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.国際  投稿日:2020/10/8

カンボジア、米関与軍施設解体 中国と密約?


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・カンボジア海軍基地解体、中国海軍の拠点になる可能性あり。

・中国海軍のプレゼンス強化につながるとASEANから非難の声。

中国、海上交通路整備を目指し「真珠の首飾り」戦略も。

 

カンボジアが南部タイ湾に面する沿岸部に所在する米国が改修に協力して設備を供与したカンボジア海軍基地の建物が解体されていたことが、衛星写真などでこのほど確認された。

カンボジアのフン・セン政権は東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10カ国の中でもラオスと並んで最も親中政策をとっていることから、この海軍基地をいずれ南シナ海での権益主張を強めている中国海軍が東南アジア地域での拠点として使用するのではないかとの懸念も高まっている。

カンボジア政府は「元々あった海軍基地の拡大計画に伴う解体であり、外国の海軍がこの基地を使用することはない」とこうした心配の否定に躍起となっているが、中国の習近平国家主席とは蜜月の関係にあり、カンボジア国内には中国人労働者がインフラ整備や観光産業従事、オンライン・カジノなどのため大量に流入している実態がある。

このためカンボジアは実質的な「中国の東南アジア地域における橋頭保」とさえ言われている現状から、中国海軍の拠点になるかもしれないという懸念を完全に払拭することが難しくなっているのが現状だ。

 

■南シナ海に近い戦略的価値の高い港湾

カンボジア南部の港湾都市シアヌークビルにあるシアヌークビル空港南方の沿岸部に位置するリアム海軍基地は、桟橋も一つで周囲の海も水深が浅いことから小型の海軍艦艇しか寄港できず、海軍の基地としては小規模なものだ。

しかしタイ湾に面していることや中国が一方的に海洋権益を主張している「九段線」がある南シナ海南部海域にも近いことなどから戦略的価値の高い港湾といえる。

▲図 南シナ海 出典:Wikimedia Commons; Goran tek-en

ここにあったカンボジア海軍基地の施設の改修と設備拡充にかつて米国が協力したことがあった。しかしカンボジア側は9月5日から基地全体の大規模改修工事に着手し、10月1日に撮影されたとする米ワシントンにあるシンクタンクが入手した衛星写真ではこうした米が関与した建物などが事前協議もなく解体されていた。

 

■中国が30年間使用の密約との報道

リアム海軍基地を巡っては2019年7月に米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」がカンボジア政府と中国政府の間で「向う30年間に渡って同基地を中国海軍が使用できるとする秘密合意がある」と報じた。

この報道は「リアム海軍基地は東南アジア地域でプレゼンスを強めたい中国海軍の同地域初の拠点となり、南シナ海での活動の拡大につながる」とのASEAN内の懸念を裏付ける結果となり、カンボジア政府への風当たりが強まった。

しかし、この密約報道を巡ってフン・セン首相は即座に反応し、事実に反するとして激しく否定した。

▲写真 フン・セン首相 出典:ロシア大統領府

今回のリアム海軍基地内での工事に関してもカンボジアのティー・ハン国防相は「解体した建物は米軍がわずかな改修と少しの設備を提供しただけで、カンボジアの所有物である」として解体に許可も通告も必要なとの立場を示した。そして「海軍基地としてより大きな港湾設備が必要なだけである」と地元メディアに応え、解体工事と中国とは全く関係がないことを強調した。

さらにカンボジア国防省はウェブサイトに声明を掲載し「中国軍がカンボジア領内にプレゼンスを持つなどという情報は全く根拠がない」とし、その根拠として「カンボジア憲法ではいかなる外国軍隊の国内駐留を認めてはいない」としている。

このようにカンボジア側は今後拡張整備したリアム海軍基地を中国海軍が東南アジア地域の海軍拠点として使用する可能性について完全否定の姿勢を終始貫いている。

 

■憲法改正で中国駐留許可の見方も

ティー・ハン国防相が「憲法上の制約」を盾に中国海軍のリアム海軍基地使用に関して「ありえない」と公式に反論していることについて、ASEAN外交筋などからは「カンボジア政府はいざとなれば憲法を改正して中国軍駐留への道筋をつける可能性も完全に否定できない」との見方も浮上している。

一部報道でカンボジアと中国の「密約」が報じられ、衛星情報でリアム海軍基地の拡張整備計画が暴露された以上、残された手段は「憲法改正で堂々と中国海軍の基地使用を認める以外になくなってきた」からというのだ。

新型コロナウイルスが中国・武漢から中国国内そして海外へと拡大が深刻化していた1月にフン・セン首相は武漢に滞在するカンボジア人学生やビジネスマンらに対して「武漢に止まり中国政府に協力するように」と指示。2月5日にはフン・セン首相自らが北京に飛んで習近平国家主席と首脳会談に臨み「コロナ対策での中国政府に対する支援を表明」するなど親中振りを内外に強くアールした。

そうしたカンボジアだけに、「中国との密約履行のためにあらゆる選択が可能となる」との見方が根強く、東南アジアで警戒感が高まっているのだ。

 

■中国の「真珠の首飾り」戦略の一環

中国は東アジアから東南アジア、南西アジアを経て中東、アフリカに至るまでの地域を「海のシルクロード」「陸のシルクロード」として自らの経済圏構想に組み込む「一帯一路」戦略を多額の経済支援とともに進めている。

この「海のシルクロード」とほぼ重なる海域に海上交通路として整備を目指しているのが「真珠の首飾り」とよばれる戦略で、インドをはじめとする各国からは警戒感が強まっている。

中国はミャンマーのココ諸島に軍事通信施設を建設しており、インド洋への交通路確保と権益拡大の拠点としている。こうした状況でカンボジアのリアム軍港に海軍の拠点を中国が築くことになれば、タイからマレーシアを繋ぐマレー半島を挟んだ東西に中国海軍の足掛かりができることになり、海上交通路だけでなく海軍展開の根拠地という軍事目的達成に一歩近づくことになる。

▲写真 ココ諸島 出典:Flickr; NASA Earth Observatory

さらに中国はマレー半島の南端、シンガポール沖、マラッカ海峡を経由して南シナ海からインド洋に向かう航路(約2,000キロ)の大幅短縮を意図して、マレー半島で最も狭隘な「タイ南部のクラ地峡」に約50キロの運河建設をタイ政府に長年働きかけている。

もっともこの「クラ地峡運河構想」はタイ政府側が多額の費用や運河建設技術の難しさ、中国をはじめとする各国の政治的、軍事的思惑の交錯などから最終決断を示さずに長年構想段階に留まっている。

タイのプラユット首相はそんな中9月8日に「運河構想の棚上げ」と「陸路による回廊整備」方針を明らかにした。とりあえず「クラ地峡運河」を断念したことになるが、今後運河実現に向けて中国側からの多額の経済援助、技術支援などを条件にしたさらなる工作が激化するとの見方もでている。

カンボジア、タイをも巻き込んだ中国の「真珠の首飾り」戦略は穏やかなタイ湾の波を荒立てることになりそうだ。

トップ写真:カンボジアのREAM海軍基地 出典:Flickr; U.S. Pacific Fleet


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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