カンボジアで中国企業、開発合意不履行
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・カンボジア政府が譲与の造成用地を、中国企業が農民に賃貸し。
・ずさんな開発計画の背景にフン・セン政権の独裁化と親中姿勢。
・地方政府はフン・セン政権に気兼ねし、問題への対処に消極的。
カンボジア政府が中国企業にサトウキビのプランテーションを造成するためとして広大な土地を無償提供していたが、中国企業がその土地でサトウキビの耕作をすることなく周辺のコメ農家などに土地を賃貸して何もすることなく賃料を利益として得ている実態が明らかになった。
これはカンボジアの人権問題などの活動組織「カンボジア人権開発協会」が5月19日に米政府系放送局「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」に明らかにしたもので、「カンボジア政府との約束を守らないなら中国企業は土地を強制的に収用された地元農民に返すべきだ」と強い反発がでているという。
カンボジア北部のタイと国境を接するプレアビヒア州にある約40万ヘクタールの土地を、カンボジア政府は2011年に70年間の期間限定で中国の企業体「恒富集団砂糖産業」に譲与した。40万ヘクタールの土地にはプレアビヒア州内の3地方にある25村に住む数千人の農民、住民が関係し、その生活、農業、家畜放牧などが影響を受ける状態が続いていた。
カンボジア政府との間で「恒富集団」は譲与された土地に周辺地域の住民を雇用してサトウキビのプランテーションを造成することなどで合意していた。その為に中国側からは約10億ドルを投資することも当初は約束されていたという。現地では2016年にプランテーション開発の起工式が行われ、初期投資として3億6000万ドルが投入されたはずだった。
ところがその後サトウキビのプランテーション開発も造成も一向に進められる気配がなく、半ば忘れられる状態が続いていた。
▲写真 プレアビヒア州(2016年6月)
■NGO調査で農民への賃貸が明らかに
カンボジア国内の人権状況、環境問題、土地問題などを専門とするNGOの「人権開発協会」のプレアビヒア州支部が最近調査に乗り出したところ、政府が譲与した広大な土地を「恒富集団砂糖産業」は全く開発することなく、周辺の農民に土地を賃貸して農民が賃料を支払いながら米や野菜などを耕作している実態が明らかになった。
政府が譲与するために土地の所有者である周辺住民や農民などから半ば強制的に収用した土地も含まれていることから、元々は自分の土地として所有、耕作していた土地を賃料を払って耕作せざるを得ない状況も生じているという。
RFAの取材に対し、農民の1人は20ヘクタールの土地を1ヘクタールにつき年間約50ドルで借りて米を作っており、初めに半額支払い、収穫後に残りを中国企業に支払う契約になっていることを明らかにした。
こうした実態から「恒富集団」は何ら開発、造成を進めることなく無償で譲与された土地を農民に賃貸することよる収入を一方的に利益として得ているという変則的な状況が出現している。
このためNGOなどは恒富集団側に「サトウキビプランテーションを造らないならばすぐに土地を返還するべきである。そもそも中国企業には土地を農民らに貸し出す権利も法的根拠もない。直ちに土地を政府に返還し、政府は地元の元所有者に返還するべきである」と批判する事態になっている。
地元プレアビヒア州農業局に対して恒富集団側は「内部的な問題で事業は一時中断状態にあるが、2020年に再開する」とだけ説明しているという。また州知事はRFAの取材に対してコメントを拒否しているという。
■政権の独裁化と親中姿勢が問題の背景に
今回問題となっている恒富集団に譲与された土地があるプレアビヒア州はカンボジア北部にあり、2008年に世界文化遺産に指定されたヒンズー教遺跡の「プレアビヒア寺院」があることから、訪れる観光客も多い。ただインフラ整備などが遅れている地方のため、フン・セン首相率いるカンボジア政府は海外、特に親密な関係にある中国の投資、企業誘致、合弁事業などで地方の産業開発、活性化を積極的に推進している。
▲写真 世界文化遺産「プレアビヒア寺院」(2010年8月)
出典: William Brehm
しかしそうした政府による開発方針の裏では今回の恒富集団砂糖産業のように農民や所有者から土地を半ば強制的に政府が収用するケースや、誘致した企業による環境破壊、公害といった問題の発生、さらに多くの中国人労働者の流入による治安の悪化、中国本土の顧客を対象としたオンライン詐欺の拠点化など数多くの問題を抱える事態にもなっている。
そうした事態にも関わらずフン・セン首相は「親中国」の姿勢を維持しており、政府を批判する野党を非合法化したり、批判的な報道をしたマスコミへの弾圧を強化したりして「独裁色」をさらに強めているのが実態である。
フン・セン政権はこうした中、これまでに少なくとも210万ヘクタールの土地を中国やベトナムの企業に譲与する政策を続けている。しかしNGOや環境団体などは、こうした政府の半ば強制的な土地収用と外国企業への譲与は元来の土地所有者、土地で農業などに従事して生活していた人々との間で土地所有権、土地耕作権などを巡る多くのトラブルを引き起こしていると指摘している。
今回浮き彫りになったプレアビヒア州の恒富集団砂糖産業と周辺住民の問題のように地方公共団体などの行政側は問題の存在を知りながらもフン・セン政権への配慮からか問題解決に積極的に取り組む姿勢をみせておらず、国民の不満が少しずつだが確実に広がりつつあるという。
▲トップ写真 カンボジアのフン・セン首相(左)と中国の習近平国家主席(右)(2020年2月5日 北京)
出典: 中国外務省ホームページ
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。