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.政治  投稿日:2020/8/28

潜水艦に瑞祥動物は不向き


文谷数重(軍事専門誌ライター)

【まとめ】

・ 海自は潜水艦に日本海軍の空母艦名を踏襲させようとしている

・ しかし、艦名として馴染みのない漢語艦名が連続してしまった

・ 主力艦にふさわしい名前を与えるなら固有語の利用が望ましい

 

瑞祥動物の名前採用は失敗ではないか?

海自は潜水艦の命名規則を改めている。以前は「くろしお」「うずしお」と「潮」で統一されていた。それを15年ほどまえに瑞祥動物つまり竜や鳳凰の名前も使えるように改められた。日本海軍の空母名を踏襲するためだ。

しかし、この改正は今一つとなった。これは「そうりゅう」型の迷走で明らかである。「龍」で統一したものの3番艦以降は馴染みがない艦名が連続したのだ。

▲写真 潜水艦「うんりゅう」 瑞祥動物採用は空母名の踏襲を図ったものだ。ただ「そうりゅう」型の艦名は漢字表記なら蒼龍、雲龍、剣龍、瑞龍、黒龍、神龍、赤龍、青龍、昇龍、黄龍、闘龍であり踏襲できたのは最初の2隻だけである。 出典:海上自衛隊ホームページ

なぜ、艦名変更はうまくいかなかったのか?

瑞祥動物は主力艦の名前に向かないからだ。第1は由緒艦名の少なさである。第2は漢語としての座りの悪さである。第3は名前のちから強さの欠落である。

 

■ 現代の主力艦、潜水艦

潜水艦は海自にとって最も重要な戦力である。

なによりもその効用は大きい。潜水艦は海を自由に使わせない力を持つ。潜水艦を送り込んだ海域では敵対国の艦船活動を大幅に制約される。また敵対国海軍に海域での対潜戦も強要できる。それにより日本正面への戦力集中を困難にできる。

そのため好待遇が与えられている。乗員の給料は護衛艦乗員や海自パイロットよりも手厚い。基地も充実している。例えば潜水艦ごとに陸上事務室や倉庫が用意されている。極めつけはビジネスホテル水準の乗員待機所である。艦内居住となる下士官兵むけの陸上宿舎が準備されているのである。

▲写真 横須賀潜水艦基地隊。米海軍基地内に建っている。後ろにある赤い丸屋根の建物が乗員待機所である。潜水艦は狭く停泊中にも艦内で寝起きするのは厳しいため(使用が)認められている。 出典:Google Earth

艦名規則の変更も高待遇の一つである。潜水艦は今日の主力艦となった。だからふさわしい艦名として日本海軍の空母艦名を与える。そのために命名規則を瑞祥動物名に改めたのである。

 

 由緒艦名が少ない

だが、瑞祥動物名の採用は失敗した。

理由の第1は由緒艦名の少なさだ。瑞祥動物の殊勲艦名は2隻あるいは4隻と案外に少ない。

文句なしの殊勲艦は2隻だけだ。「蒼龍」「飛龍」だけだ。正々堂々と戦って沈んだ「瑞鳳」「祥鳳」を足しても4隻だ。

それ以外は不運の印象がつきまとう。「大鳳」「雲龍」(*1)  はあきらかにそうである。また建造や改修の経緯から「龍鳳」も近い印象がある。この3隻は使いにくい。(*2)

その他は瑞祥動物では括れない。

殊勲艦で示すなら「赤城」「加賀」「瑞鶴」「翔鶴」はそうだ。前二者は山岳名と律令国名、後二者は吉祥だが実在動物である。

それに次ぐ活躍をした六隻も同様である。「隼鷹」「飛鷹」も実在動物に近い。「鳳翔」と「龍驤」は形容詞的艦名である。「千代田」「千歳」は縁起地名ともいうべき艦名だ。

▲写真 軍艦飛鷹(ひよう)「飛鷹」は横須賀にある比与宇との通音で選ばれたようにも見える。「秋月」が江田島の秋月との関連があるように見えるのと同じである。ちなみにどちらも弾庫が存在する。 出典:Wikimedia

瑞祥動物では掛け値なしの由緒艦名は4隻分しか確保できないのである。旧空母名すべてを踏襲しても7隻しかない。吉祥動物として鶴と鷹を含めても11隻しかないのだ。

対して潜水艦保有数は24隻まで増加する。その点で潜水艦に由緒艦名を与えるには不適当な命名基準なのである。

 

■ 漢語艦名として座りが悪い

第2は漢語としての座りの悪さだ。瑞祥動物を名前とすると造語は避けられない。由緒艦名も少ないが動物名そのものも少ない。そして造語をすると和臭を伴う微妙漢語になりやすい。

「そうりゅう」型3番艦以降はそうなっている。はっきり言えば微妙な造語である。

なにより安直だ。「龍」の前に色を付す。あるいは日本海軍に倣い「瑞」「翔」をつける。または勇猛となるように「剣」と「神」と「闘」を前置した形である。

本来なら漢籍の裏付けが必要だ。軍艦名の「蒼龍」は『史記』の五帝本紀から「飛龍」は『易経』の「飛龍在天、利見大人」から取っている。

それを海自はやっていない。例えば「けんりゅう」は漢籍の裏付けを全く欠く。それ以外の艦名も四書五経には出てこない。正史まで広げて出てくるかどうかだ。(*3)

艦名としての収まりは悪くなるのは当然なのだ。

 

 ちから強さを欠く

第三はちから強さの欠落である。

これも瑞祥動物を採用した結果だ。実物が存在しない動物の上、言葉として馴染みがない名前となった。そのため重みがない名前となってしまった。

もともと艦名は和語であった。明治海軍以降はおおむね固有語、やまとことばが宛てられた。なかでも雅な語句を選んで艦名とした。「敷島」や「初瀬」「八雲」「千早」はその好例である。(*4)

だからちから強くなった。日本語話者には風格ありしかも口馴染む艦名となったのだ。

漢語艦名ではそれは見込めない。明治海軍が例外的に命名した「清輝」には風格や力はない。この点で不適なのである。

これは空母艦名も変わらない。大正期以降に幕末以来の漢語艦名が復活した。だが当時としても一品下る艦名であった。鳳凰、龍、鯨は直接敵と砲火を交えない二線級の軍艦向けとして航空母艦や潜水母艦に用いられたのだ。

「蒼龍」や「飛龍」も本来は二線級の艦名なのである。

▲写真 軍艦蒼龍(そうりゅう)今日では「蒼龍」や「飛龍」にはありがたみがある。ただ、それは戦争中の活躍により艦名が人口に膾炙し聞き慣れて馴染んだ結果だ。写真は八王子鼻-南無谷の東京湾マイルポストで速力試験中の様子。 出典:Wikimedia

これは後の基準変更からも窺える。日本海軍は戦争中に空母艦名を山岳名に改め「天城」や「葛城」の伝統艦名をつけた。これは空母の待遇改善である。つまり山岳名は龍、鶴、鳳、鷹の名前より価値が高いのだ。

 

■ アイヌ、沖縄を含めた固有語がふさわしい

潜水艦の名前に瑞祥動物は向かない。

主力艦にふさわしい艦名を与えるなら固有語の名前を使うべきであった。

今ならば「かぜ」である。命名規則上で空いており近いうちに既存艦2隻も退役する。

そうすれば由緒艦名が使える。古語の「天津風」「時津風」、王朝文学に由来する「松風」や「野分」、そしてなにより「雪風」以下の殊勲艦名が利用できる。

なお、固有語利用では沖縄やアイヌへの配慮も必要である。和語利用はヤマト民族やヤマト人のエスノセントリズムの押し付けでもある。それを避けるにはアイヌや沖縄固有語を用いる。上の例ならそれぞれの風の名前を含めるべきである。

 

(*1)「雲龍」は「そうりゅう」型2番艦の艦名に継承されている。

(*2)日本海軍の艦艇名には「福龍」も存在する。日露戦争で捕獲した水雷艇である。ただ「伏龍」との通音から海自は忌避する名前である。

(*3)中央研究院(台北)の漢籍電子文献で検索しても剣竜はヒットしない。偶然の並びで「剣、龍」が出てくるだけである。その他の艦名も四書五経では出てこない。

(*4)地名艦名には漢語起源も含まれていた。ただ言葉として咀嚼されており名前としても馴染みはふかい。

トップ写真:潜水艦「そうりゅう」 出典:海上自衛隊ホームページ


この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター

1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。

文谷数重

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