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.国際  投稿日:2020/7/5

比、反テロ法で暗黒時代に回帰


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・比反テロ法」成立でドゥテルテ政権“独裁的強権政治”の懸念。

令状なしで最長24日間拘束することが可能になる。

・政治的反対勢力の取り締まりに悪用される可能性。

 

フィリピンのドゥテルテ大統領は6月3日、「反テロ法」に署名した。同法はすでに上院、下院議会をそれぞれ通過していたため、大統領のこの日の署名をもって成立となった。

テロとの戦いをより積極的に進め、国民をテロの脅威から守ることを目的とする「反テロ法」と政府側は説明するが、治安当局などに大幅な権限拡大を与えるその内容から、恣意的運用でテロ組織やテロリストだけでなく反政府運動や人権活動の団体や個人にも厳しく臨む道を開き、ひいてはドゥテルテ政権の“独裁的強権政治”につながりかねないとの批判が渦巻いている。

「反テロ法」は5月以降、下院、上院で賛成多数で可決し、あとは大統領の署名を待つだけの状態だった。この間、マニラ市内では人権団体や学生組織などによる「反テロ法反対」のデモや集会が続き、国連人権高等弁務官など国際社会からもドゥテルテ大統領に同法案への署名を思いとどまるよう求める声が高まっていた。

大統領府のハリー・ロケ報道官はこうした反対の声に配慮、地元紙に対して「ドゥテルテ大統領は時間をかけてこの法案をあらゆる角度から検討した上で署名した。この法案は長年フィリピン国民を苦しめ、悲しみと恐怖を与えているテロへの政府の強い意志の表れである」と述べ、改めて国民各層に対して新法への支持と理解を求めた。

▲写真 ハリー・ロケ報道官 出典:Presidential Communications Operations Office

■ 令状なしの拘束、監視、盗聴が可能に

3日に成立した「反テロ法」は、大統領が任命した閣僚などで構成される反テロ組織がテロリスト、テロ組織と認定した団体や個人を「令状なしで最長24日間拘束することができるほか、90日間監視、盗聴が可能」になる。

これはフィリピン憲法の「令状なしの拘束は最大3日まで」というこれまでの規定を大幅に延長したものであるとともに「憲法の規定との整合性」も問題となる可能性がある。

さらに同法では「スピーチ、文章表現、シンボル、看板や垂れ幕などでテロを主張、支持、擁護、扇動した場合も反テロ法違反容疑に問われる可能性」があることから、表現の自由や報道の自由が侵害される危険性が潜んでいると反対派は主張している。

同法違反で逮捕、起訴そして有罪が確定すれば最高で仮釈放なしの終身刑が科される可能性があるという。

 

■ 恣意的運用の懸念で暗黒時代へ回帰

ドゥテルテ大統領の同法への署名、成立を受けてフィリピンの主要マスコミは連日政府側の思惑と反対勢力の主張を大きく取り上げて報じている。

報道では政府側が「反テロ法は反政府勢力であるテロ活動を取り締まるための法であり、テロの脅威を封じ込めるための包括的手段」という主張を繰り返しているのに対して、国際的人権組織「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」は「政治的な反対勢力の制度的取り締まりに悪用されかねない」と反対を表明。

さらにフィリピンの人権団体「カラパタン」も「ドゥテルテ大統領が目指すのはマルコス独裁政治である」としたうえで「忌まわしい法の成立でマルコスの妄想を描いたパズルの最後の1ピースが埋まった」との比喩でドゥテルテ大統領がマルコス独裁政治の暗黒時代を再び招来しようとしていると手厳しく非難している。

▲写真 紛争に関して第4軍団本部第6部の第4歩兵部隊にブリーフィングを行うドゥテルテ 出典:Philippine Information Agency

■ あいまいな「テロ」の定義

「反テロ法」に反対する組織や団体は「テロの定義があいまいなことが法の恣意的運用を招く」と指摘している。これに対し政府側は「死傷者を伴う国有・私有財産の破損、恐怖のメッセージの拡散、政府に対する威嚇を目的とする大量破壊兵器の使用を意図すること」などと「テロ」を定義している。

しかし反対派などはたとえば「恐怖のメッセージ」とある政府の「テロ定義」について「恐怖とは誰が恐怖と感じることでどういう内容なのか」と具体性の欠如が「幅広い解釈を可能にして恣意的に運用される危険性につながる」などとしているのだ。

同様に「大量破壊兵器」が具体的にどのような兵器を想定しているのかも「不明であり、どうとでも解釈できる余地が残されている」と指摘する。

 

■ 国会でも渦巻く賛否両論

主要紙「インクワイアラー」は7月4日、「強い反対を押し切って大統領が署名」との見出しで「反テロ法はフィリピン憲法が保障する国民の基本的人権や政治的権利を侵害する恐れがある」との人権活動家の声を伝えた。

また上院では反テロ法に反対票を投じたフランシス・パンギリナン議員は「ドゥテルテ政権は発足のその日から過酷で権威主義的な指導力を発揮している。超法規的殺人を含めた麻薬対策、ミンダナオ島での長期の戒厳令、そして今回は反テロ法だ」とドゥテルテ大統領を批判する声明を発表した。

これに対し「反テロ法」の提案者の一人でもあるビンセンテ・ソトⅢ上院議員は「ドゥテルテ大統領が法の重要性を理解してくれたことを歓迎する」と述べ、元国家警察長官のパンフィロ・ラクソン上院議員も「他の政権では成立しなかった法案だろう。今後法の執行には細心の注意と努力が求められる」として大統領の署名を歓迎している。

このようにフィリピン社会だけでなく議会の中にも賛否がある「反テロ法」だけに、今回の大統領による署名で最終的に成立したこと受けて、法執行機関や警察・軍といった治安当局が今後テロ対策でどこまで国民や議員の間に残る不安や反対を解消、説得することができるかが問われることになる。

トップ写真:ドゥテルテ大統領 出典:Presidential Communications Operations Office


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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