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.国際  投稿日:2021/9/20

北朝鮮ミサイル発射のたび語られる「振り向いてほしい論」


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

北朝鮮、長距離巡航ミサイルと偏心軌道短距離弾道ミサイルを発射。

報道で、またもや「振り向いてほしい論」がまことしやかに語られた。

・すぐさま「振り向いてほしい論」に向かうのは「北朝鮮分析の貧困」を示している。

 

北朝鮮は91112日、長距離巡航ミサイルの発射を行ったと発表し、15日には偏心軌道の短距離弾道ミサイルの発射も行った。3月に4日の間を置いて「巡航ミサイル2発」(3月21日)と「弾道ミサイル2発」(3月25日)の発射実験を相次いで実施してから6カ月ぶりだ。

1、北朝鮮巡航ミサイル発射は失敗?

巡航ミサイルはジェット・エンジンで推進するミサイルで、速度は遅いが概して命中精度に優れている。低速なので発見できれば撃ち落とすのは比較的容易だが、通常、きわめて低い高度を進むので、目前に現れるまでレーダーに探知されにくい。しかし、内陸部の攻撃には正確な3D地図情報がプログラム化されていなければならず、この点が保証されなければは攻撃に失敗する。それゆえ自国で1500km飛び回ったからと言って他国に対しても同様の精度が保てる保証はない。ただ海岸線近くの都市の攻撃や対艦攻撃任務には3D地図情報の精密度は関係ない。

一方、弾道ミサイルはロケット推進で高速で打ち上げられ、その勢いの慣性で飛んで標的を攻撃する。高い高度まで上がるので、遠くからでもレーダーで捕捉・追尾されやすいが、今回の短距離弾道ミサイルは、偏心軌道で高度60kmという迎撃ミサイルの隙間を狙って攻撃してくるので防御には困難が伴う。それも今回は従来の車両式ではなく、初めて列車から発射し、奇襲性を高めた。

しかし、偏心軌道だからと言って妖怪変化のように自由に飛び回れるわけではない。このロケットにも一定の制約性がある。撃墜が不可能なものではない。また北朝鮮の鉄道は時速40km以上出せないほど劣化している。北朝鮮が放映した映像だけを見て過度に恐怖を煽れば、北朝鮮の罠にハマる事になる。

国連安全保障理事会は北朝鮮の「弾道ミサイル技術を利用したいかなる発射」も禁止している。したがって、巡航ミサイルの発射は国連安保理決議違反ではないが、短距離弾道ミサイルの発射は種類を問わず国連安保理決議違反に当たる。だが、トランプ政権時代は、短距離弾道ミサイルの発射で国連安保理の招集を求めたことはなかった。

バイデン政権は今回、国連安保理の招集を行ったが、非難決議を出せなかった。中・ロが反対したからとしているが、対話へつなげたいために本気で非難する気がなかったと見ることもできる。

今回の発射について日本政府は強く非難したが、「巡航ミサイルの発射は、失敗だったのでは」との見解も示している。たしかに北朝鮮はこれまで発表していた命中写真を発表していない。

▲写真 北朝鮮のミサイルのファイル画像を見るソウル市民(2021年9月15日 韓国・ソウル駅) 出典:Photo by Chung Sung-Jun / Getty Images

2、またもやテレビを賑わした「振り向いてほしい論」

今回のミサイル発射に関する「報道」では、またもや「振り向いてほしい論」がまことしやかに語られた。「アフガニスタン問題が大きく取り上げられる中で、自分たちにも関心を持ってほしいから」「韓国が潜水艦発射型ミサイル(SLBM)の発射実験成功効果を減殺するため」「9月14日に行われた日米韓高官協議への牽制」「15日に中国の王毅外交担当国務委員兼外交部長が、ソウルで文在寅大統領とチョン・ウィヨン(鄭 義溶)外交部長官と会談する時に合わせた」といったものだが、大手テレビ局やテレビに顔を出す「専門家」は、この「振り向いてほしい論」が大好きなのだ。

しかし、15日に発表された北朝鮮の金与正副部長談話では、そうしたことは語られていない。そこでは「われわれは今、南朝鮮が憶測している通りに誰かを狙い、ある時期を選択して「挑発」するのではなく、わが党大会(8回党大会)の決定貫徹のための国防科学発展および兵器システム開発5カ年計画の初年の重点課題の遂行のための正常的で自衛的な活動を行っているのである」と語っている。

もちろん北朝鮮が語らないから、そうした意図が全くないとは言えない。北朝鮮は自分たちの軍事技術の発展を見せることでそうした政治的目的がおのずと達成できることはよくわかっているからだ。今回国連安保理が招集されたのもそうした効果の証明だ。しかし、「挑発的行為」だからと言って、すぐさま、「振り向いてほしい論」に直行するのはいかがなものか。

北朝鮮がミサイルを発射すれば、すぐさま「振り向いてほしい論」に向かうのは、「北朝鮮分析の貧困」を示す以外のなにものでもない。この点について軍事評論家の黒井文太郎氏もFRIDAY9月18日付で苦言を呈していたが、全く同感である。

トップ写真:北朝鮮のミサイル発射のニュースを見るソウル市民(2021年9月15日 韓国・ソウル) 出典:Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images




この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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