フィリピンカジノで中国人労働者にスパイ疑惑。
・違法カジノの拠点は空軍基地にも近くテロ攻撃も可能。
・中国人の不法滞在、不法就労は東南アジア全体に広がっている。
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フィリピンのマニラ首都圏にある中国人経営のカジノや中国本土向けのオンライン・カジノなどで働く中国人労働者、従業員に対してフィリピン治安当局が首都圏のフィリピン陸、海軍施設やニノイ・アキノ国際空港隣接の空軍基地などで軍事情報、通信・信号情報などを探るスパイ行為に関与する可能性があるとして警戒を呼びかける事態になっている。
ドゥテルテ大統領は8月末に中国を訪問する予定で両国の懸案となっている南シナ海の領有権問題に加えて、こうした中国人のフィリピン国内での不法労働、スパイ疑惑についても懸念を伝える可能性があるという。
▲写真 ドゥテルテ大統領 出典:Wikipedia (パブリックドメイン)
東南アジアの人権ニュースなどを主に伝える「ブナ―ル・ニュース」(ネット版)や主要紙「インクワイアラー」などが8月20日までに伝えたところによると、フィリピンのレニ・ロブレド副大統領が18日、マニラで報道陣に対して「中国系のカジノがフィリピン軍の施設に非常に近いところに建設中あるいは運営中であることが懸念材料となっている」と述べて、カジノに関連した中国人の動向を注視していることを明らかにした。
フィリピン政府によると現在フィリピンには約25万人の中国人労働者が流入しているが、その大半が観光ビザで入国して期限が切れた不法滞在やビザ条件にない不法就労しているという。
中国本土ではギャンブルは違法とされているため「オンライン・カジノ」は海外を拠点で活動せざるをえず、そこで働くために多数の中国人が当初から就労目的で不法に入国しているというのだ。
■ マニラ市内に中国カジノ産業の拠点
こうした海外での不法カジノの拠点としてマニラ南郊のカビテにある「フィリピン・オフショア・ギャンブリング・オペレーター(POGO)」が拠点となっている、と治安当局はみている。POGO自体は開発した観光地でのカジノ運営などを業務とする組織で違法ではない。
▲写真 POGO(赤い線で囲まれた所)、フィリピン海軍基地(青い線で囲まれた所:一番上)、議会(青い線で囲まれた所:真ん中)出典:Philippines Defense Forces Forum Facebook
ここを拠点にして約2万人の中国人労働者が「オンライン・カジノ」に従事しているとされるが、このPOGOのある場所はかつて米軍も駐留したフィリピン海軍、空軍基地から約3キロの場所という。
またすでに稼働しているアラネタセンターとイーストウッドにある中国系カジノはいずれもフィリピン軍司令部のあるキャンプ・アギナルドに近く、軍関係者によると「テロ攻撃を仕掛けようとすれば、十分にその射程内である」という。
■ 国防長官、野党議員も懸念を表明
ロブレド副大統領に続いてデルフィン・ロレンザナ国防長官も中国人カジノ労働者に関して「その気になればいつでもスパイとして仕事ができる距離にあることは地図をみれば誰でもわかる」と述べて国防省として国の安全保障への影響を調査していることを明らかにした。
▲写真 デルフィン・ロレンザナ国防長官 出典:DEPARTMENT OF NATIONAL DEFENSE(フィリピン政府)
その上で「入管当局や法務当局、労働当局などは中国人の入国を一時制限することも検討すべきだ。また現在カジノで働く中国人労働者の身元確認、滞在許可の有無などもきちんと調べることも必要だ」の考えを示し、中国人不法労働者、特にカジノ関連ビジネスの従事者に厳しい姿勢を示すことを求めている。
下院の野党議員であるエリック・ピネダ議員は「インクワイアラー」紙に対し「不法労働している中国人労働者は多くが短髪で体格がよく、まるで兵士のようである」として不法入国してくる中国人労働者の中に中国軍関係者が紛れ込んでいる可能性にまで言及している。
ロレンザーナ国防長官は「個人的にはあまり心配していないが」としたうえで「南シナ海問題でフィリピンは中国に対して不信感を抱いている。それだけにこのカジノで働く中国人労働者がスパイになりうるとの警戒感を持つことは仕方ないことだと思う」として中国側にも理解を求めている。
■ 東南アジアがオンライン・カジノの拠点化
「インクワイアラー」によると、在フィリピンの中国大使館は最近出した声明の中で「カジノは中国では違法行為であり、マニラにある中国本土の中国人を対象としたオンライン・カジノで働く中国人も違法である。フィリピン当局にはこうした中国人の不法労働者の摘発を要求する」としており、フィリピン側の厳正な対処を求めているという。
東南アジアではフィリピンに限らず、タイやカンボジアでも中国人によるオンライン・カジノやインターネットを通じたいわゆる「オレオレ詐欺」のような詐欺行為が頻発している。
特にフン・セン政権が親中政策を取っているカンボジアでは連日のように不法滞在、不法就労の中国人が検挙されて中国本土に強制送還されているが、その数以上に観光ビザを持った中国人が入国してくるという事態が起きており、地元警察も頭を抱えているという。
▲写真 フン・セン首相 出典:ロシア大統領府
こうしたネットでの詐欺犯罪やオンライン・カジノで働く中国人に対し、「軍事基地や施設へのスパイ容疑」が浮上したのは今回のフィリピンが初めてで、関係国でも同様の懸念が心配されている。
トップ写真:カジノ(イメージ)出典:Flickr: Marco Verch
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。