ミャンマー、実質的内戦状態へ
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・ミャンマー、内戦の危機が現実問題として差し迫る状況。
・反軍政デモは主要都市から地方都市へ。小規模、ゲリラ的開催に。
・国境地帯は少数民族武装勢力・住民武装組織vs軍の実質的「内戦状態」。
2月1日に軍によるクーデターで民主政府から実権を奪取して以来、反軍政を掲げて抵抗運動を続ける市民への実弾発砲や重火器使用による非人道的弾圧を続けているミャンマーで、内戦の危機が現実問題として差し迫る状況となっている。
クーデター発生以降、2、3月と中心都市ヤンゴンや中部の第二の都市マンダレーなどでは学生や若者に多くの一般市民が合流して反軍政のデモや集会が行われた。しかし、2月に軍の発砲で最初の犠牲者が出て以降、軍は市民に銃を向け、躊躇なく実弾を発砲したり、無抵抗の市民を殴る蹴るの暴行を振るったりする様子がSNSなどで発信されるにつれ、事態は変化してきた。
4月から5月にかけては以前のような大規模デモや集会は「小規模、ゲリラ的開催、短時間で解散」「主要都市ではなく地方都市」で行われるように様変わりしてきた。
▲写真 アウン・サン・スー・チー国家最高顧問兼外相が描かれたプライカードを掲げ、軍と相対峙する民衆(2021年2月8日ミャンマー・ヤンゴン) 出典: Stringer/Getty Images
それもデモの様子などを発信するSNSなどではデモ参加者の顔をモザイク処理したり、ぼかしを入れたりするなど当局によるデモ参加者の個人特定を難しくする配慮がほどこされるようになってきた。
こうした市民による反軍政の動きに呼応するかのように中国と国境を接する北部カチン州や東部シャン州、タイ国境のカイン州、インドやバングラデシュに隣接する西部チン州などで軍政と長年に渡って対立してきた少数民族武装勢力が反軍政を掲げて軍の拠点や車列に対する攻撃を開始する事態になっている。
こうした動きに軍は空爆や砲撃で対抗、多くの周辺住民がジャングルに避難するとともに隣国のタイやインドに越境して難民化する状況となっている。
■民主政府が独自の武装組織編制
クーデター直後に身柄を拘束されたアウン・サン・スー・チー国家最高顧問兼外相やウィン・ミン大統領が率いていた民主政府の与党だった「国民民主連盟(NLD)」は実権を掌握した軍政の最高意思決定機関「国家統治評議会(SAC)」に対抗して「国家統一政府(NUG)」を独自に樹立。スー・チーさんやウィン・ミン大統領に加えて少数民族代表も閣僚に示して対抗している。
4月24日にインドネシアのジャカルタで開催された東南アジア諸国連合(ASEAN)のミャンマー問題を協議する「臨時首脳会議」に「ミャンマー首脳」として軍政トップのミン・アウン・フライン国軍司令官が首席してASEANメンバー国の首脳、外相クラスと直接会談に臨んだ。
▲写真 AEANに出席するミン・アウン・フライン国軍司令官の指名手配ビラを手にする反政府市民ら(インドネシア・ジャカルタ 2021年4月24日) 出典:Ed Wray/Getty Images
NUGはこのASEAN臨時首脳会議に「ミャンマーの唯一で正統な政権」として参加を打診したものの拒否された経緯がある。その後軍政はNUGを非合法組織として閣僚らの摘発に乗り出しているが、NUGのメンバーの多くはすでに拘束されているか国内外に潜伏しながらの活動で軍政の頭痛の種となっている。
こうした中NUGは各地で市民を軍の横暴、残虐行為、人権侵害から守るためとしてこれまでの無抵抗非武装路線を変換して「国民防衛部隊」という独自の部隊創設を明らかにした。詳細は明らかではないが軍政の監視や報道検閲を逃れながら情報発信を続ける地元メディアなどによると、「国民防衛部隊」は各地方にそれぞれ「市民武装組織」なるものを作り、少数民族武装勢力で軍事訓練、武器供与を受けた若者を中心に武装した市民、市民による「不服従運動(CDM)」に共鳴して軍や警察を離脱して市民側に合流した兵士や警察官などによって編成されていという。
こうした「武装市民」は各地で少数民族武装勢力と共同作戦や単独行動で軍の拠点や軍の車列への攻撃を繰り返し、その頻度が5月に入って急増している。
5月12日には西部チン州の都市ミンダットで「チンランド防衛隊」という地元の住民武装組織が軍の拠点を攻撃したほか、5月14、15日には東部シャン州北部で少数民族武装勢力の「カチン独立軍(KIA)」が軍の車列を待ち伏せ攻撃するなど各地で戦闘が激化している。
軍はミンダットに戒厳令を布告するなどして奪われた拠点などの奪還作戦を継続するとともに空爆や砲撃による攻撃を強めており、ミャンマー東西の国境地帯では少数民族武装勢力と住民武装組織と軍による実質的な「内戦状態」に陥っているといえる状況だ。
▲写真 手製の銃で武装する反政府市民勢力(ミャンマー・ヤンゴン 2021年4月3日) 出典:Stringer/Getty Images
■都市部でも爆発、火災が頻発
こうした地方の動きと共にヤンゴンなどの都市部でもこのところ緊張が高まっているという。軍政による「都市部の治安は安定している」というプロパガンダのためにヤンゴン中心部などではクーデター発生後閉店や休業に追い込まれていた飲食店や商店が5月に入って次々と営業を再開している、と地元ジャーナリストや独立系のメディアは伝えている。
しかしあくまでこれは「治安安定」を訴えるための軍政による「強制措置」とされ、この同時期にテレビ局など海外のメディアに正規の取材ビザを発給して街の様子などを取材させたこととも関係している、と現地ジャーナリストはみている。
ヤンゴン市内では5月22日も中心部などで不審火による火災が起きたほか、連日市内外のどこかで爆弾が爆発、死傷者がでる不穏な状況が続いているという。
火災や爆弾の実行犯は不明というが、軍は「軍政反対の市民」の犯行とする一方で、軍兵士による「治安の不安定」を創出する「やらせ」との見方も強いという。
地方に続いて都市部でも軍政による懸命の「治安は安定している」という演出にも関わらず、不穏な状況が続いていることは間違いなく、ひたひたと内戦の懸念が迫っているというのがミャンマーの偽らざる現状である。
トップ写真:軍や警察との衝突に備え、反クーデター抗議者がバリケードで通りを封鎖(ミャンマー・ヤンゴン 2021年3月5日) 出典:Stringer/Getty Images
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。