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.国際  投稿日:2024/11/6

印タタ・グループ、英オックスフォード大と連携し「ラタン・タタ ビル」建設へ


中村悦二(フリージャーナリスト)

【まとめ】

・インドのタタ・グループは、オックスフォード大学サマーヴィル・カレッジと連携し、「ラタン・タタ ビル」を2025年春から建設予定。

・「オックスフォード・インド持続開発センター」が施設内に設置され、持続可能社会開発を推進。

・タタ・グループは、創業以来社会貢献活動を重視し、教育や環境分野に多大な影響を与えてきた。

 

 

インドのタタ・グループは、英オックスフォード大学のサマーヴィル・カレッジ 校とタイアップして、同校の教育・学習の拡充に向けた施設「ラタン・タタ ビル」の建設を2025年春から始める。

 

1878年設立のサマーヴィル・カレッジ校は当初、女子大としてスタート。卒業生には英国首相を務めたマーガレット・サッチャー、インド首相だったインディラ・ガンディー、英国で女性初のノーベル化学賞の受賞者であるドロシー・ホジキンなど錚々たる面々がいる。

1994年からは男子の受け入れも始めた。

 

■ オックスフォード・インド持続開発センターを設置

 

タタ・グループと英オックスフォード大サマーヴィル・カレッジ 校が建設する施設は、1991年以降、タタ・グループの実質的な責任者としての責務を背負い、2024年10月9日に死去したラタン・N・タタと同校との長年の友好関係を反映したもの。セミナー室、オフィス、共同研究スペース、客員教授向け宿泊施設などを設置する予定。タタ・グループはこの施設内に「オックスフォード・インド持続開発センター(Oxford India Centre for Sustainable Development=OICSD)」も設けることになっている。OICSDはインドにおける、あるいは国際的な持続可能社会開発への取り組みに焦点を当てている。

 

2025年春から始めるオックスフォード大サマーヴィル・カレッジ 校での教育・学習の拡充に向けた施設のデザインは、ロンドンの建築会社であるモリスが担当したとされる。

 

同校のバロネス・ロヤル校長は、この施設建設について、「この施設は、様々な会話、希望、夢およびタタとの長期にわたる協力の賜物。当校の現在・将来の必要を満たすとともに、われわれの価値を具現化し、われわれをわくわくする将来にさそうものだ」と誇らしげに語っている。

 

タタ・グループのインドにおける特異な立ち位置タタ・グループが、インドだけでなく国際的な関与にも熱心になるのには訳がある。タタ・グループはインドにあって、特異な存在なのだ。

 

同グループの創始企業であるタタ・サンズの創業は1868年。創業者のジャムシェドジー・タタは、父親と友人が経営する貿易会社に入り、香港に駐在し、インドから綿花とアヘンを中国に持ち込む一方、中国から茶や香料を輸出していた。その出自は、イスラム勢力が侵入したササン朝ペルシャを逃れ、10世紀ごろ(8世紀との説もある)にインド亜大陸の西海岸に面するグジャラート州に居住することを時の藩王に許可されたパールシー(ゾロアスター教徒=拝火教徒)だ。

 

グループの事業の多くは、長男でタタ・サンズの2代目会長となったドラブジー・タタの時に成長した。ドラブジー、次男のラタン・タタに子供がいなかったので、3代目会長には創業者の妹の息子が就任したが、短期で退位。4代目会長として、1944年1月に就任したJ・R・D・タタは創業者同様、先見性に富み、1970年代央にソフトウエア部門を設立。同社は今日、世界有数のITサービス会社で、タタ・サンズの稼ぎ頭となっているタタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)となっている。

 

最後まで社会貢献の元締め役を果たすラタン・N・タタは、1991年にタタ・サンズの5代目会長に就任した。彼は米コーネル大で建築学を、ハーバード大経営大学院で経営を学び、一時ロサンゼルスで働いていたが、インドに呼び戻され、東部のジャルカンド州ジャムシェドプルのタタ製鉄などで現場の実際仕事の経験や経営を学んだ。ラタン・N・タタは、上述のドラブジーの次男の養子となったナバル・タタの初婚の相手との間の子だ。ラタン・N・タタは、パールシーに相応の女性が見当たらないとかで、独身を通した。

 

タタ・グループは持続可能社会開発への取り組みに関し、タタ・サステナビリティー・グループやタタ・グループのタタ・トラスト(Tata Trusts)を通じて関与してきた。この面での貢献は大きい。タタ・トラストは、タタ・グループの持株会社であるタタ・サンズの株式の66%を所有しており、タタ・グループの社会貢献のいわば元締め役を担っている。

 

写真:ジュネーブモーターショーを訪れたラタン・タタ会長(2013.3.5 スイス ジュネーブ)

出典:Photo by Harold Cunningham/Getty Images




この記事を書いた人
中村悦二フリージャーナリスト

1971年3月東京外国語大学ヒンディー語科卒。同年4月日刊工業新聞社入社。編集局国際部、政経部などを経て、ロサンゼルス支局長、シンガポール支局長。経済企画庁(現内閣府)、外務省を担当。国連・世界食糧計画(WFP)日本事務所広報アドバイザー、月刊誌「原子力eye」編集長、同「工業材料」編集長などを歴任。共著に『マイクロソフトの真実』、『マルチメディアが教育を変える-米国情報産業の狙うもの』(いずれも日刊工業新聞社刊)


 

中村悦二

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