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.社会  投稿日:2020/12/27

コロナと内部被ばく、対策に共通点


上昌広医療ガバナンス研究所 理事長)

「上昌広と福島県浜通り便り」

【まとめ】

・「目に見えぬものへの偏見」で内部被曝とコロナ感染は共通点

・コロナ対策で欠けているのは、不安な国民の視点に立った対応。

・PCR検査抑制継続なら、第三波でさらに経済ダメージは深刻に。

東日本大震災から10回目の年末・年始を迎えようとしている。我々のチームは、現在も被災地での活動を続けている。

12月18日、メンバーの一員である坪倉正治医師のインタビューが毎日新聞「特集ワイド」で掲載された。タイトルは「この国はどこへ コロナ時代に福島・東京を往復、坪倉正治医師 自粛目安、政府は示せ」だ。

坪倉医師は「内部被曝対策と共通点がある」という。それは検査結果をもとに、個別に対応することだ。私も同感だ。本稿で解説したい。

まずは、坪倉医師の紹介だ。私が彼と出会ったのは2006年だった。当時、彼は東京大学医学部の学生で、従来の医師のあり方に問題意識を抱いていた。私は東京大学医科学研究所に研究室を開設したところだった。その後、彼との付き合いは続き、2011年4月、彼は私の研究室に博士課程の学生として在籍することとなった。その直前に起こったのが福島第一原発事故だ。

私はご縁があって、立谷秀清・相馬市長を支援していた。医師で病院経営者の優秀な人物だ。私は坪倉氏に「福島に行かないか」と勧めたところ、即座に承諾した。これが坪倉氏と福島の付き合いが始まるきっかけだ。

それから現在まで福島で診療・研究を続けている。約150報の英文論文を発表し、多くが世界保健機構(WHO)ガイドラインに引用され、世界の原発事故対策に大きな影響を与えている。

ただ、彼は論文のために被災地を「利用」した訳ではない。住民を支える活動を続け、その結果を発表したのだ。例えば、2012年8月に坪倉医師が『JAMA』(アメリカ医師会誌)に発表した内部被曝に関する論文だ。

▲写真 「正しい放射能のお話し会」での坪倉正治医師(2015年5月20日) 出典:一般社団法人 ベテランママの会 facebook

相双地区で最初に内部被曝検査を始めたのは南相馬市立総合病院だった。この論文では2011年9月~2012年3月までに同院で内部被曝検査を受けた住民9,498人の検査結果をまとめた。小児の16.4%、成人の37.8%で内部被曝が確認されたが、被曝量の中央値は小児で590ベクレル(範囲210-2,953)、成人で744ベクレル(210-12,771)だった。預託実効線量が1ミリシーベルトを超えたのは1人だけだった。

これは福島の内部被曝の実態をはじめて世界に報告したものだ。世界中のメディアが「福島の被曝は問題とならないレベル」と報じ、風評被害対策に貢献した。

これが彼の医学博士の学位論文となった。私はこの論文を高く評価する。それはインパクトファクター47.6という超一流誌に掲載されたからではない。内部被曝に悩む住民を支えるための活動の結果だからだ。

内部被曝検査を立ち上げるのは至難の業だった。その際、中心的役割を担ったのは坪倉医師だった。自衛隊や早野龍五・東京大学大学院理学系研究科教授(当時)らに助けを求め、試行錯誤を繰り返した。

検査開始後は検査に立ち会い、住民の相談に乗ってきた。坪倉医師は「立ち会った検査は10万件、個別相談に応じた住民は数千人を超える」と言う。坪倉医師は、このような行為を「偏見への処方箋」と評する。

福島では子どもは2012年春、大人は2013年夏頃には内部被曝の検出率は、ほぼゼロになっていた。しかしながら、現在も内部被曝検査を継続中だ。毎日新聞のインタビューで、坪倉医師は「『検出されていない』ことを証明すること自体の意味が大きいのです。例えば、福島県内の妊産婦を対象とした調査でも、早産やその他の先天異常は一般的な発生率と比べて変化はない。放射線の影響はないと見ています。しっかり調べて結果を示すことは、前に進むためにとても大切なんです」と答えている。

坪倉医師は「目に見えぬものへの偏見」という点で内部被曝とコロナ感染は共通点があると考えている。目に見えず、感じることも出来ないから、怖いのだ。実態が分かれば、恐怖心は薄れる。内部被曝対策では、ホール・ボディー・カウンター(WBC)を用いて、被曝の程度を可視化することで、住民を安心させることができた。同じことがコロナにも言えるのではなかろうか。

今回のコロナ流行で、彼がまずやったのは、非常勤医師として勤務する「ひらた中央病院」(平田村)の医療・介護従事者680人を対象とした抗体検査だ。予想外だったのは6人(0.88%)が陽性となったことだ。平田村は阿武隈高地の山中に位置する。このような地域までコロナ感染が拡がっていることがわかった。

ひらた中央病院は独自にPCR検査装置も導入している。同院を経営する佐川文彦理事長は傑物だ。東日本大震災以降、私財を投げ打って地域を守ってきた。政府や自治体の支援がなくとも、独自に内部被曝検査(WBC)を導入し、住民に提供してきた(2018年11月4日『高齢化対策と若き医療者の成長 福島からの発信)。坪倉氏と佐川氏が知り合ったのは、この時にWBCの立ち上げを手伝ったのがきっかけだ。

ひらた中央病院が実施した抗体陽性者へのPCR検査は、6人全員が陰性だった。検査時点で誰もコロナに感染していないことを意味する。陽性だった人たちは安心した。これだけのことを福島の阿武隈高地の病院経営者が自力でやるのだから、大したものだ。

発熱や咳が出たり、周囲に発熱した人がいれば、このご時世、誰もがコロナ感染を疑う。そして、不安になる。コロナ感染は、感染しているか、していないかいずれかの状態しかない。自分を知るには、PCR検査を受けるしかない。このあたり内部被曝対策と同じだ。

ひらた中央病院は内部被曝検査のときと同じく、専門家である坪倉医師の力を借りて、独自に立ち上げた。彼らが力をつけたのは、東日本大震災を経験したからだ。

内部被曝対策では、政府の依頼を受けたリスク・コミュニケーションの専門家などが「被曝は心配するレベルではない」「放射線に関する正しい知識が必要だ」などと主張し続けたが、浜通りの人々は彼らの主張を信用しなかった。南相馬市在住の友人は「政府は責任逃れのために我々を説得しようとしているだけ」と語ったことがある。彼らが安心したのは、自らが内部被曝検査を受けて、陰性の結果を得た時だ。

放射線医学の専門家の中には、「福島第1原発事故で地域の汚染はチェルノブイリとは比べ物にならないくらい少ない。検査をする必要性はない」という人物もいた。確かに公衆衛生の視点に立てば、その通りなのだろう。現在も内部被曝検査を続けていることは「医療経済的に有用性は低い」(前出の放射線医学の専門家)のかもしれない。

ただ、住民の視点に立てば事態は違う。

検査をして陰性を確認することで安心し、将来の風評被害に備えるため、今でも検査体制を整備している。

私は、コロナ対策に欠けているのは、この視点だと思う。厚労省や専門家は「PCR検査をやりすぎると陽性者を全て入院させないといけないため、医療が崩壊する」や「保健所の負担が大きくなりすぎる」などの理由で検査を抑制してきた。前者はコロナを感染症法の二類相当としたためであり、柔軟に運用を変えればいい。後者は保健所以外の民間検査を拡充すればいい。その気になればできることだ。

日本のコロナ対策で決定的に欠けているのは、感染を心配する国民の視点に立った対応だ。コロナは感染しても無症状の人が多く、彼らが周囲にうつす。皆が疑心暗鬼になる。

世界では国民の目線に立った施策が試行錯誤されている。例えば、英スコットランドのセントアンドルーズ大学では、クリスマス休暇を前に、全学生を対象に簡易抗原検査のスクリーニングを開始した。休暇中に帰省を予定している学生には、3日あけて2回検査を受けるように求めた。検査で陽性となれば帰省は控えるし、陰性なら安心して親元に帰ることができる。

▲画像 PCR検査イメージ 出典:Pixabay

さらにシンガポールでは、政府が営業を禁止しているカラオケやクラブを再開するにあたっては、退店予定時から24時間以内に客がPCR検査か抗原検査で陰性を証明することを求める社会実験を準備している。検査陰性の人だけでカラオケを楽しめば、感染するリスクは限りなく低くなる。

最近になって、日本でも漸く動きがあった。12月4日に新橋駅前にオープンした「新型コロナPCR検査センター」だ。ウェブで予約すれば、当日、検査センターを訪問して唾液を採取するだけで、翌日にはメールで結果が届く。一回の費用は3,190円だ。同様の検査センターは続々と立ち上がっている。

「新型コロナPCR検査センター」以外にも幾つか営業を開始した。どこも希望者は殺到しているそうだ。国民が如何にコロナ感染を心配しているかわかる。政府は、このようなニーズを無視し続けてきたことになる。

厚労省は民間検査センターを支援し、コロナ感染を心配する人全員が検査を受けることができるように体制を整備すべきだ。ところが実態は正反対だ。「検査の精度が不明」などとネガティブキャンペーンを始めている。そしてメディアは厚労省の言い分を、そのまま紹介する。

この理屈は苦しい。PCR検査はキットを用いた全自動のシステムで、誰がやっても結果は同じだからだ。「新型コロナPCR検査センター」は「感染研法と陽性一致率及び陰性一致率ともに100%の検出キット」とホームページで説明している。どちらの言い分が正しいか、誰でもわかるだろう。

公衆衛生を錦の御旗にコロナ対策を推し進めれば、日本はますます地盤沈下する。欧米と比較して、日本は死者数は少ないのに、経済ダメージが大きい。これは感染を恐れた国民が、経済活動を控えたためだろう。PCR検査を絞った日本では、どこに感染者がいるか分からない。民間検査センターの陽性率は1%前後というから、この心配は的を射ている。このままPCR検査を抑制し続ければ、第三波ではさらに経済ダメージは深刻になるだろう。日本の経済破綻もありえない話ではない。

どうすればいいか。国民視点に立ち、彼らの不安に寄り添って、個別対応を積み上げることだ。まさに坪倉医師が福島でやり続けていることである。多いに参考にすべきである。

トップ画像:新型コロナウイルスイメージ 出典:Pikist




この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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