米から学ぶ新型ウイルス対策
植木安弘(上智大学総合グローバル学部教授)
「植木安弘のグローバルイシュー考察」
【まとめ】
・日本では非常事態宣言の適用地域と業種が不十分である。
・検査キットの不足、医療体制の充実等に民間が関与すべき。
・一般市民の意識、また政治のリーダーシップが問われている。
ニューヨークを中心に米国の新型ウイルス対策の正と負の側面を見てきたが、日本の現在の対策を見ていると米国を含めた諸外国の教訓をまだ十分に学んでいないと思われる。
1.非常事態宣言の部分的適用
政府の非常事態宣言は大都市を中心に7つの都府県に適用されたが、名古屋や京都など感染が拡大している都市が外された。現在これらの都市が非常事態宣言の適用を政府に要請しているが、適用範囲に加えられたとしても、それで感染が収まる状況にはない。
日本はカリフォルニア州のサイズであり、交通網は全国に渡っているため、人の移動を全て制限することは出来ない。非常事態宣言は全国に適用すべきであろう。
▲写真 緊急事態宣言の対象区域への追加に関する要望を受け取る大村知事 出典:大村知事Twitter
2.宣言適用除外の業種
米国で「ロックダウン」が適用されている中でも、必要不可欠な業種は行動制限から外されている。スーパーやコンビニなどの食料小売り店、テイクアウトや配達可能なレストランの営業、公共交通機関、政府や医療機関や薬局、警察などの安全確保の機関、金融機関、ガソリンスタンド、電力や燃料確保に必要な業種などである。
しかし、東京都が4月10日に発表した生活インフラに必要として発表した業種の中で、例えば、理髪室や美容室、飲食店や喫茶店など店内で食事ができるところは営業が認められている。人の近接接触が避けられないため、米国でも一時は6フィート(1メートル80センチ)の距離を設けて営業しているところもあったが、結局閉鎖に持ち込まれた。日本では小規模経営者が多いため、経営困難への配慮をしたものと思われるが、これでは感染拡大を止めることは出来ない。休業補償で対処する他ない。
3.検査キット
米国の感染拡大の一つの大きな原因は、検査キットの不足だった。米国疫病対策予防センター(CDC)が独自に開発した検査キットが不正確でこれを修正するのに一か月ほどかかった。さらに、当初政府の限られたラボでの検査だけだったため、時間がかかる上に、民間施設にある多くの医療機関が活用されなかった。
3月中旬に感染が急速度で拡大する中、やっと民間医療機関による検査キットが許可された。この遅れで貴重な時間を失った。その後、簡易の検査キットで民間の医療機関やドライブ・スルーなどの活用で短時間の検査が可能となった。検査の拡大は感染者の拡大につながったが、感染者を早期に隔離するのに役立っている。
日本の場合、検査の数の諸外国の比べ極端に少ない。発症が疑われる人だけに検査を行っているが、点ではなく面で検査を実施しないと、感染している人を早期に発見することは出来ない。4月9-10日の時点での検査数は、米国が200万近く、日本が約7万。ちなみに、韓国の場合は、3月中旬の時点で既に検査数が25万に達していた。日本は簡易に検査できる検査キットや検査所を大幅に増やすべきだ。
▲写真 コロナウイルス検査の様子(イメージ) 出典: PIXNIO
4.医療体制
米国では、3月中旬以降の感染者数の驚愕的増加に伴い、医療崩壊が起きている。N95医療用マスクの不足、人口呼吸器の不足、保護服の不足、病棟や病床の不足などだが、特に人口呼吸器の不足が一番深刻な問題となった。人口呼吸器は肺炎に発達した重症患者にとって命を守る最後の手段だが、それでも米国では8割が死亡すると言われている。
日本での感染者数は、米国の約50万人に対し、僅か6千人だが、既に医療崩壊の危機が叫ばれている。4月に入り感染者数が急増しており、これからさらに急増が見込まれる中、日本も緊急の医療体制拡充に乗り出さなければならない。
米国では当初民間企業に人口呼吸器やその他の医療機器や用具の製造を許していなかったが、民間企業の支援を必要とせざるを得なかった。日本の企業も、医療体制の早急な充実に寄与すべき体制を整える必要がある。
5.人員の確保
米国で大きな問題となったのが、医療関係者の感染や死亡である。その中には医者や看護師などが含まれる。米国で一番の感染地となっているニューヨークでは、遂に退職した医療関係者に呼びかけボランティアを募った。また、警察は、約15パーセントが感染あるいは濃厚接触者との接触の関係で欠勤となっている。通勤電車や地下鉄など公共交通機関の従事者も多くも同様に欠勤となり、これまで平日でも土曜日の休日スケジュールにしていた通勤電車は1時間に一本程度になり、地下鉄も約40分待ちになったと言われている。
日本の場合、電車や地下鉄は「3つの密」(密閉、密集、密接)を避けるのが極めて難しい。日本は米国よりも鉄道従事者の衛生管理は良く出来ているにしても、非常事態宣言下、運行数を削減して、鉄道従事者の労働負担を削減して感染の危険度を下げるべきである。日本はまだ医療崩壊に至るまでになっていないが、ギリギリのところに来ていると言われており、急速の感染者の拡大に備えて、医療関係者についても今から補充体制を真剣に考えるべきであろう。
6.人々の態度
米国では、イタリアやスペインなどで2月末から急速な感染拡大と死者の増大が起き、医療崩壊も起きていたのに、対岸の火事とばかりにほとんどの人は普段と変わりない生活をして、十分な対策を講じて来なかった。3月上旬に至ってもレストランやバー、娯楽施設は人込みに溢れていた。
ニューヨークでは、マスクをしたアジア系の女性が暴力に遭う騒ぎが注目されたが、新型ウイルスの脅威に対する理解が欠けていた。新型ウイルスは主に接触感染が感染経路で、スパイクがリン脂質(油)から出ていることから、特に手に付着して、それが体内に入ることが多い。そのため、暑いお湯や石鹸で手洗いをすることが極めて大事であるが、米国人は手洗いの慣行が希薄だった上に、真剣にマスクや手洗いの重要性に気を留めなかった。
日本の場合は衛生への態度は評価されるが、人と物理的距離を置く「社会的距離」に関しては、あまり真剣に実行してこなかったのではないかと思われる。居酒屋やカラオケ、バー、ナイトクラブなど、3つの密を避けて来なかったことからクラスター感染が頻繁に起こるようになった。
3月下旬の東京の雰囲気は、3月上旬のニューヨークに似ていた。東京都は週末の不要不急の外出制限を訴えたが、平日の外出制限は出していなかったので、有効な手立てとはならなかった。感染の拡大は時間の問題であった。
7.政治のリーダーシップ
米国では、トランプ大統領が米国内での感染発覚当初から、2020年秋の大統領選挙での再選を意識して感染の危険性を過少評価してきた。3月上旬になっても感染拡大を阻止する体制は万全だ、感染は間もなく収束する、といった発言を繰り返して、自ら感染症への態度を疎かにした。
選挙ラリーを続け、外国の要人とは握手し、その中から感染者が出ても直ぐには対応しなかった。自ら検査を受けた時には、既に米国での感染は飛躍的に拡大していた。3月末に至って驚愕的な数字となっても、4月イースター(4月12日の復活祭)までには落ち着くと言ったりした。
やっと事の重大さと自らの再選への悪影響に気づき、先陣に立って記者会見を行うようになったが、感染の専門家の見解と異なる言動が目立ち、共和党員の中でも懸念の声が上がるようになった。
▲写真 休業要請に関する東京都との調整について会見をする安倍首相 出典: 首相官邸Twitter
日本の場合も、当初から新型ウイルスの脅威を過少評価していたのではないかと思われるところがある。4月に公式訪問を予定していた中国の習近平主席への配慮があったのではないかといった憶測や、夏のオリンピックへの影響を恐れて対応を遅らせていたのではないかといった憶測まで流れた。
実際に、より真剣な対策が表立って現れたのは、オリンピックの一年延期後だった。それまでに、隣の韓国では真剣な取り組みが行われ、感染拡大をかなりの程度に抑えた。その効果もあり、4月15日の国政選挙を実施することになった。日本の場合、中央集権体制が強く、東京を含めた地方自治体の努力だけでは十分な対応が出来ない。政治的利害を超えた政治の強いリーダーシップが求められる。
トップ写真:官民金融機関との会談の様子 出典:首相官邸Twitter
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この記事を書いた人
植木安弘上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授
国連広報官、イラク国連大量破壊兵器査察団バグダッド報道官、東ティモール国連派遣団政務官兼副報道官などを歴任。主な著書に「国際連合ーその役割と機能」(日本評論社 2018年)など。