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.経済  投稿日:2021/7/12

スズキ、気になるインド事業の先行き


中村悦二(フリージャーナリスト)

【まとめ】

・スズキの収益の柱であるインド事業の行く末が注目されている。

・2020年度、鈴木のインド子会社シェアは47.7%と50%割り込んだ。

・インド事業面でも提携しているトヨタとの協業の行方が要注目。

 

スズキの収益の柱であるインド事業の行く末が注目されている。スズキの2021年3月期(2020年4月―21年3月)での四輪車の生産、販売台数はそれぞれ前期比10.6%減の265万1000台、同9.8%減の257万1000台

うちインドでの生産は54%を占める144万台(同8.7%減)、販売台数は51%を占める132万3000台(同7.8%)。スズキのインド子会社マルチ・スズキの同国内乗用車市場(SUV=スポーツ用多目的車、バンを含む)シェアは、インド自動車工業会(SIAM)調べで、2020年度(2020年4月―21年3月=日本の年度表記との違いに注意)には47.7%とついに50%を割り込んだ。第2位の韓国・現代自動車の17.4%にはまだ大差をつけているとはいえ、最盛時には80%を超えていた。売り上げに占めるインド事業の割合も、2019年度の35.4%から、2020年度が33.5%、2021年度が31.8%と減少傾向が止まらない。スズキは先月中旬の2021年3月期決算発表時、「現時点では業績予想をする上でのに未確定要素が多い」とし、国内自動車メーカーとして唯一、次期業績予想を発表しなかった。

▲グラフ 出所:日本貿易振興機構(ジェトロ)2021年5月17日付地域・分析レポート。原典はインド自動車工業会(SIAM)

スズキ(当時は鈴木自動車)とインドの国営企業マルチ・ウドヨグとの合弁会社が、スズキ技術で排気量800㏄の小型乗用車「マルチ800」の生産を始めたのは1983年12月。同国ではそれまで工業ライセンス制の下、ヒンドスタン・モーターズとプレミア・オートモビルズが細々と乗用車を生産していた。200万円以上と高額ながら新車でも「古色然」としていた。マルチ800の発売価格は1万ルピー(約23万円)。予約金を払った購買希望者は17万5000人にのぼり、全員に行き渡るには「3年かかる」といわれたものだ。

その前年の10月、ニューデリーでマルチ・ウドヨグのV・クリシュナムルティ社長にインタビューした後、合弁会社の立ち上げ状況を取材した。場所はハリアナ州グルガオン。「国際水準の国産車」計画の推進途上で航空機事故死した、インディアラ・ガンジー首相(当時)の次男サンジャイ氏が立ち上げた工場だった、鈴木自動車の技術者には「何しに…」と怪訝な顔をされたが、事務所内は外気にも劣らぬ熱気に満ちていた。

同合弁の生産車種は徐々に増え、累計生産台数は、1994月に100万台、2005年央に500万台、2011年3月に1000万台を突破。2015年5月に1,500万台となり、2017年2月にはモディ首相のおひざ元であるグジャラート州の工場を稼働。スイフト生産を始めた2018年6月に2000万台を達成した。インドが極度の外貨準備不足に陥いり、国際通貨基金(IMF)などの融資条件であった経済自由化に転じた1991年以降の生産台数の伸びは顕著だ。当初のスズキの出資比率は外資規制により26%だったが、同規制廃止後に50%に拡大し、2002年5月にはインド政府が国営企業の民営化推進で放出した株式をスズキが取得し、マルチ社を子会社化した。2007年秋には社名を「マルチ・スズキ」に変えている。

スズキのインド事業の今後は大丈夫だろうか。新年度入りしてからの同社の乗用車販売は、4月が前月比7.1%減の13万5879台で、シェアは51.9%と過半を維持した。5月は医療向け酸素不足に対応しての操業一時停止の影響で同75.8%減の3万2903台へと大幅に落ち込み、シェアは37.4%へと落ちた。6月の自動車販売は前年同月比43%増とするインド自動車ディーラー協会連合会の統計を紹介しながら「自動車販売に回復の兆し」といった報道(エコノミック・タイムズ紙7月10日付)も見られるが、インドは新型コロナウイルス感染者数で米国に次ぎ世界2位。収束の見通しは立たず、先行きは不透明だ。また、マルチ・スズキは、現代自動車などに比べ、SUV部門の弱さが指摘されている。SUVの国内販売は2020年度、前年度比12.1%増の106万台750台と増加している。中産階級が台頭しているインド市場の変化への対応も見逃せない。自動車メーカーも中国系を含め多彩になっている。

他の不安要因もある。インド進出を決断したカリスマ経営者の鈴木修氏は6月の株主総会後に会長職を退いた。一方、1985年にマルチの社長に就任し、日本式の経営手法導入などに尽力したマルチ・スズキ会長のR・C・ガルガバ氏は、1997年に一旦勇退したが2003年に復帰し、2007年から会長職にある。日本的経営の良さとインドでの経営リスクを知り尽くした同氏も1934年生まれと高齢。マルチの躍進を担ってきた二人の存在はあまりに大きい。鈴木俊宏社長の下での経営陣に両氏のインド事業でのノウハウが伝授されているかどうかは今後試される。

▲写真 鈴木修会長(当時) 出典:東京モーターショーにて 2013年11月20日

それに、自動車業界ではEV(電気自動車)化の動きは急。インドでも、政府は2030年までに四輪車の完全EV化という野心的な方針を2018年2月に引っ込めたとはいえ、販売の30%のEV化を打ち出している。近年では、州レベルでのEV政策強化の動きも目立つ。スズキはEV化で後れを取っている。トヨタ自動車との資本・業務提携に基づき、EV化でトヨタの支援を仰ぐとみられているが、インド事業面でも同提携下での協業の行方は要注目だ。トヨタとの協業では、マルチ・スズキは4月に行われた2020年度業績に関するアナリスト向けオンライン説明会で、トヨタへのOEM供給台数は年6000台程度と説明している。マルチ・スズキの2020年度の輸出は前年度比5.9%減の9万6139台。同社は長年、アフリカ市場開拓を進めており、トヨタとの連携の可能性を示唆している。アフリカ市場開拓では豊田通商が熱心だ。

トップ写真:インドデリーの街並み(2018年12月2日) 出典:Frédéric Soltan/Corbis via Getty Images




この記事を書いた人
中村悦二フリージャーナリスト

1971年3月東京外国語大学ヒンディー語科卒。同年4月日刊工業新聞社入社。編集局国際部、政経部などを経て、ロサンゼルス支局長、シンガポール支局長。経済企画庁(現内閣府)、外務省を担当。国連・世界食糧計画(WFP)日本事務所広報アドバイザー、月刊誌「原子力eye」編集長、同「工業材料」編集長などを歴任。共著に『マイクロソフトの真実』、『マルチメディアが教育を変える-米国情報産業の狙うもの』(いずれも日刊工業新聞社刊)


 

中村悦二

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