トランプ姪暴露本、目的は再選阻止
大原ケイ(英語版権エージェント)
「アメリカ本音通信」
【まとめ】
・トランプ姪の暴露本、トランプの性格は家庭環境によるものと説明。
・トランプの性格を決定づけたのは父親フレッドの存在。
・姪の執筆目的はトランプ氏の再選阻止。
ドナルド・トランプ米大統領とその政権の腐敗ぶりに関する暴露本はこれまでに何冊も出されてきた。それぞれに、大統領の人望のなさ、歴史や政治のしくみについての無知ぶり、いけしゃあしゃあと嘘をつく態度など、ショッキングとされるエピソードが紹介され、その度にトランプ大統領はそれがhoaxだ, fakeだのと否定する傍で、刊行停止を求める訴訟を起こしてかえって売り上げを煽る結果になってきたのも同じだ。
その間もトランプ政権の支持率は40%前後と、歴代大統領と比べて低いながらも安定し、もはやどんな暴露ネタもコアな支持者には響かなくなっている。だが今回、彼の姪であるメアリー・トランプが上梓した、”TOO MUCH AND NEVER ENOUGH” は他の暴露本とかなり毛色が違う。
写真)TOO MUCH AND NEVER ENOUGH
40代で亡くなったドナルドの兄であるフレディー・トランプの娘が書いたトランプ一族のストーリーは、どんな家庭環境の影響でトランプがここまで悪し様に言われるような人物になったのか、その「なぜどうして」に光を当てており、これまでの暴露本と全く違う説得力をもって読者を引きつける。
発売日に95万部売れたと報じられ、これは同じ版元サイモン&シュスターから刊行されたボブ・ウッドワード著『FEAR 恐怖の男:トランプ政権の真実』をもしのぐ売れ行きとなっている。
既にマスコミにも取り上げられたエピソードは主に以下のものだ。
・地元の大学から名門ペンシルバニア大学に転校したかったトランプは、替え玉に金を払ってSAT(大学入試用共通試験)を受けさせた。
・7歳の時、食事の際に弟をいじめるのをどうしてもやめなかったので、堪りかねた兄がトランプの頭にマッシュポテトをぶちまけた。さらにこのエピソードが一族の昔話となった後でも一家の笑い者になったことを根に持っている。
・親の期待に応えきれず、アル中となって心臓を患った兄が死んだ夜に映画を観にいった。
・最期はアルツハイマーが悪化し、ボケた父親から遺産の決定権を奪おうとして画策した。
・2018年にニューヨーク・タイムズがトランプ一族の脱税を暴いてピューリッツァーをとったが、この際に情報提供をしたのはメアリー・トランプだった。
写真)メアリー・トランプ氏
出典)@MaryLTrump
さらにこの本は臨床心理士の資格を持つ著者が、トランプの精神状態を専門的に検証している。アメリカにはゴールドウォーター法と呼ばれる不文律があり、直接患者を診察せずに診断を下すことはルール違反とされている。
・既に指摘されているように、ナルシシズムの疑いがある。
・父フレッドと同じソシオパスであり、反社会性パーソナリティー障害者である。
・さらに他人の承認を得るためにはなんでもする依存性パーソナリティ障害もある。
そしてこのトランプの性格を決定づけたのは、父親フレッドの存在に他ならないと断言している。フレッドの期待に応えられなかった自分の父親は追い詰められ、アルコール中毒となり、心臓を患って死んだとしている。その一方で、ドナルド・トランプは自分の弱さや素直な感情を抑え込み、父親から「キラー(勝者の感を持つ漢)」だという承認を得られたのだと説明している。
写真)フレッドトランプ(右から2番目)
出典)ブルックリン・イーグル
このように、真っ向から叔父を批判しているだけの内容ではないのだが、トランプ支持者を中心にメアリーに対する誹謗中傷も加熱している。だが、父フレディーの死後、2003年に遺産相続で和解した際、のちに10億ドル近いと判明した祖父フレッドからの遺産は300万ドルしか受け取っておらず、その後は一族と自ら距離を取り、自分の人生を生きてきた。今さら金への執着も、家族への恨みもそこには感じられない。
今回の本の執筆の動機としてメアリーは、トランプ政権の移民政策でメキシコ国境で親子が引き離されたことや、コロナ禍に対応する政策を怠ったために何万人もの死者が出ていることに心を痛め、トランプの再選を阻むために決意したとインタビューで語っている。また、最終的にどのぐらいの印税になるかはわからないが、困っている移民や、コロナで失業した人たちを助ける目的に使いたいと言っている。
注目すべきは著書の中でも、インタビューでも、メアリー・トランプは一度たりともトランプ大統領を「大統領」「叔父さん」と呼んでいないことだ。他の親族に対しては「私の叔母のメリアンが〜」と呼んでいるのに対し、一貫して「ドナルド」だ。ちなみにトランプはこのファーストネームで呼ばれるのを嫌っており、就任まえから周りの者には「ミスター・トランプ」と呼ばせている。どこかの首相が親しいことをアピールしようと「ドナルド」と繰り返してたが。
本の題名も様々に訳されているが、著者の意図するところはふたつあり、ひとつは祖父フレッドにとってどんなに不動産業で稼いでも、富はこれで十分ということがなかったといことを指している。そして、そのフレッドは息子たちには目をかけ、跡取りとして期待をしすぎるほどしたが、息子を可愛がり、そのままの息子たちを受け入れる愛情はまったくなく、父であるフレディーと、ドナルドはそのせいでそれぞれに破壊されてしまったということだ。
トップ写真)トランプ大統領
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この記事を書いた人
大原ケイ英語版権エージェント
日本の著書を欧米に売り込むべく孤軍奮闘する英語版権エージェント。ニューヨーク大学の学生だった時はタブロイド新聞の見出しを書くコピーライターを目指していた。