[東芽以子]<南米ペルーの金のなる木>世界的な健康志向ブームを背景に輸出量が倍増する穀物「キヌア」って何?
東芽以子(フリーライター・元テレビ局報道記者)
枯れ草の様な得体の知れない植物(写真下)これが今、ペルーの「金のなる木」である。
その名は「キヌア」。
アンデス山脈周辺の高地で数千年前から栽培されてきた穀物の一つで、穂先の実を精穀すると直径約2mm程の粒(写真右下)になる。茹でると(写真)プチプチとした食感が特徴的で、味や臭みがほぼないため、スープの具材にしたり、サラダにトッピングしたりして食べる。
キヌアは今、ペルーの主要輸出食品となりつつある。今年の輸出量は8万トンと、4万5000トンだった去年のおよそ倍に上る見込みだ。ペルーは世界的なアスパラガスの輸出国として知られているが、その輸出量は例年10万トン余りであるから、キヌアの輸出量の伸び率は凄まじい。
その背景は、世界的な”健康志向”だ。キヌアは元々、アンデス地方に住む人々が消費していた。穀物でありながら鶏卵とほぼ同量のタンパク質を含み、ビタミン、ミネラルは白米を上回るほどの栄養価があることから、NASAが「21世紀の主要食」と評価。これをきっかけに、ここ数年で健康志向な人たちから「完全食」、「スーパーフード」などと形容されるに至った。
また、キヌアは冷涼少雨な土地でも生産できることから、飢餓撲滅を目的に荒廃地の多い途上国で生産しようと、国連が昨年を「国際キヌア年」と定め大々的にPR。これを追い風に、この一年でさらに世界的認知度が高まった。
こうしてキヌアの主要生産地ペルーが、熱い市場となったのだ。 “現場”の熱気に触れるべく、今月、リマ郊外にある穀物の卸売加工業者の工場を訪れると、数人の従業員が慌ただしくキヌアの袋詰め作業に追われていた。毎年4月に、初収穫されたキヌアが出回るからだ。
イヴァン・サラス・マンシージャ社長(写真左)によれば、昨年12月は8ソル/kg(※約291円)だった卸値が、今年4月には650ソル/kg(2万3700円 ※注1)と、実に80倍にも急高騰しているという。
営業せずとも世界中から問い合わせがくる状態で、取引先はここ数年で、アメリカ、フランス、スペインなど欧米5カ国の小売店や菓子メーカー15社に輸出するようになった。
さらに今年に入って、ベルギーやブルガリアの小売店にも販路が広がり、かつてない手応えを感じているという。
世界的な需要の増加にマンシージャ社長は、「できるだけ安定供給し、単なるブームでは終わらせたくない」と話す。キヌアが市場で品薄になることも想定して、今年の仕入れは80万kgと平年の4倍に増やした。キヌアを炒って“おこし”にするなど加工品も揃え、更なる販路拡大に鼻息を荒くする。
かつてない価格高騰に、キヌアを“第二のアスパラガス”とすべく、国も動き始めている。
農業開発を担う国家機関であるINIA(Instituto Nacional de Innovacion Agraria)は、プーノ、アレキパ、アヤクーチョなど原産地の高地以外でも生産できるよう、キヌアの品種改良に成功。リマやアンカシュ、イカといった海岸砂漠地域での農地拡大もすすめている。
タマネギやトマトの農家が耕作物をキヌアに変えるケースも出てきていて、耕地は現在6万5000ヘクタールと、昨年1年間で約1.5倍に拡大している。
一方で、ここ数年で一気に増産されたキヌアは、収穫量の70%が海外に輸出されているため、自国の消費者の口に入ることはそう多くないという。原産地出身者数名にインタビューすると、「食べたことがない」と口を揃えた。メディアを通してキヌアの存在を知る現状に、「自国の食材とは思えない」と、冷めた意見が聞かれた。
しかし、商機に敏いペルー人の間では、“キヌア熱”は加熱する一方である。 リマ市内のレストランでは、シェフたちが、“スーパーフード”のアイディア料理を提供し始めている。キヌアの粉のパンケーキや、ミートボール風料理など。現在、リマ市内の10カ所のレストランで40種類を超すキヌア料理を5〜10ソル(約180〜360円)程度で食べることができる。
中には、世界遺産の立ち並ぶ旧市街に店を構えるレストランもあり、オーナーのイガシオンナ氏は、「観光客にもPRできて一石二鳥だ」と、国内外に向けた、キヌア産業の広告塔を自負している。
実は、キヌアの輸出額は全貿易額の未だ1%程。ペルー経済への実際の影響力は僅かではあるが、今後も、国などが主導して、「実」よりも栄養価の高い「葉」を商品化したり、付加価値の高い加工品を増やすなどして、貿易振興の裾野を広げる構えだ。(※注1 2014年4月27日現在)
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【執筆者紹介・東芽以子】
1978年、新潟県新潟市生まれ。2003年~2009年、仙台・名古屋でテレビ局報道記者として活動。2014年2月より、ペルー・リマ在住。一児の母。南米ペルーに関して、マチュピチュ、ナスカ、セルベッサ ポルファボールなどの世界的観光地とフレーズ以外、何の知識も持ち合わせていなかった私が、「えっ!そうなの!」が口癖になるほど驚きがあちこちに溢れ、自分の常識を改めて問う日々。そんな地球の「裏側」の姿を、アラフォー女であり、妻であり、母であり、元報道記者である私の目を通して紹介する。