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.経済  投稿日:2021/8/30

「グリーン成長」の幻想と現実 重要なのは地球環境の保全


神津多可思(公益社団法人 日本証券アナリスト協会専務理事)

「神津多可思の金融経済を読む」

【まとめ】

・EUは10年間で1兆ユーロのグリーンディール計画を発表、「グリーン成長」を期待。

・グリーン成長に関する投資のリターンが問題となっている。

・恣意的にコストが計算される際の妥当性の判断も問題となっている。

 

毎年のように大雨で大規模な洪水や土砂崩れが発生している。しかも日本だけでなく海外でも頻発している。こうした天候不順の原因が地球温暖化に起因しているのかどうかについては、なお反論もあるが、世界の政治は大きく2050年の二酸化炭素排出実質ゼロへと舵を切った。そして主要な国・地域の政策当局は、その実現のために公債発行による大規模な支出を予定している。また、企業や家計などの経済主体を二酸化炭素排出削減の方向に誘導しようと炭素税なども導入しようとしている。

  • 新しい需要は確かに生まれるが

二酸化炭素削減の動きはとくに欧州で顕著だ。EU(欧州連合)は、10年間で1兆ユーロ(約130兆円)グリーンディール計画を発表している。民間資金も引き入れた総額は約3兆ユーロ(390兆円)という巨額の支出計画だ。これだけの総需要が新たに創出されるのだから、これからはこの分野で経済が成長していくという図式も描くことができる。これが「グリーン成長」だ。

単に新たな需要が生まれるだけでなく新たなイノベーションも期待される。2050年の排出ゼロという目標は、実用可能な技術だけでは量的目標の達成が難しいだけでなく、採算面でも大きなハンデになるからだ。地球環境の悪化に伴って将来発生するはずのコストを考えれば、そうした採算悪化を乗り越えるための新たなイノベーションが是非とも必要になる。

政府が、排出ゼロの目標をはっきりと掲げ、その目標のための支出分野を明確にし、政府自身も相当額の予算を確保すれば、民間としても技術開発に動きやすい。二酸化炭素の排出量削減につながる効率化のために新しい技術が次々と実用化され、電力、運輸といったインフラストラクチャーが新しく模様替えされていく中で経済が成長していくという明るいイメージがここからは生まれる。

写真:欧州連合温室効果ガス削減対策の会議 2020年9月17日 ベルギー ブリュッセル

出典:Photo by Thierry Monasse/Getty Images

  • グリーン成長のための投資リターンはどうなるか

だがそのグリーン成長のために民間部門の資金も集めようというになると、その投資のリターンが問題になる。公的部門にしても、グリーン成長のための投資が必ずしも将来の税収増に結び付かないなら、それはどこかの時点で増税するかあるいはその分の別の歳出を削減する必要がある。少なくともそう意識している国・地域が多い。欧州や米国では、現時点での公債発行増を将来どのような財源で償還していくかという議論が並行してなされている

投資のリターンは、ほとんどの場合、金銭価値で測られる。金銭価値による評価は、言うまでもなくマーケットで付く価格と密接に連動するが、環境問題において重要な点は、その価格付けがマーケットで正しく行われていないという点である。そのため、炭素税のような人為的な仕組みによってマーケットで形成される価格を修正しようとしているのである。

たとえば、地球環境の破壊に伴う将来のコストが、現在の市場価格に正しく織り込まれているのであれば、化石燃料の価格は今すでにもっと高くなっているはずだ。しかし、実際にはそうなっていない、経済学の表現で言えば、負の外部性をマーケットがきちんと評価できていないのだ。だから炭素税のような仕組みが必要になる。

本当はもっと高いコストなのにそれが現状では正しく認識されていないのだとすると、正しく認識されれば採算は当然悪化する。つまり金銭価値で測った投資リターンは低下する。私たちは地球環境を削りながら生きている。温暖化に限らず、再生できない資源を今使ってしまえば、将来の人類は使えないのだ。身の回りの製品の価格はそこまで勘案して付けられているかと言えば、きっとそうではないだろう。そもそも、100年後の現役世代のことを、わが身とのこととして感じられる人が今どれだけ居るだろうか。

  • 「うまい話はない」と覚悟しなければならない

金融論の教科書にある投資案件の評価の基本は、リスクとリターンのバランスである。地球環境問題に関しては、そのリターンの評価が水増しされている可能性がある。たとえば、化石燃料の生産に関与しているビジネスであっても現在は正のリターンが付いている場合がほとんどだが、本当にもうこれ以上二酸化炭素を出せないとなれば、そのリターンはゼロ以下になるはずだ。現在マーケットで価値があると認識されている資産が、ある時に急に無価値になってしまう、いわゆる「座礁資産」である。

逆に言えば、地球環境が破壊されて将来の経済活動が著しく制約されるというリスクが現在は過小に評価されているということだ。が、いずれにせよ、グリーン成長のための投資の評価においては、従来のリスクとリターン以外の要素が入ってくる。今は市場価格に正確に反映されていない第三の要素を勘案するからこそ、その分、低リターンの投資でも許容するということになるのでないだろうか。

これをマクロの成長という観点から見ると、これからは地球環境保全のコストを恣意的にではあるが考慮に入れるため、金銭価値で測った成長率は、その分、低くなることを意味する。成長率は低くなるが、金銭価値ではうまく評価できない、より良い地球環境を将来手に入れることができる。

やれ「グリーン成長だ」、「グリーン関連投資は高リターンが期待できる」と言うだけでは、地球環境の保全に向けた高いバーを飛び越える覚悟を示したことにはならない。大事なものを守るためには、応分の負担は避けられない。うまい話はないのである。

もうひとつ残っている問題は、恣意的にコストが計算されるときに、その計算が妥当かどうかの判断である。2050年の二酸化炭素排出実質ゼロという目標でいいのか、それを達成するための支出はどういうものか。

EUでは、企業活動が地球環境保全の観点から持続的かどうかを判定するための独自の基準、いわゆる「EUタクソノミー」を設定するとしている。こうした問題を考える時には、マーケットで形成される価格を基準に評価できないだけに、妥当性の判断は難しい。

日本としても、そうした基準設定について国としての統一見解をはっきりさせて、新興国も含めた国際的なコンセンサス形成に建設的に貢献しなければならない。誰かのものではなく、誰ものものである地球環境の話なのだから。政治、行政、企業のリーダーの覚悟が問われる。

トップ写真:欧州連合環境海洋水産委員会の記者会見 2021年5月17日 ベルギーブリュッセル 出典:Photo by Olivier Matthys – OM/EU Pool/Getty Images

 




この記事を書いた人
神津多可思公益社団法人 日本証券アナリスト協会 専務理事

博士(経済学)

1980年、東京大学経済学部卒業、日本銀行入行。政策委員会室審議役(国会・広報)、金融機構局審議役(国際関係)等を経て、2010年よりリコー経済社会研究所主席研究員 。2016年、同所長、2021年6月より同フェローとして従事。同年8月より公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事。

神津多可思

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