[東芽以子]<南米ペルーの子守り事情>売り手市場で変わる“子守り”の労働環境
リマ中心部から車で30分程の高級新興住宅街、スルコ。午後3時を過ぎる頃、興味深い光景が見られる。公園で白人の女の子と遊ぶのは、インディオ系の女性たち(写真右)。子供たちが、親代わりに専属の子守りを連れて公園に集うのだ。 CIAの調べる所得格差の指標、ジニ係数(注1)が48.1(2010年)と、社会騒乱警告ラインの40を超えるペルーは、国民の経済格差が非常に大きい。
貧困層は、アンデス山地やアマゾン川周辺出身のインディオ系人種がほとんどで、リマに出て、子守りや車の運転手、庭師など、富裕層の使用人として働くことが主要な稼ぎ口だという。 中でも、子守りの勤務実態は過酷だ。公園で話を聞くと、様々な苦悩が明らかになった。
「住み込み労働なので休みなく子供の世話をする上、家族の炊事洗濯も任される。」
「マンションのエレベーターが使えない等、人種差別がある。」
子守りの場合、ほとんどが、14、5歳になると口コミで雇用主を探し、月500ソル(※約1万8000円)程の薄給で働き始める。経験が増えれば月収は倍程度になるが、口約束による雇用形態のため、トラブルがあれば簡単に解雇され、収入は極めて不安定だ。しかし今、彼女たちの労働環境は、大きな転換期を迎えている。
スルマ・グティエレスさん(写真下)は、28歳にして16年のキャリアを持つベテランの子守りだ。去年12月からスルコで、1歳2ヶ月の女の子の世話をしている。この日は、栄養価の高いレンズ豆で離乳食を作り、お面をつけて子供の注意を引きながら食事を与えていた。食事が済んでも休むことなく、今度は子供にボールを追いかけさせて、歩行の練習を促す。
「これまで8つの家庭で乳児を専門に世話してきた。子供の成長に伴って、どんな教育が必要か、感覚的に知っている。」
こう言い切り、子守りが天職だと話す。勤務時間は、日曜日と祝日以外の午前8時から午後6時まで。月収は1700ソル(※約6万2000円)で、労災や失業保険の適用もあるという。リマの労働者の平均月収は1441ソル(※約5万3000円)であるから、スルマさんの月収は決して少なくない。
彼女が恵まれた労働環境を手にできたのはなぜか。
「ここ数年、資源高で経済成長するペルーでは、就職口が多様化し、子守りのなり手が減っていて、売り手市場なのです。」
こう話すのは、子守りのエージェント、カルラ・ビジャフエルタさん。(写真右下)しかし、求職者全てが“高給取り”になれる訳ではない。
「雇用主が高額を出すのは、優秀な人材だけ。これまで能力の有無に関わらず一律だった給与相場が、ようやく実力に伴って変動するようになり、その結果、労働条件の二極化が進んでいる。」
カルラさんによると、経験や素行の良さは当然の条件で、付加価値となるのは、双子や障害児、乳幼児の教育知識といった専門性だという。双子の新生児を住み込みで世話する場合、月3000ソル(※約11万円)もの高額で契約した子守りもいた。このエージェントを利用するには、子守り側も、面接や心理テストの他、教育についての知識を問う20種類もの筆記テストが課される。審査を通過できるのは2、3割だが、高給取りを夢見る子守りから、問い合わせの電話が鳴り止まないという。
こうした市場動向を契機に、新たなビジネスも生まれている。教員や心理カウンセラーを講師に招き、子守りに教育知識を教える講座だ。(写真左上)一講座150ソル(※約5500円)と利用者にとっては高額だが、疑問や悩みを解消できると好評で、参加者の5割がリピーターだという。主催者は、講座を”啓蒙活動”だと力説する。
「階級意識の強いペルーでは、“自分は子供を教育する立場にない”と卑下する子守りもいる。講座を通してプロ意識が芽生え、自尊心を取り戻すケースもある。」
公園に集まる子守りの中で、現在の労働条件に満足する人は数名だった。高級エージェントや講座の存在を知る人も、まだまだ少ない。しかし、都市化による求職者の減少が避けられない中、今後も、子守りの売り手市場が続くのは必至で、彼女たちを取り巻く労働環境が変化の一途をたどることは間違いなさそうだ。
(注1)ジニ係数:所得分配の不平等さを示す指標で、0に近い程平等であり、100に近い程不平等とされる
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