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.国際  投稿日:2021/12/15

印、廃車政策始動 日本にも波及効果


中村悦二(フリージャーナリスト)

【まとめ】

・インドで一部の車両を対象とした廃車政策が始動。

・深刻な大気汚染や環境問題の解決につながるとして期待が集まる。

・インドの自動車メーカー各社は、既に廃車政策に対応、日本企業の廃車ビジネスに乗り出す。

 

インドで廃車政策が始動した。同国政府は3月に廃車施策の実施に向け草案を発表。使用済みとなるのは車齢20年超の乗用車と同15年超の商用車で、排ガス、ブレーキの状態など安全面での適合検査に不合格の車両を対象とする。廃車促進に向けた優遇措置も用意した。8月には、モディ首相が廃車政策の始動を宣言した。2022年度(2022年4月―23年3月)から政府部門での廃車を始め、翌年度から民間部門に対し適合検査実施を義務付ける。

自動車業界も政府の動きに呼応して、適合検査センターや廃車センターの整備に取り組み始めている。インドの車齢20年超の乗用車と同15年超の商用車の合計台数は、1000万台を超えるとされ、廃車が進むと新車の需要増が期待されるほか、鉄、アルミニウム、プラスチックなどのスクラップの再利用にもつながる。住むところではないとさえいわれるデリー首都圏などの大気汚染改善への貢献も見込まれる。

インドでは2010年代に入り、インド自動車工業会(SIAM)が廃車政策の導入を提言。その後、道路交通・高速道路省などが導入案を検討してきた。2014年には、世界保健機関(WHO)からデリー首都圏が「世界で最も汚染された首都」と分類され、翌年には都市にいる学童の肺機能障害が問題視された。

▲写真 深刻な大気汚染が指摘されるインドの首都デリー 出典:Photo by Allison Joyce/Getty Images

インド政府は今年3月、重い腰をあげ、廃車政策の草案を発表した。廃車に伴う新車購入支援として、道路税(車両取得税に相当)の還付(乗用車で最大25%、商用車で同15%)、車体価格の5%割引をするほか、登録料も免除する。

2023年度から義務化される適合検査に不合格となると再登録はできない。合格した場合は再登録が可能だが、その後5年に渡って毎年適性検査を受けなければならず、不合格となった時点で再登録は不可となる。また、車齢15年以上の自動車の登録更新料の大幅引き上げも盛り込まれている(インドでは統計上、二・三輪車も自動車に分類される)。

ガドカリ道路交通・高速道路相によると、廃車対象となるのは、車齢20年超の軽車両が510万台、同15年超の軽車両が340万台、同15年超の中・大型商用車が170万台で、合計1020万台にのぼる。

モディ首相は8月13日に開かれた廃車に関するインフラへの投資促進に向けた「グジャラート投資サミット」でのオンライン講演の中で、「この政策の開始はわが国の発展上画期的な出来事」と強調し、内外の企業・投資家にその推進に向け投資を呼びかけた(インディアン・エクスプレス紙8月13日電子版)。

同首相は循環型経済の具現化にも言及し、マクロ経済への自動車産業が果たす役割強化に期待を込めた。日本総研が2017年の産業連関表の投入係数・輸入係数を用いて試算したところによると、インドの廃車政策で廃車される車両が全て新車に置き換えられる場合の生産誘発額は輸送機械や基礎金属を中心にGDPの約20%に相当するという。

▲写真 インドのモディ首相(2021年9月24日、ワシントン) 出典:Photo by Sarahbeth Maney-Pool/Getty Images

廃車政策実施に伴う新車販売増は、新型コロナウイルス感染の動向に左右されそうだが、ガドカリ道路交通・高速道路相は「10-12%程度」としている(ヒンドゥー紙11月23日電子版)。鉄、銅、アルミなどの素材や部品のリサイクル関連での新規ビジネス創出、輸入代替効果も無視できない。年間輸入量が800万トンにのぼる鉄スクラップの価格は、このところ世界的な品不足で値上がりが激しい。環境性能の高い車に買い替えが進むと大気汚染など環境問題の改善効果も出る。モディ首相は「若者やスタートアップ企業にこの政策推進で参画してほしい」とも述べている。

「将来的には毎年約900万台の廃車(うち60%は二輪車)が見込まれる」(オンライン・データバンクのプロジェクツ・トゥデー5月21日記事)とされるだけに、民間企業も廃車政策関連の新規事業展開に乗り出し始めた。

大手財閥マヒンドラ・グループの中核企業である自動車のマヒンドラ&マヒンドラ(M&M)は、廃車政策案が発表された翌月の4月、マヒンドラMSTCリサイクリングと、M&Mのディーラーで新車購買希望者に同リサイクリングの廃車に関するサービスを提供する覚書を交わした。

マヒンドラMSTCリサイクリングは、同グループのスチール・サービスセンターであるマヒンドラ・インタートレード(現マヒンドラ・アクセロ)とインド鉄鋼省傘下の商社であるMSTCとの合弁会社で、2018年1月にニューデリー近郊のノイダ地区に使用済み車両の解体・鉄再利用施設を開所した。マヒンドラ車のディーラーはCEROのブランド名で、同リサイクリングの協力を得て車両の評価、スクラップ価格査定、廃車政策の恩恵を受ける際に役立つCERO名の証明書発行なども行う。同リサイクルは現在、タミルナド州チェンナイ、マハラシュトラ州プネにも同様な施設を持つ。同社は2025年までに同様の施設を全国25カ所に設ける予定だ。同社はルノーとも廃車サービスで覚書を交わしている。

タタ・モーターズは、8月13日のグジャラート投資サミットの場で、グジャラート州政府と使用済み乗用車・商用車のスクラップ施設建設で覚書に調印した。グジャラート州はモディ首相が州首相をしていたところ。中央政府の廃車政策下での同施設に関する規制のクリアー面で、州政府の港湾・道路交通局が支援する。年間の処理台数は3万6000台。

▲写真 廃車政策への対応を進めるタタ・モータース 出典:Photo by Bill Pugliano/Getty Images

スズキの子会社でインドの最大手自動車メーカーであるマルチ・スズキ・インディアは廃車政策の行方をにらみ、2019年10月に豊田通商・豊田通商インディアと使用済み車両の仕入れ、廃液の抜き取りなどの適正処理、、解体、スクラップ販売を行う合弁会社「マルチ・スズキ・トヨツウ・インディア(MSTI)」を設立した。豊田通商はこの分野で内外で実績があるとされる。

MSTIはこの11月23日に、ノイダ地区で施設の開所式を行った。当初は月間の処理台数300台程度から始め、将来的には月間2000台の処理を目指すという。投資額は4億4000万ルピー(6億6000万円)。式には、ガドカリ道路交通・高速道路相、鈴木哲駐インド大使が出席。同相は、「マルチや他の関係者に、ここと同様なスクラップ・リサイクル施設というエコシステムを全国に創出することを要請する」と一層の投資を呼びかけた。

自動車リサイクルで海外展開を行っている会宝産業(金沢市)は、インドにも進出し、規制に見合った使用済み車両の解体、部品リサイクルの普及に一役買おうとしている。

トップ写真:廃車のイメージ 出典:Photo by Matt Cardy/Getty Images




この記事を書いた人
中村悦二フリージャーナリスト

1971年3月東京外国語大学ヒンディー語科卒。同年4月日刊工業新聞社入社。編集局国際部、政経部などを経て、ロサンゼルス支局長、シンガポール支局長。経済企画庁(現内閣府)、外務省を担当。国連・世界食糧計画(WFP)日本事務所広報アドバイザー、月刊誌「原子力eye」編集長、同「工業材料」編集長などを歴任。共著に『マイクロソフトの真実』、『マルチメディアが教育を変える-米国情報産業の狙うもの』(いずれも日刊工業新聞社刊)


 

中村悦二

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