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.国際  投稿日:2024/8/28

日中関係の再考その9 反日は中国の国是か


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・中国では、継続的に抗日宣伝が行われている。

・これは日本軍への抗戦を主導したことが、中国共産党の統治の正当性であるため。

・日本側がいくら友好の言動をとり、中国側に同様の対応を願っても無理だという悲しい真実を認識すべき。

 

 

 私が産経新聞中国総局長として北京に赴任し、生活を始めて、びっくりしたことは山のようにあった。なかでも特別なのは中国官民の日本への態度だった。日本という国、日本人という国民をきわめてネガティブにみる基調が定着していると実感させられたのだ。日本に対しては英語ならばJapに相当する「小日本」という蔑称がごくふつうの言葉として多用されていた。日中戦争が終わって60年近くが過ぎたその時点でも、テレビや映画は「日本軍の残虐行為」を主題とするドラマ類にあふれていた。

 とにかく北京で生活していると、「日本の侵略」とか「日本の残虐」さらには「屠殺(虐殺)」への糾弾に毎日のようにさらされる。中国の官営の新聞やテレビが日中戦争での日本の軍事行動を取り上げ、いまもなお完結していない事件のように伝えるのだ。

 その形式はニュース、評論、ドキュメンタリー、連続ドラマ、映画と、さまざまである。中国側の主題は「南京大虐殺」や「細菌兵器731部隊」、抗日勢力の徹底掃討を目指したとされる「三光作戦」などだが、その他はるかに広い範囲にも及ぶ。

 ちなみに中国のメディアはすべて共産党の統括下にある。政府の意思の直接の表明なのだ。その筆頭の国営新華社通信も「中国侵略の有力な罪証となる日本軍司令官の岡村寧次の軍刀が発見された」(河北省石家荘発)とか「ファシズム軍人の略奪の歴史を克明に記録した日本軍人の日記が発見された」(黒竜江省ハルビン発)という記事を各紙に連日、提供していた。

 私は中国に赴任するまでは、中国側でのこの種の指弾は日本側からのチャレンジを受けて立つ反撃だろうと思っていた。日本側で「対中戦争にも大義はあった」、あるいは「南京大虐殺はなかった」というような主張が目立つ形で出たときにのみ、発せられる反撃メッセージだと考えていたわけだ。ところが実情は違っていた。過去の日本の戦争行為を糾弾する言論は現在の日本側の動きにかかわりなしに、間断なく打ち上げられるのだ。休みなしの継続キャンペーンなのである。

 こうした継続キャンペーンでは中国の教科書が果たす役割も大きいこともわかった。とくに中学、高校の歴史の教科書は日中戦争での日本の残虐や非道をなまなましい表現でこれでもか、これでもか、と記している。小学校高学年の「国情十知識」というような副読本も日本軍の残虐行為を示す写真を多数、載せて、冒頭に近い部分で「南京大虐殺」を詳述していた。

 中国側ではこの種の歴史を「抗日」と総括する。だが実態は反日である。日本はいつまでも悪者とされているからだ。戦後の日本が軍事面での謝罪や贖罪に努め、憲法9条に象徴される非軍事の平和主義国家になったことなど、すべて無視されるのである。

 これはなぜなのか。日本の実際の対中友好の言動にかかわらず、中国側は日本を悪役のまま位置づけることを断固として続ける。その理由はいろいろと考察した結果、明らかとなった。まず第三者の客観的な考察を紹介しよう。                          

中国共産党は日本軍への抗戦を主導したことを統治の正当性(レジティマシー)の支えとし、そのために日本軍の残虐行為などに関する記憶を国家が管理するメディアの頻繁な報道でいつまでも生き生きとさせておこうとする」

 当時のAP通信の北京支局のマーティン・ファクラー記者の解説記事だった。記事には「日本の戦時の残虐行為に対する中国側の恒例の絶えることのない糾弾」という表現もあった。同記者はちなみに後にニューヨーク・タイムズに移り、東京支局長をも務めたベテランだった。

 この記事が淡々と伝える「中国共産党の統治の正当性の支え」と「日本の残虐行為の糾弾」との因果関係は、実は日本側の一部の中国ウオッチャーからも指摘されてきた。以下の骨子だった。

・中国共産党の最大の歴史的偉業は侵略者の日本を打ち破り、祖国を解放したことである。その偉業は共産党が永遠の一党支配政党としてすべての権力を独占する統治の正当性の主要な支柱となる。

・共産党が統治の正当性を国民に確実に認識させ続けるには、国民向けに抗日の偉業、とくに闘争相手の日本軍の残虐行為に脚光を浴びせ続けねばならない。過去の侵略者がいまも反省していなければ、光はいっそう効果を発揮する。党の道義性までが高まる。

 こんな帰結の因果関係だというのだ。つまりは中国にとっての反日は国策だともいえるのである。共産党の永遠の独裁支配の根拠でもあるのだ。

 この点、当時の北京駐在の長いイギリス人のマーク・オニール記者も香港の英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポストに分析を発表していた。「われわれは許さない。だがあなた方のカネは取る」という見出しの日中関係の考察の記事だった。

 この記事は「中国共産党が貿易、経済援助、投資、観光などの最有力相手の日本を過去の戦争問題でたたき続けるのは日本を決して贖罪を果たしえない罪人として保っておくという戦略のためだ」「日本がいくら謝罪しても、いくら援助資金を送っても、絶対に十分というふうにはならない」というアジア人外交官らの見解を紹介していた。

 オニール記者はそのうえで自分自身の分析を記していた。以下の骨子だった。

・歴史問題での大部分の中国人の意見は間違った情報に基づいている。中国国民は日本側で自国の戦争犯罪に関する映画や本が元兵士や学者、左翼活動家によって膨大に出されていることを知らされていない。

・日本の戦後の歴代首相や天皇は自国の戦時の行動に対し謝罪を表明したが、中国側指導者はあえて認めず、日本側がなお不誠実だと非難する。

・中国がこの日本糾弾をなお続ける最大の理由は、この反日政策が大成功であることだ。日本を間断なく攻撃しても、中国側になんの不利な結果もないのだ。日本の企業は依然、投資を続け、観光客は訪中を続け、政府は援助資金を提供し続けてきた。

 だから中国にとってこれほど便利な外交戦略はなかったというのである。ということは、日本側はいくら友好の言動をとって、中国側の同様の対応を願っても、それは無理だという悲しい真実を認識すべきだということだろう。

(その10につづく。その1その2その3その4その5その6その7その8

トップ写真:南京大虐殺国家追悼記念式典に参加する中国国民と武装警察(中国江蘇省南京市 2016年12月13日)

出典:Photo by Getty Images




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