河野氏が岸田氏に負けたわけ
安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)
【まとめ】
・自民党総裁選、河野候補は意外なほど議員間に支持が広がらなかった。
・戦略ミスは、党内に支持が広がらない政策を前面に打ち出したこととなど。
・次の政権の政策運営を円滑に進めるため自民党議員らが選んだのが岸田氏だった。
29日、岸田文雄新総裁が誕生した。第1回目の議員票で河野太郎候補は高市早苗候補の後塵を拝した。世論に近いとされる党員票で圧倒した河野候補は意外なほど議員間に支持が広がらなかった。
8月から9月頭、菅総理が辞任を表明する頃と比べ、自民党の支持率が快復してきたことで総選挙の顔を誰にするか気にする必要が無くなり、国会議員の間で河野氏より岸田氏を選ぶ空気が一気に醸成された、という解説をどこかで読んだが、私はそれだけではなかったと思う。
今回河野氏が負けた理由はいくつかある。
第一に、議員間に支持が広がらない政策を前面に打ち出したことだ。
まず河野氏は、総裁選当初から「基礎年金の税方式化」を打ち出した。9月18日の日本記者クラブ主催の候補者討論会の場だった。基礎年金の財源を全額消費税とする「最低保障年金」を掲げたことで、他候補から異論が相次いだ。(参考:「自民党総裁選候補者討論会 基礎年金、原発ゼロなどで火花」)
▲写真 自民党総裁選候補討論会に臨む4候補(2021年9月18日) 出典:日本記者クラブ
岸田候補は、旧民主党政権時7万円の最低保障年金の議論があり、当時自民党がこれを攻撃したことを上げ、「あの時は8%消費税を上げなければいけないということで、これは実現不可能だと言ってきた。税でやるとした場合に、実際消費税が何%上がるのかをしっかり示して、議論をすることが大事だ」と問うたが、河野氏は明確には答えなかった。
もう一つは「原発ゼロ」だ。河野氏は2012年から、「原発依存ゼロ」とともに、「使用済み核燃料の再処理もゼロ」、すなわち核燃料サイクル事業からの撤退も主張している。河野氏は上記討論会で、「耐用年数がきたものはだんだん廃炉にしていくということになれば、原子力は緩やかに減っていきます」とトーンダウンした。特に「核燃サイクル撤退」については、他候補から疑問の声が相次いだ。
実現可能性の低い政策を掲げ、党内にハレーションが起きたことは否めない。河野総理が誕生したら、こうした政策を強硬に推し進めるのではないか、という危惧が議員間に広まったと思う。
持論とは言え、なぜ、基礎年金問題にこだわったのか。他陣営選対幹部も「何ででしょうね?」と首をかしげていた。そもそも党内に支持が広がっていない政策を前面に打ち出した戦略には正直疑問を感じた。敵失を与えた感は否めない。
二つ目は、「人の話を聞かない」、「短気」、「高圧的」との印象が広まったことだ。
まず、週刊文春が、8月24日の資源エネルギー庁とのオンライン会議での音声を公開した。「エネルギー基本計画」素案についての会議だったが、河野氏の官僚に対する物言いはかなり激しいものだった。パワハラがこれだけ社会問題になっている昨今、一気に20年前に引き戻されたような感覚に陥ったくらいだ。この報道は痛かったと思う。
マスコミ批判もあまりお勧めできない戦略だ。戦略ではなく、「素」だったのかもしれないが。
22日にTBS系「news23」に出演した河野氏は、「飲食店でのお酒の提供の解禁など制限の緩和はいつごろを目指しますか」と問われたのに対し、メディア批判を展開した。質問は「無責任」かつ「科学的な根拠となるデータもなしの議論に疑問」とした上で、メディアに反省を促した。
また、26日のFNN系「日曜報道THE PRIME」で、松山俊行キャスターが決選投票で有利に戦うために、河野陣営が1回目の投票で一部票を高市氏に回して高市氏を2位にしようとする動きがある、と解説したのに対し、河野氏は「するわけないですよそんなこと。冗談よしてくださいよ。ひどいフェイクニュースですよ」と声を上げた。
総裁選で各候補者のメディア露出が増えるにつれ、その人柄、性格がじわじわと世間に広まっていった。
敢えてももう一つ敗因を上げるなら、小石河連合を組んだことだと思う。まず石破茂氏は総裁選の最中、河野氏を応援するような発言をほとんどしなかった。また、小泉進次郎環境大臣は、高市氏のエネルギー政策に対し、「再生可能エネルギー最優先の原則をひっくり返すのであれば、間違いなく全力で戦っていかなければならない」と述べた。しかし、エネルギーの議論は、原発か再エネかの二者択一でないことは明白で、こうした発言は河野氏にとってプラスにはならなかったと思う。
議員票が伸びなかったのはこうした理由が重なり合った結果だと思う。
リーダーに求めら得る資質は「感情をコントロールする力」であると同時に、相手の言うことによく聞く「傾聴力」、そして「巻き込み力」だと思う。
くしくも岸田氏は筆者のインタビューで、「能弁に事を語るが、人の話を10分も聞けない政治家がいる。(中略)政治というのは全員野球だ。人を怒鳴ってばかりではチーム力は出来上がらない」と述べている。
▲写真 総裁に選ばれた岸田文雄氏(2021年9月29日) 出典:Photo by Carl Court/Getty Images
そういう意味で岸田氏が河野氏を上回った、ということだ。派閥の力学だけで単純に説明しきれるものでもない。自民党という政党が、次の政権の政策運営を円滑に進めるためにはどういうリーダーがいいか、現実的に考えた時、選んだのが岸田氏だった。実は意外と人間くさいところで決まっている気がしている。
トップ写真:自民党総裁選決選投票で投票する河野太郎候補(2021年9月29日) 出典:Photo by Carl Court/Getty Images
あわせて読みたい
この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。