EUの対中姿勢、微妙に変化
村上直久(時事総研客員研究員、長岡技術科学大学大学院非常勤講師)
「村上直久のEUフォーカス」
【まとめ】
・EUは、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」に対抗し、「グローバル・ゲートウェー」戦略を発表。
・中国共産党に対する直接的な批判はないものの、中国の動向が欧州の平和と繁栄に直接影響を及ぼすとみているようだ。
・EUは長い間「戦略的パートナーシップ」を唱えてきたが、対中姿勢を微妙に切り替えつつある。
今年も余すところあと一週間ほどとなった。12月16日にブリュッセルで開かれた欧州連合(EU)の2021年最後の首脳会議における域外国との関係についての議論ではロシア軍の国境近くでの集結で緊迫するウクライナ情勢に焦点が合わせられ、対中関係は会議後の総括文書を読む限り、ほとんど取り上げられなかった模様だ。
それでも今年はEUの対中姿勢に微妙な変化が見られた年だった。EUは地理的に遠く離れているにもかかわらず、明らかに中国を念頭に置いて、インド太平洋地域への関与を強めるための戦略を打ち出した。中国が領土の一部と主張する台湾との人的交流も活発化した。EU各国議会の議員が訪台し、台湾の政府関係者も訪欧を重ねた。
経済面では、EUが中国と2020年末に合意した投資協定の批准が欧州議会で難航している。中国の人権問題などにリンクされている格好だ。さらにEUは中国の巨大経済圏構想「一帯一路」に対抗する形で域外のインフラ整備を支援する「グロール・ゲートウェー」戦略を発表した。
■ 中国の覇権を意識
EUは新戦略で中国がインド太平洋地域で構築しつつある「覇権」を明らかに意識し、EUの存在感を示すため、地球温暖化問題や貿易協定、新型コロナウイルス対策などに加え、自由な航行ルートの確保、共同海上訓練の増加、外交安全保障対話の増加などを列挙している。EUのミシェル大統領は「インド太平洋は将来の世界秩序が形成される場所だ」との見方を示し、その重要性を強調した。
EUの戦略には、「一党独裁」の中国共産党に対する直接的な批判は見当たらず、中国への一定の配慮もうかがわれる。しかし、南シナ海や東シナ海で海洋進出を強め、香港で民主化運動を弾圧し、新疆ウイグル自治区で少数民族の人権を侵害する中国の政策を念頭に置いていることが行間からにじみ出る。中国の動向は欧州の平和と繁栄に直接影響を及ぼすとみているようだ。こうした中で中国との「多面的な関与」を重視、地球温暖化問題や新型コロナ対策などで模索していく方針だ。
インド太平洋地域をめぐっては、日米豪印の4カ国(クアッド)が9月にワシントンで対面での首脳会議を開くなどその重要性を認識し、関与を強めているが、EUの戦略はもちろんクアッドを意識したものだ。
■ 台湾との交流
2020年以来、欧州では台湾との関係強化を探る動きが特に議員レベルで目立つ。台湾は、フランスやチェコ、スロバキア、バルト3国(ラトビア、リトアニア、エストニア)から議員や政府職員の訪問団を受け入れた。このうちリトアニアは台湾名を冠した窓口機関(大使館に相当)の開設を認めた。
中国はEU加盟国議会の議員の訪台のたびに「二つの中国につながる策動」だとして非難してきた。EU加盟各国の間では巨大な市場である中国との関係の在り方で温度差があるようだが、北大西洋条約機構(NATO)にも加盟する旧ソ連東欧の小国の間では議員レベルで台湾との交流強化を探る動きが目立つ。
フランスからは10月にリシャ―ル元国防相ら超党派議員4人が訪台した。フランスのマクロン政権はこれを黙認した形だ。同政権は米英加豪などの22年2月の北京五輪の「外交ボイコット」には参加しない方針で中国への配慮もみせている。
一方、中国の圧力で台湾との外交関係を維持する国が減少する中で、台湾にとって一部欧州諸国の動きは歓迎すべきものだ。しかし、台湾には巨大市場を抱える中国と比べて、先端半導体産業の存在などを除くと魅力に乏しいのが現状で、「外交面での苦戦」には変わりない。
■ 「一帯一路」に規模で遜色
インフラ整備支援の「グローバル・ゲートウエー」戦略では2027年までに最大3000億ユーロを投じる計画だ。EU欧州委員会のフォンデアライエン委員長は、同戦略は中国の巨大経済圏構想「一帯一路」の「真の代替案」と位置付け、欧州の影響力の拡大を狙う。
同委員長は12月1日の記者会見で、EUが手掛けるインフラ事業の質の高さや透明性、管理能力などをアピール。中国への対抗姿勢をにじませた。
一帯一路は2013年に中国の習近平国家主席が提唱。中国は圧倒的資金力を背景にアジア、アフリカをはじめ欧州でもインフラ整備支援を展開し、影響力を拡大させてきた。ただ、採算性の低い事業も少なくなかった上、返済国を借金漬けにして返済困難に陥れば運営権などを支配する「債務の罠」の問題も表面化。参加国の間では懸念が広がっている。
新戦略ではこうした懸念を踏まえて「公平で好ましい条件」での融資を強調。「法の支配」や人権といった民主主義の理念に基づくととも国際的な規範を順守し、気候変動やデジタル化などの課題解決を重視する持続可能な事業を推進する。
EU戦略の対象は、アフリカやアジア、南米から欧州の西バルカンに至る各国で、発電や通信、運輸などの物理的インフラに加え、教育や医療体制整備も支援する。
ただ、中国は既に約140カ国と一帯一路参加の覚書を締結し、その投資規模は27年までに1.2兆~1.3兆ドルに膨らむと試算されており、EUが中国に対する出遅れを取り戻せるかどうか不透明だ。
▲画像 2019年3月23日、一帯一路構想の調印式の後、握手を交わす習近平国家主席とイタリアのジュゼッペコンテ首相(当時) 出典:Photo by Antonio Masiello/Getty Images
■ 対中姿勢の変化
EUは長い間、中国との「戦略的パートナーシップ」を唱え、中国の巨大市場がもたらすビジネスチャンスを最大限に享受しようとしてきた。しかしその一方で、EUはインド太平洋戦略や域外国のインフラ整備支援戦略などを次々に繰り出し、対中姿勢を微妙に切り替えつつあるようだ。議員レベルでの台湾との交流強化もEUにとっては中国に対する一種の「外交カード」と位置付けられよう。
(了)
トップ画像:12月1日の記者会見で質問に答えるフォンデアライエン委員長 出典:Photo by Thierry Monasse/Getty Images
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この記事を書いた人
村上直久時事総研客員研究員/学術博士(東京外国語大学)
1949年生まれ。東京外国語大学フランス語学科卒業。時事通信
時事総研客員研究員。東京外国語大学学術博士。