混迷極めるミャンマーの行方
植木安弘(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授)
「植木安弘のグローバルイシュー考察」
【まとめ】
・国際社会は対話の努力や人道支援以上の具体的な行動を取れない状況。
・武力衝突激化、経済低迷、コロナ禍深まる中で、混迷が続くとの危惧。
・軍事政権がこの状況の中でどこまで権力を保持できるかが鍵を握る。
国連の安全保障理事会(安保理)は4月30日、4月の安保理議長国のベトナムがその任期最後の日にミャンマーに関する非公式協議を開催し、ASEANの即時暴力停止を含む5ポイント提案を支持するプレス声明を発出した。
この声明では、ASEANの特使派遣について「一刻も早く」行うよう促し、さらに、ブルゲナー国連事務長特使のミャンマー訪問についても「出来るだけ早く」実現するよう呼びかけている。
しかし、中国とロシアの合意を得るため、「平和的なデモ参加者に対する暴力を再度強く非難する」や「軍に対し最大限の自制を行う呼びかけを繰り返す」といった西側提案の表現は削除された。特に中国は、ミャンマーの軍事政権に対する国際的非難や要求を内政干渉と規定して国際社会のより強い関与を抑制している。
▲写真 ブルゲナー国連事務長特使:Christine Schraner Burgener, Special Envoy for Myanmar(2019年2月28日) 出典:UN Photo/Loey Felipe
▲写真 潘基文事務総長(左)と会談するミャンマー軍最高司令官であるミン・アウン・フライン上級将軍。 (2016年8月31日) 出典:UN Photo/Eskinder Debebe
ブルゲナー事務総長特使は、4月24日ジャカルタで開催されたASEAN首脳会議の傍らでASESAN各国首脳並びにミャンマーのミン・アウン・フライン軍事司令官とも会談したが、既にミャンマー側からは、特使のミャンマー訪問は許可しないとの返事は来ていた。ミャンマー軍政府は、国連を通じた国際社会の関与には否定的な姿勢が伺える。
また、ASEANの特使についても適当な時期として、具体的な時期は明言せず、また、特使が訪問しても、拘束されているアウン・サン・スー・チー国家顧問やウィン・ミン大統領など国民民主連盟(NLD)の指導者などとの会見を許可する保証はない。軍事政権は、あくまでも自らの権力掌握の正当性を認知させ、軍が憲法改正の権限を握る現憲法下で有利な選挙を行うことで政治の全権を掌握することを狙っている。
2月1日のクーデター後、欧米諸国は即座に一方的経済制裁を課した。ミャンマー軍は、国家の中の国家と言われ、国の基幹産業をその配下に置き、そこから得られる収入で軍を支えている。そのため、軍が関与している産業に経済制裁を加えることで、軍への圧力を加えて民主化への逆行への足掛かりを掴もうとしている。
米国は、先ず、軍事司令官を含む10人の軍事指導者やルビーや真珠、貴金属を扱うミャンマーの3社に対し国内での資産凍結を行い、さらにミャンマー経済ホールディング公社(Myanmar Economic Holding Public Company)とミャンマー経済企業(Myanmar Economic Corporation)など、銀行や物流、建設業、食料、飲料、貿易、天然資源、アルコール、タバコ、その他の消費物資といったミャンマー経済に深く根を下ろした産業を傘下に持つ企業に対して制裁を課している。
EUも同様の制裁を課しているが、さらに渡航制限や武器の禁輸、治安当局が使用する機器などの輸出禁止などの措置も取っている。G7諸国の中で経済制裁を課していないのは日本だけとして、欧米における日本への批判も高まっている。
このような動きの中で、ミャンマー情勢に詳しいASEANの元外交官などは、西側諸国の過去のミャンマーへの経済制裁は何らの成果も生まなかったとして、欧米の一方的な制裁行動に批判的な立場を取り、文民政権を取り戻す方策として唯一考えられるのは、アウン・サン・スー・チーを政治の世界から追放するという軍事政権に歩み寄る他ないとの認識を示している。欧米の経済制裁はミャンマーをより中国寄りにするだけであり、ASEANもその一員であるミャンマーを見捨てることはないだろうとしている。
ASEANも、タイのような軍事政権、カンボジアやフィリピンのような権威主義的国家、ベトナムやラオスのような社会主義国家、ブルネイのような王政国家を内包していることから複雑な域内事情を抱えており、民主主義の原則でミャンマーを疎外視することは困難ということになる。
▲写真:選挙活動を行うアウン・サン・スー・チー氏(2015年10月24日 ヤンゴン・カウム郡区)。文民政権を取り戻す唯一の方策は、アウン・サン・スー・チー氏を政界から追放するという軍事政権に歩み寄る他ないとの声も。 出典:Lauren DeCicca/Getty Images
他方、国連は、安保理のプレス声明からも読み取れるように、暴力の即時停止や対話による情勢の安定化は求めても、事務総長や事務総長特使による対話への努力や人道支援以上の具体的な行動は取れない状況にある。
日本国内でも、ASEANに加えて日中韓を加えたより大きな地域的枠組による軍事政権側と民主派・少数派武装組織との対話を求める声があるが、中国がそのような動きを支持する気配は今のところない。中国は、ミャンマーの真の民主化には関心はなく、軍による安定化を望んでいると見られている。
また、元国連関係者の中には、国連とASEANによる文民派遣団によって政治対話を促し、人権の監視と保護を行い、民主選挙の実施に向けた活動を行うべきだとの声もあるが、これも、ミャンマー情勢の国際化に反対する軍事政権に受け入れられる余地は当面ない。
ミャンマーの民主勢力は、反軍事政権政府を樹立し、連邦制度を導入する憲法採択を目標に掲げて少数民族の武装勢力と手を組み、軍事政権に対峙している。民主勢力による非暴力抵抗は形を変えて継続しており、700人を超える死者を出してはいるものの、この機会を失っては憲法を変え、真の民主主義は達成できないとの認識を明確にしている。
ASEANによる対話への模索は当面続くと予想されるものの、成果はあまり期待できず、ミャンマーは、政治情勢のさらなる不安定化、武力衝突の激化、経済の低迷、新型コロナ禍の拡大を含む人道危機がさらに深まる中で、混迷の時期が続くのではないかと危惧される。今の軍事政権がこのような状況の中でどこまで権力を保つことができるかが鍵を握ることになろう。
トップ写真:国民民主連盟(NLD)党本部の前に集まって軍のクーデターに抗議する人々(2021年2月15日 ミャンマー・ヤンゴン) 出典:Hkun Lat/Getty Images
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この記事を書いた人
植木安弘上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授
国連広報官、イラク国連大量破壊兵器査察団バグダッド報道官、東ティモール国連派遣団政務官兼副報道官などを歴任。主な著書に「国際連合ーその役割と機能」(日本評論社 2018年)など。