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.国際  投稿日:2020/5/3

NY、コロナで広がる生活不安


柏原雅弘(ニューヨーク在住フリービデオグラファー)

【まとめ】

・光が戻りつつあるニューヨーク。それでも感染者・死者数は高水準。

・各種申請手続きは困難極まる。家庭内暴力・依存症問題も深刻化。

・遺体を臨時に冷凍安置するトレーラーの横が子どもたちの遊び場に。

 

今日は春の長雨の後の久しぶりの晴天。

だが季節感を満喫することなく、5月になってしまった。

ニューヨークで外出制限令がでてから、40日が過ぎた。ここでのコロナ禍のピークは過ぎたとは言われている。それを受けてか、街で閉店していたかのように見えたお店が様子をさぐりながら、という感じで徐々にだが再開し始めたのが目につくようになった。天気の良い日は、心なしか、街全体の雰囲気が明るくなり始めた気もする。

だが、それは、春が終わり、暖かくなってきた季節が見せてくれる幻なのか。

ずっと、心の底に沈殿している黒いかたまりがある。

そのどんよりとした気持ちからは片時も解放されることはない。

コロナ禍を受けて、先月ニューヨーク市にFEMA(連邦緊急事態管理庁)が開設したコンベンションセンターの病院が先日閉鎖、ハドソン川に接岸されていた海軍の病院船も撤収、ニューヨークを離岸した。

いずれも最後の患者が退院したからだという。結果から言えば、これらの臨時病院はその機能を最大限活かすこと無く、その役目を終えた。

▲写真  米海軍の病院船は役目を終えすでにニューヨークをあとにした。写真はニューヨーク到着時(2020年3月30日)出典: Navy Medicine

これらは「常に最低最悪の状況を想定して備える」アメリカ政府のマニュアルによるものであった。最大限活用されなかったことで、最初に推測された最悪の状況は回避されたとは言えるだろう。

だが、昨日(5月2日)の段階でも州全体の新規の入院者数は900人以上、死者も一時期の一日700人を超えていた時期からすれば減ったとはいえ、毎日300人近い人が亡くなっており、依然として信じられないくらいの高水準であることには変わりがない。

▲写真 病院裏の「臨時遺体安置用冷凍車」。通りは冷凍車のために閉鎖されている(2020年5月2日)著者撮影

見かけの印象だけでも最悪の状況から抜け出つつある中、「過去の日常」を失った人々の生活を取り巻く困難が浮き彫りになりつつある。

5月最初の日。

ニューヨークでは賃貸住宅居住者による、家賃の免除を求める「デモ」が行われた。州都アルバニーのクオモ州知事の邸宅の周りではキャラバンが組まれ、ニューヨーク市内では参加者が車列を組んで車内から家賃の免除を訴えた。時節柄、オンラインでの参加者も多かったという。

現段階では行政命令で「家賃の支払いを90日間猶予する」ということになってはいる。だが、家賃の支払いを延期できても、支払いを免除されるわけではない。しかし、仕事が無いのにその猶予された家賃をどうやって払うのか。逆に、立場を変えて建物を管理する側からすると、その間の建物を維持する費用は誰が面倒を見てくれるのか(例えば、ニューヨークのアパートの水道代は大家の側の負担とするところが多く、家賃に含まれているという解釈)。根は深い。

私も家賃の支払いが出来ない住人の一人だ。2月から全く仕事が無い。ニューヨーク市内だけでも40%の人々が4月の家賃が払えないという。

他にもクレジットカードを始め、各種ローン、電話代、インターネット接続費の支払いもできずにいる。特にインターネットは、子供のオンライン授業でどうしても必要なため、真っ先に支払い手続きの延期を申し込んだ。ただ、これらも支払いを免除されるわけではない。

だが、それら申込手続きが困難を極める。私の場合、インターネット業者にでさえも、最終的にオンラインで担当者とのやり取りが出来るまでに5時間、待たされた。

つながらないのはそれらのサービスだけではない。

140万人ともいわれる州の失業保険の申請はさらに過酷だ。電話申し込みは全くと言っていいほどつながらない。オンライン申請が推奨されるのでやってみたが最初のうちは申請のページにたどりくことさえ困難だった。ようやく申し込みが出来て「72時間以内に確認の電話をします」とのメッセージが出てからもう一週間以上が過ぎている。私の周囲の申し込みをした人たちに聞いてみると、誰ひとりとして電話を受け取っておらず、当然の事ながら保険を受け取ったという人もいない。

日々の現金が底をつきつつある。この先どうなるのか。考えるだけですべての気力が失われる。

生活はどうなるのか。家族はどうなるのか。

先週クオモ州知事からニューヨークの学校の新学年度(9月)までの休校が発表された。すでに夏休みにも相当する期間学校に行っていない息子が、さらにこの先の4ヶ月間、家にいることになる。オンライン授業を充実させるとのことだが、問題はそこだけではない。

近所の病院のうらを通りかかって驚いた。

遺体を臨時に冷凍安置するトレーラーのために閉鎖されたストリートが広場と化し、親に見守られながら子どもたちが遊んでいる。その笑顔の屈託の無さにさらにショックを受けた。「学校へ行く」「遊ぶ」という日常を奪われてしまった子どもたち。困難を抱えているのは大人だけではない。

▲写真 「臨時遺体安置用冷凍車」の近くで遊ぶ子どもたち(2020年5月2日 米・ニューヨーク) 著者撮影

外出もままならないことから始まり、生活全般に不自由があって皆がストレスを抱えている。

▲動画 「コロナ禍のNY 仮設死体安置所と隣り合わせ~病院裏の日常と非日常~

ニューヨーク州で家庭内暴力の増加も深刻だ。3月は通常に比べて15%、4月は30%の増加、とクオモ州知事は会見で述べている。薬物依存、アルコール依存も深刻な問題として認知されつつある。この先、変容する社会はこれらをどう受け止めて行くのだろう。

テレビで聞きたくないニュースも見た。

先月、ニューヨークの病院に勤務する緊急医療チームの医師が自殺したという。職務を離れてノースカロライナの家族のもとに帰り、その後職場復帰する直前だった。うつなどの前歴は無く、献身的に働き、とても仕事に熱心だった。自殺の原因については触れられていない。

4月30日、NBCニュースが調査した公文書によれば、トランプ大統領は、4月20日の会見で新型コロナによる死者は今後、5万人から6万人だろう、と述べた翌日に10万人分の死体収容袋を業者に発注した、という。加えて遺体の臨時安置用トレーラー200台の公開入札も始めたという。そのトレーラーは「53フィート(およそ16メートル)、容積3600立方フィートのもの」との指定付きだという。

遺体収容袋の発注を受けた会社の代表は「注文がキャンセルされることを神に祈っています」と語ったという。

無事に生き残ることは最優先だ。

そして、その先、われわれはどこへ行き着くのだろう。

何が待っているのだろう。

トップ写真:病院にあらたに到着した「臨時遺体安置用冷凍車」(2020年5月2日 米・ニューヨーク市)著者撮影


この記事を書いた人
柏原雅弘ニューヨーク在住フリービデオグラファー

1962年東京生まれ。業務映画制作会社撮影部勤務の後、1989年渡米。日系プロダクション勤務後、1997年に独立。以降フリー。在京各局のバラエティー番組の撮影からスポーツの中継、ニュース、ドキュメンタリーの撮影をこなす。小学生の男児と2歳の女児がいる。

柏原雅弘

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