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.社会  投稿日:2020/8/27

高知東生氏自叙伝「生き直す」発売に寄せて その2 生い立ちと心の傷を知る


田中紀子(ギャンブル依存症問題を考える会代表)

【まとめ】

・高知東生氏の自叙伝にはその複雑な半生がつづられている。

・依存症者は10代までに様々な逆境体験をしている人が少なくない。

・「失敗しても再起できる社会」は依存症患者や家族の願い。

 

高知氏と出会って以降、頻繁に連絡を取り合うようになった。そして回復プログラムの定石通り、生い立ちや、これまでの人間関係、薬物を使うきっかけ、薬物をどんな風に使いなぜやめられなかったのか?を詳細に分ちあっていった。

高知氏と分かち合いをしていく中で、今回の自叙伝にも書かれている、小学校5年生まで両親はいないと言われ、親類の家に預けられ淋しい思いをしてこられたこと。お父様が任侠団体の組長、それも日本中を抗争事件で騒がせた某団体の最高顧問にまで登りつめた大物であること。お母様はその組長の愛人で高知氏が17歳の時に自殺されたこと。そしてその時に父親は実父ではないと戸籍を見て初めて知った。・・・などの話を伺い仰天した。

TVで垣間見るあの明るい、そしてどちらかと言えば軽いノリの高知氏からは想像もできない壮絶な話が次から次へと語られ、「あぁ、この人は本当に我々の仲間なのだ。」と実感した。

というのも私たち、依存症者には10代までに様々な逆境体験をする者が少なくない。その時の悲しみや苦痛から逃れるためになんらかの考え方のクセやゆがみが生まれ、その考えに縛られるために自分で自分の人生を苦しめてしまうことがある。

例えば、虐待を受けている子供が理不尽な暴力を受けるのは「自分が悪い子だからだ。」と自分で自分を納得させるしかなく、その結果大人になっても人間関係でもめると「自分が悪いのでは?」と思いこみ相手の言いなりになってしまうなどといったケースである。

そして常に自分で自分を追い込んでしまうため、その苦痛をアルコール、薬物、ギャンブルで緩和するしか方法が見つけられないと依存症になりやすい。高知氏の生い立ちには、依存症から回復する重要なポイントが隠されているような気がした。

こうして長い時間をかけ分ちあいを続けながら、一方で社会復帰についても相談しながら進めていった。高知氏は、芸能界復帰はまるで考えていなかったが、私たちとしては高知氏には表舞台に立ち発信し、尚かつやはり俳優という本業で再起を果たして欲しいという気持ちがあった。「失敗しても再起できる社会・再起を応援してくれる社会」であって欲しいというのが、依存症の当事者、家族、そして支援者達の長年の悲願だからだ。

そこでまずは芸能界うんぬんよりも、講演活動などで高知氏に回復プロセスを率直に語っていただけるよう、一度はご自分の口で薬物事件そして今の状況について説明して頂く必要があると考えていた。それをしないといつまでもマスコミに追いかけ回され、あることないことどころか、ないことないことの憶測記事が止むことがないと目に見えていたからである。

そして出会いから1か月後2019年3月に高知氏を当初の直感通りJapan In-depthのニコ生に引っ張り出すことにしたのである。

▲写真 国立精神・神経研究センター 薬物依存研究部部長松本俊彦氏(左)と高知東生氏と田中紀子氏 出典:Ⓒ田中紀子

なぜ逮捕以後一度もメディアの前に立つことのなかった高知氏を、Japan In-depthのニコ生に出て貰おうと考えたのか理由は3つある。

まず一つ目は、すでに筆者自身がギャンブル依存症問題についてこちらのニコ生に出演させて頂いており、編集長の安倍さんを信頼していたこと、ユーザーさんの質が良く叩かれやすい依存症問題を理解してくれる方が多く、感情論の誹謗中傷コメントがあまり来ないことを知っていたからである。

二つ目は、ワイドショーなど地上波メディアに持ち込むことはいくらでもできたが、地上波では勝手に編集されることで私たち依存症者及び支援者は何度も煮え湯を飲まされており、編集なしのニコ生に出演することが一番視聴者さんに正直な話が届くと考えたからである。

そして三つ目の理由は、何と言っても高知氏の状態である。あれだけ日本中に叩かれる経験をすると人は誰でも自信を失う。その上、高知氏の場合は自業自得とご自身が一番ご自身を責めており、自尊心どころか自分の存在自体を否定しているように思えた。出会いの際に必死になって「執行猶予が切れるまでは、一人で頑張ります。」と仰ってきたギリギリ感は、自死を選ぶ仲間を見てきた私の経験上「このままでは死んでしまうかも」と本気で感じていた。

そこで最初にメディアに出るのなら、高知氏にとって安全で安心できる雰囲気の中で今の思いを語って貰い、語ることで突破口を開こうと考えたからである。

そこでニコ生には、安倍編集長と筆者と高知氏の主治医である、国立精神・神経研究センター 薬物依存研究部部長の松本俊彦先生にもご登場願うことにした。こうして「緊張する」としきりに言っていた高知氏の守りを固めることができ、なんとか逮捕後初めて公の場でご自身を語って貰うことに了承を取り付け、放映日は3/20と決まった。

ところがここまで準備が進んだところで、決意を揺るがす大きな出来事が起きた。

他ならぬ俳優でありアーティストでもあるピエール瀧さんが3/12にコカイン使用の罪で逮捕されたと一報が入ったのである。これにより芸能界は大騒ぎになり、自粛の嵐が吹き荒れていった。

▲画像 「生き直す」 出典:amazon

▲動画 Japan In-depthチャンネル「薬物問題を知ろう!」 https://youtu.be/qfhk_pOnpuE

その3に続く。その1

トップ写真:高知東生氏と田中紀子氏 出典:Ⓒ田中紀子


この記事を書いた人
田中紀子ギャンブル依存症問題を考える会 代表

1964年東京都中野区生まれ。 祖父、父、夫がギャンブル依存症者という三代目ギャンブラーの妻であり、自身もギャンブル依存症と買い物依存症から回復した経験を持つ。 2014年2月 一般社団法人 ギャンブル依存症問題を考える会 代表理事就任。 著書に「三代目ギャン妻の物語(高文研)」「ギャンブル依存症(角川新書)」がある。

 

田中紀子

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