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.国際  投稿日:2021/11/27

ミャンマーで搾取続ける中国資本の農園


大塚智彦(フリージャーナリスト)

【まとめ】

・ミャンマー軍事政権の実質的後ろ盾である中国資本バナナ農園での「搾取」を反軍政メディアが報じた。

・低賃金で劣悪な労働環境かつ天候に左右されやすい過酷な状況は隣国ラオスでも。

・こうした報道は中国側のひどい実態をあからさまにする告発の意味合いがある。

 

2月1日に起きた軍によるクーデターで実権を掌握したミン・アウン・フライン国軍司令官による軍事政権とそれに反対してアウン・サン・スー・チーさんらによる民主政権の復活を求めて軍や警察との武装闘争が激化しているミャンマーで、軍事政権の実質的な後ろ盾になっているといわれる中国の資本によるバナナ農園がミャンマー人労働者を低賃金、劣悪な労働環境などで「搾取」している実態が現地の独立系メディアによる報道で明らかになった。

 反軍政の立場からの報道を続けている「イラワディ」は11月23日にネット版で、ミャンマー国内に点在する中国資本のバナナ農園の過酷な状況を伝えた。それによると中国と国境を接する北部カチン州に中国資本のバナナ農園が多く存在し、2019年の統計によると約17万ヘクタールの土地がバナナのプランテーションとして開発されたという数字が残っている。

こうした農園は雇用主も監督者も中国人でその下でミャンマー人が労働者として雇用されている。労働者は地元の住民などではなく、他の地方など遠隔地の住民を雇用することが多く、これは労働に対する不満や問題意識が地元住民より少ないためといわれている。

問題があればすぐに辞めて帰る故郷が近い労働者より遠方からの出稼ぎ労働者の方が不満も少なく定着率が高いことが理由とみられている。

有害農薬使用で健康被害、環境汚染も

こうしたバナナ農園では通常の黄色いバナナより果実が大きい緑色のバナナを栽培、収穫しており、そのために農薬が使用されているというが、この農薬として「クロルピリフォス」と呼ばれる有機リン酸系の殺虫剤が使われている。

「クロルピリフォス」は欧州連合(EU)では使用が禁止され、タイでも規制対象になっている有毒な農薬とされ、カチン州のバナナ農園でも労働者に肺癌などの健康被害をもたらしていると報道は指摘している。

さらにこの農薬などの有害物質は農園労働者や近隣住民が飲料水として使用している河川に垂れ流し状態になっており、健康被害に加えて川魚が死ぬなどの環境問題も引き起こしているという。

■ 低賃金、居住環境も劣悪な労働者

バナナ農園で働くミャンマー人は農園内の居住施設で生活しているが、トイレは近くの小川で済ますしかなく垂れ流しの状態で、住居スペースはベッド以外に場所がなく洗面所やシャワー設備もない劣悪な環境だとしている。賃金は平均して1日6000チャット(約380円)と低く抑えられている。

多く雇用されているという夫婦共働きの労働者はフルタイムで1シーズン働くと2人で最高400万チャット(約25万円)を稼ぐことができるというが、バナナの収穫時期には一人で約60キロのバナナを運ばなければならず、天候不順や害虫被害などで収穫量が減少すればそれに応じて稼ぎも減額されるという労働者には極めて不利な状況とされている。

なお収穫されたバナナはその大半が国境を越えて中国本土に輸出される。2020年以来のコロナ禍で労働者は農園外に買い物などに出かけることも難しくなり、農園内に設けられた中国人経営の商店で食料品などを周辺地域の市場価格より高い値段で購入することを強いられていることも報道で指摘されている。

■ ラオスでも同じ状況で死者の報告も

こうしたミャンマー北部のバナナ農園の過酷な状況は隣国ラオスでもほぼ同じ状況といわれている。ラオスの場合北部ボケオ県を中心に中国資本のバナナ農園が1万1000ヘクタール存在し、年間の輸出額は1億ドル以上に達しており、これは同県周辺の対外輸出量の約95%を占める重要な主力産業となっている。

ラオス中部のボーリカムサイ県にあるバナナ農園では2020年の初めに農園で働くラオス人男性2人が農園で使用していた化学物質の影響で死亡したとの情報も伝えられている。

どこの農園も同じだが病気になった労働者への医療支援も死亡した労働者への補償もないのが現状で、ラオスの農園では中国人監督者によるラオス人労働者への暴力事件も報告されているという。

労働者の弱みに付け込む中国

ミャンマーもラオスも経済格差が大きい社会で貧困層は折からのコロナ禍による失業、時短、在宅ワークなどの厳しい現実に直面している。

このためたとえ労働環境が劣悪で低賃金、虐待があってもバナナ農園で就労できることはギリギリで最低限度の生活が約束されていることを意味するため、中国人雇用主や監督者の「無理難題」を受け入れるほかないのが現状で、そうした労働者の「弱みに付け込む」という中国流がまかり通っているのだ。

今回の「イラワディ」の中国資本のバナナ農園に関する報道は中国側のひどい実態をあからさまにする告発の意味合いがあり、今後ミャンマー、ラオス政府当局やその意を受けた治安当局、さらに中国側の反発や圧力も十分に予想されている。

▲写真 タイのバンコクにてビルマ人移民たちが国連の前で抗議活動を行った(2021-2-3) 出典:Photo by Lauren DeCicca/Getty Images

このため報道に付された取材した記者の名前(クレジット)は「ヤン・ナイン」と書かれた上で「仮名である」との注記が記されている。これは記者個人への当局の動きを防ぐもので、ここまで配慮が求められるのがミャンマー、ラオスの実情であることもわかる報道となっている。

トップ写真:ミャンマーの首都、ヤンゴンでバナナを運んで売るビルマ人(2007年10月2日) 出典:Photo by Marco di Lauro/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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