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.政治  投稿日:2021/2/24

「蔑視」は森氏だけの問題か(下)スポーツとモラル その3


林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

【まとめ】

・日本のジェンダー・人権意識は時代と共に変化。

・諸外国もその意識変化は同様。

・かつての問題から目を逸らすのではなく「事実」として正しく知る必要有り。

 

先日たまたまYouTubeで、往年のドリフターズの動画を見た。

昨年亡くなられた志村けん氏が、長髪をなびかせて暴れまわる「雄姿」に苦笑させられたが、同時に、今ではこれは放送できないだろうな、とも思った。

女子プロレスに挑戦するというネタで、ジャガー横田が若くてかわいらしかった事にも頬が緩んだが、彼女らに対してドリフターズの面々が「カンチョー」したり刷毛でくすぐったり、今の感覚ではセクハラ以外のなにものでもない行為を繰り返す。

レフェリー役の、やはり今は亡きいかりや長介氏まで、試合前に女子レスラーたちが受け身や投げ技のデモンストレーションをした際に、おそらくアドリブだろうが、

「すごいことやるなあ。お前ら本当に女か」

などと口にしていた。今ではこの発言だけでもアウトだろう。

昭和の時代には間違いなくこれで笑えたのだと、いささか感慨深いものがあった。それ以上に、年甲斐もなく笑いこけていたが。

さらに言えば、ドリフターズの名を不朽のものとした人気番組『8時だよ!全員集合』でも、ゲストに招かれた女性アイドルに対しては、コントと称してのセクハラが毎度のことであったし、レギュラー出演していたキャンディーズなど、有り体に言うなら「セクハラ対応要員」ではなかっただろうか。

実は生前の志村氏自身が、お笑いとセクハラとの線引きについて、

「お笑いとはこういうものだと信じ込んでいた」

と語ったことがある。当時「被害」にあったタレントの松本伊代も、

「小学校低学年の頃は、両親から、あんな番組は見ちゃダメとか言われて悲しい思いをしたけれど、今見返すと、たしかに子供には見せたくない」

などと回想していた。もっとも彼女は、

「先輩アイドルたちが、みんなコントに出ていたので、自分もやってみたくて、お話が来た時はすごく嬉しかったです」

と付け加えてもいた。当時のアイドルには、スカートを引っ張られたり下ネタを言わされたりするのも仕事のうち、というに近い意識があったようだ。

こういう番組を見て育った昭和世代や、それ以前の軍国教育の残滓をみにまとっているような世代は、ともすれば女性を貶めて笑いを取るようなことを口にしがちだ。(上)において、森氏の発言を「おやじギャグ程度のノリだったのではないか」と述べたのは、こうした考えに基づいてのことである。

▲写真 自身の発言について謝罪する森喜朗元東京オリンピック・パラリンピック組織委員長 出典:Yoshikazu Tsuno – Pool /Getty Images

念のため述べておくが、私がそのことを肯定しているわけではない。あくまでも、今の感覚で昭和の番組を糾弾してもはじまらない、というだけのことである。公人であろうが一介のネット民であろうが、意見を発信した以上、自分で責任を持つのが当然で、なにもかもTVのせいにして済まされるなら警察はいらない、という話だ。

そのことは大前提ではあるが、これは「昭和の日本」に特有の問題ではなかった、ということは述べておきたい。

1987年11月29日に起きた大韓航空機爆破事件にからんでのことだが、事件直後、容疑者として拘束された北朝鮮の工作員・キム・ヒョンヒ(=金賢姫。この時点では<蜂谷真由美>という日本人に成りすましていた)について、フランスのある新聞は、

「凶悪殺人犯の多くの実例に漏れず、非常な美人である」

などと書いていた。

ジェンダーにまつわる舌禍事件もあって、日本が平成の世となったばかりの頃、すなわち1990年代初頭には、やはりフランスの女性政治家が、

「英国人男性にはホモセクシュアルが多い。これは英国人女性に魅力がないから」

などと発言して物議をかもした。

物議の具体的な内容は様々だが、私が強く印象づけられたのは、あるMP(メンバー・オブ・パーラメント=英国下院議員)が発した、

「我々(英国人男性)がフランスの女性に対してこんなことを言ったら、即座に職を失うだろう。まったくもって不公平だ」

というコメントであった。ちょうどその頃、日本の某女性タレントが、

「身長175センチ以下は男じゃない」

などとのたまわったと聞いていて、こちらがたとえば「Bカップ未満は女じゃない」などと書いたら大変なことになるよな、と思ったので、フランスでも変わらないのか、と印象に残ったわけだ。むしろ女性の方が言いたい放題になってきたのではないか、と。

とかく「欧米では……」とひとくくりにして語られることが多いが、英仏間でさえこうした違いがあるし、当たり前のことを言うようだが、どの国でも時代とともに変化してきている

それはそれとして、やはり日本人の悪い癖だと言いたくなるのは、森氏や竹下氏のように、空気を読まない発言を繰り返す人を「裏表がない」「本音でものを言う」などと持ち上げる人が多いことだ。

そうかと思えば、今次の騒ぎを受けて、昨年新型コロナ禍の騒ぎの中で湧いて出た「自粛警察」まがいの、二言目には女性蔑視だと騒ぎ立てる「ジェンダー警察」のごとき動きも見受けられるようになってきている。

昨年大ヒットしたアニメ映画『鬼滅の刃』の続編が「遊郭編」であると発表された途端、アニメで遊郭を扱うなど女性蔑視ではないか。との声が上がったそうだ。

「たしかに女性蔑視でしょうけれど、なにか?」

とでも言う他はない。私はそのアニメのファンでもないし、製作者を擁護する義理もないのだが、1958(昭和33)年に売春禁止法が施行されるまで、遊郭はそれなりの規模の街であれば必ずあった。このアニメは大正時代という設定なので、遊郭が物語の舞台となっても不思議ではないし、そこに売られて行く女性がいたことは、厳然たる歴史的事実なのだ。歴史的事実から目を逸らし続けるところに、文化の成熟はない

▲写真 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の新会長に就任し、記者会見する橋本聖子氏(2021年2月18日) 出典:Yuichi Yamazaki/Getty Images

最後にもう一度だけ、橋本新委員長の話題を。

前回、彼女の子供の名前がすべて五輪にちなんでいることを紹介させていただいたが、別の側面も見ておく必要がある。

彼女の出産は、実は現職の参議院議員としては初めてのケースであった。これにともない、参議院規則が改正されて、出産を理由とした本会議欠席が事実上、制度化されている。今でこそ議員の産休や育休が認知されるようになってきているが、道筋は彼女がつけた

現職国会議員にして五輪出場選手という「二足の草鞋」についても、私は「なぜか」賞賛されなかった、という表現を用いた。

彼女が腎臓と呼吸器系に持病を抱え、それを乗り越えてメダリストにまでなったのだと述べれば、私の言わんとするところがご理解いただけるだろうか。

こういう功績を無視して「セクハラ常習犯」などと書き立てることもまた、蔑視をはらんでいるのではないかと、私には思えるのだ。

。全3回)

トップ写真:1988年2月23日にカナダのアルバータ州カルガリーで開催された冬季オリンピック女子3000mスピードスケート大会に出場する橋本聖子氏 出典:Mike Powell/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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